名前を聞いただけで19世紀末におけるパリの夜を思い抱かせるこの画家の作品は、アルビのトゥールーズ=ロートレック美術館が全面的あるいは部分的に構想した近年の数多くの展覧会を通じて、日本でもずいぶんと身近なものになってきました。
リトグラフやポスターの制作者としての大胆さ、語り部として伝えるモンマルトルの歓楽街、肖像画家としての鋭いまなざし、日本の版画芸術との出会いの重要性―。そこではこれらのことがひとつひとつ語られてきました。
「僕はどこの流派にも属していない。僕には僕の居場所がある。やっぱりドガとフォランはすごいけど」。1891年に開催された「印象派と象徴派の画家たち」という展覧会に参加した際、こう言い切ったロートレックとは確かに独自な存在ですが、一匹狼ではなかったのです。
そこで私たちはこの画家の作品を、若い頃、師と仰いだ画家たちの作品との関係から位置づけようと考え、また共に画法を打ち立てた若い画家たちや賞賛しつづけた巨匠との関係を喚起することを目指しました。現代生活からロートレックが選びのめりこんでいった様々なテーマは他の前衛的な画家たちとも共通なものが多く、彼が書き残したものの独自性に注目して両者を比較することはたいへん興味深いことでした。ロートレックの作品は、絵画を全面的に刷新することになる芸術行為の発展のなかに位置づけることができ、またこうした新しい潮流を実践した人々との交流は、絵の手法に豊かさをもたらし、自由で過去にとらわれない才能だけがもつ高い独創性が切り拓いてゆく前人未到の道に、彼をいざなったのです。
この展覧会のために選ばれた作品を通じて、またこの企画にご賛同いただいた美術館や収蔵家の方々の力をお借りして、この展覧会を訪れる方々にご提案したいのは、ロートレックの芸術をその時代というパースペクティブのなかに置きなおし、日本の美術ファンからかくも絶賛されるこの画家を、さらに深く知っていただきたいということなのです。
1987年にロートレック美術館(ミディ=ピレネー地方タルヌ県)にかかわって以来、アルビ出身のこの画家の作品およびその時代の芸術を、講演会や印刷物、 数々の展覧会を通じて紹介している。 国内外でロートレック関連の展覧会を数多く手がけるなか、1991〜92年にはアルビでロートレック年を、1992年5月には国立美術館協議会とオルセー美術館主催によるロートレックの国際討論会を企画した。 1994年に『ヌーヴェル・エコノミスト』誌において「今年の人物」に選ばれ、1998年には国家功労章を叙勲している。 |
ロートレックの才能をいち早く見抜き、献身的な支援をしていた親友のモーリス・ジョワイヤンの仲介で、画家の両親のコレクションは故郷、南仏のアルビにある古城を改装した美術館に寄贈され、1922年に美術館として開館しました。 油彩画やパステル画、ポスターなど計1000点余りの作品を収蔵し、世界一のロートレック・コレクションを誇る美術館です。 |