上海から車で数時間の紹興市にある劇場で、上海東方青春舞踊団『覇王別姫』の最終リハーサルが入念に行なわれていた。夜に入り、劇場の中もぐんと冷え込む。だが、白い息を吐きながら立ち位置を確かめ、共演者と踊りのタイミングを合わせるダンサーたちの目は真剣そのもの。本番にかける熱気がひしひしと伝わってくる。
上海東方青春舞踊団は『白鳥の湖』『白毛女』など本格的なクラシック・バレエ作品で知られる上海バレエ学校で学んだダンサーたちから、より新しい表現をめざすメンバーが集まって発足したカンパニーだ。その名に含まれる「青春」について、芸術監督の陳氏は語る。「中国語で青春は若い、新しい、という形容詞でもある。この舞踊団の活気にあふれた印象を表わすために、インパクトのある名にしたかったのです」 |
バレエのテクニックと中国伝統舞踊を併せた表現スタイルをもち、中小のダンス・ピース約100作の他、近年はオリジナル振付による全幕作品にも力を入れている。
2003年の初演以来、約50回の上演を重ねる『覇王別姫』もそのひとつだ。中国で国民的人気を誇る歴史的英雄、項羽とその妃、虞美人のロマンス、そして皇帝の座を項羽と争う劉邦の人間ドラマを、スピーディな場面転換と数々のダンス・シーンで綴ってゆく。
本番の舞台は、年齢も性別もさまざまな観客の前で幕を開けた。中国ではポピュラーな物語だが、短いナレーションや字幕が入り、さらにわかりやすい。森、豪奢な広間、街を焼き尽くす紅蓮の炎など、照明や美術が場面ごとにがらりと雰囲気を変えて惹き付ける。
だが、やはり最大の見どころは踊りだろう。女性たちのあでやかな舞いは、古代中国の絵巻を見るよう。勇壮なグラン・バットマンや跳躍が満載の兵士たちの踊りには、バレエで鍛えられたダンサーならではの迫力がみなぎる。 |
項羽と虞美人のロマンスを表現するのは、要所にちりばめられる2人のパ・ド・ドゥだ。虞美人を踊るのは笑顔の愛らしい朱潔静。しなやかな身体で絡み合うような回転やリフトを次々にこなす彼女が、敗軍の将となった夫、項羽の足もとに身を投げ出して別れの哀しみを訴えるクライマックスには、誰もが心を揺さぶられるだろう。劉邦を演じる劉迎宏も、切れのいい動きと表現力が目を引く。項羽の腹心たちの目を盗んで皇帝の衣をまとう場面は、抑えた野心が全身からぎらぎらとほとばしるようだ。
英雄や美女の活躍する物語は一見古めかしくさえ思えるが、伝統楽器や合唱を取り入れたオリジナル音楽で繰り広げられるダンスはじつにいきいきとしている。男らしく力強く、兵士たちの圧倒的な支持を得ながら、1人の女性を愛しすぎたために滅ぶ項羽のキャラクターも魅力的だ。若さと伝統が渾然一体となって新たな芸術を生み出すさまは、目覚ましい発展を遂げる現在の上海のイメージにも重なる。日本で項羽を踊る劉時凱は、いま上海で最も注目を集める若手男性ダンサーの1人。全国舞踊コンクール金賞受賞の実力の持ち主がどんな演技を見せてくれるのか、期待はますます高まる。 |
text by 新藤弘子(舞踊評論) |
© 関和亮 |