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【レポート】「ハンス・ウェグナー展」開幕記念トークイベント
2026.01.06 UP
2025年12月2日(火)、本展に椅子や資料の出品、また学術協力をいただいた椅子研究家で東海大学名誉教授の織田憲嗣さんと、会場構成を担当していただいた世界で活躍する建築家・田根剛さんに、ハンス・ウェグナーや展覧会について語っていただきました。北海道東海大学芸術工学部(当時)では、教師と生徒という関係だったお2人の言葉を抜粋してお届けします。

デザイナーである前に家具職人
早くからハンス・ウェグナーの椅子に魅了され、生前のウェグナーに何度も取材したことのある織田さんは、ウェグナーが常に「自分はデザイナーである以前に家具職人だ」と言っていたことが印象に残っているそうです。
「ウェグナーさんはデンマークのトゥナー(当時はドイツ領)という、レース編みで有名な職人の街に、靴職人の父のもと生まれました。ウェグナー本人も14歳の時に家具職人の工房に入門して、18歳の時に家具マイスターの資格を得ています。その後、コペンハーゲンの美術学校で本格的なデザインの勉強を始めるのですが、このハンドワークをマスターした後に、ヘッドワーク、つまり理論と感性の勉強をしたというプロセスが、私は非常に重要だと思っています。素材を熟知し、工具や機械を自由に操ることができ、図面も自分で引くことができる。その上でクオリティの高いデザインを生み出していく、ということが、ウェグナーさんの、手と頭のバランスのとれたものづくりにつながっていると思うのです」
20代前半にスウェーデンとデンマークに留学していた田根さんも、ウェグナーの家具には圧倒的な豊かさを感じるそうです。
「北欧デザインというとみな同じに見えますが、家具に関して言えば、デンマークはスウェーデンやフィンランドとは全然違うと感じています。後者は製品を産業化するためのプロダクトデザインであるのに対し、前者はまず自分で作るという職人の手仕事を重視していて、その最高峰がウェグナーだと思うのです。たとえば彼は、まず木材の一番良い部分はどこにあるのか、長い年月をかけてつくられた木目の美しさをどのように見せるのかなど、常に材料となる木への敬意を忘れません。木を切って、その生命を椅子に変えるということで、木の個性や尊厳を大切に守りながらデザインしていると感じます。ウェグナーの椅子に座ると、単なる快適さというより背筋が整う感じがするのは、そういう精神性が伝わってくるからだと思います」
織田さんによると、実際にウェグナーは「崇めるように」木を扱っていたと言います。
「ひとつの家具をつくるのに、樹齢150年から200年の楢材などを使うのですが、ウェグナーさんは、無駄のない木取りはもちろんのこと、一脚の椅子を作るにあたって他の木を混ぜて使うようなことは絶対にしませんでした。椅子の全てのパーツを同じ木から取ることによって、水分の含有率の違いから木が暴れるのをかなり防げるです。そういう木に対するウェグナーさんの姿勢も素晴らしいと思っています」

お2人の展覧会への思い
今回、田根さんは6日間という限られた施工時間の中で、約2000平米に及ぶフロアの会場構成を担当されました。こうしてできた展覧会への思いを、お2人が語ってくださいました。
田根さん「もう20年以上前のことになりますが、北海道東海大学の学園祭で、織田先生が2度にわたり、1,000脚近い椅子を広い体育館に並べて、そこに座っていいですよという、とても寛大な椅子展を行なってくれました。会場では皆、椅子に座って楽しんでいたのですが、学園祭が終わると椅子は行き場を失って、研究室や図書館の裏などに山のように積まれ、仕舞われていたんです。そんな光景を見ていたので、ヒカリエホールのような若い人たちで賑わう渋谷の真ん中で、先生の大切なコレクションを見ていただけることをとても嬉しく思いました。と同時に、この機会を先生への心からの恩返しにしたいと思いながら、会場構成を担当させていただきました。本展の準備中、先生とのお話の中で非常に感銘を受けたのが、“デザインとは人々や社会の幸せを願って行われるもの”という言葉です。そういう信念のもとウェグナーが作品に捧げた人生のバトンを、織田先生が受け取って研究し、今度は僕がそのバトンを継いで展覧会としてたくさんの人に見ていただく。そういった人から人へと繋がるバトンを、多くの方に感じていただきたいなと思います」
織田さん「今おっしゃっていただいたように、デザインの本質、目的というのは、人々の暮らしに寄り添い、人々の幸せを願って社会を整える、ということにあると思います。ウェグナーさんというと経済的にも豊かなデザイナーと思う方がいるかと思いますが、私は、1940年に彼と結婚した奥さんのインガさんが、自分たちは、ウェグナーがYチェアが発表された1950年ごろから、やっと食べていけるようになった、としみじみおっしゃっていたことが忘れられません。ウェグナーさんは、私のような見ず知らずの日本人が突然会いに行った時からずっと丁寧に対応してくださいましたが、その謙虚さは、人生の上で彼が体験した様々な苦労からきているのではないかと思います。今や"世界の田根”ですから“田根君”なんて軽々しく言ってはいけないのですけれど、今回の会場構成では田根君がウェグナーさんの言葉をたくさん調べて、それを見事に視覚化してくれました。会場のあちこちでウェグナーさんの言葉を読みながら、彼の考え方を少しでも知っていただけたら嬉しいです」
展覧会会場に一歩足を踏み入れた人は、その圧倒的な展示空間に思わず息をのむことでしょう。160点以上の椅子が、それぞれの個性を顕示しながらたたずみ、それらが次々と視界に入ってくる様は、ドラマチックとしか言いようがありません。今回、初めてお2人のお話をうかがって、この格段に丁寧で濃密な展覧会は、ウェグナー作品の収集と研究に人生の多くを費やした織田さんの比類なき情熱と、学生時代からそれを知っていた田根さんの恩師への敬愛が融合した、ひとつの壮大なインスタレーションだったのだと感じました。
(取材・構成・文/木谷節子)