マリー・ローランサンとモード

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マリー・ローランサン美術館館長が語る、
ローランサン作品の魅力 その2

マリー・ローランサンの世界最大級のコレクションが、ここ日本にあることをご存知でしょうか? 現在コレクションを管理している、マリー・ローランサン美術館館長の吉澤公寿氏に、なぜローランサンの世界最大のコレクションが築かれてきたのか、その経緯とともに、ローランサンの作品の魅力や本展を楽しむためのポイントなどについてお話を伺いました。

1920年代のパリ、ローランサンが成功したきっかけとは

当時、ローランサンの絵がなぜ成功したかというと、1920年代にアール・デコ装飾が流行したことがあります。ローランサンの作品のサイズは大きすぎず、柔らかな色彩としなやかな線による絵が自宅の壁に掛けるのに適していました。即ち非常に優れた装飾美術品となりえたことから、ローランサンの作品に注文が殺到するようになりました。特に、ナポレオン・グールゴー男爵婦人の肖像画が知られ、これはポンピドゥー・センターが2点所蔵していますが、この肖像画の成功が大きかったのです。それにより、各界の著名人たちから肖像画の注文が殺到したことが、彼女を押しも押されもせぬ人気画家へと導きました。

マリー・ローランサン 《ピンクのコートを着たグールゴー男爵夫人の肖像》 1923年頃 油彩/キャンヴァス パリ、ポンピドゥー・センター Photo © Centre Pompidou, MNAM-CCI, Dist. RMN-Grand Palais / image Centre Pompidou, MNAM-CCI / distributed by AMF
(画像右)マリー・ローランサン 《黒いマンテラをかぶったグールゴー男爵夫人の肖像》 1923年頃 油彩/キャンヴァス パリ、ポンピドゥー・センター Photo © Centre Pompidou, MNAM-CCI, Dist. RMN-Grand Palais / image Centre Pompidou, MNAM-CCI / distributed by AMF

ピカソやブラックも認めた才能、マリー・ローランサンの魅力

ローランサンの一般的なイメージというと、優しい色彩で、綺麗で可愛い、という印象があると思いますが、それだけではなく、実はとても芯のある画家です。いわゆる、プロフェッショナルとして、画家という職業ではじめて成功した女性が、ローランサンなんですね。それ以前の画家では、ベルト・モリゾやメアリー・カサットや、ヴィジェ=ルブラン、シュザンヌ・ヴァラドンなどがいますが、いわゆるモンマルトルの中にあった、洗濯船(バトー・ラヴォワール:多くの画家や芸術家が出入りしていたアトリエ兼住宅)にいた女性画家は、たった一人、ローランサンのみでした。なぜそのコミュニティーに入れたかというと、ピカソやブラックなどの当時の画家たちが彼女を認めたからです。つまり彼女の才能をピカソやブラックや、恋人だった詩人のアポリネールなどが見出しました。女性であるかどうかは関係なく、彼女のデッサン力や構成力がものすごく秀でていたわけです。その才能を見出した彼らは、自分達の仲間に引き入れて新しい芸術を創っていきました。

女性画家が自身の実力で活躍したという意味でのパイオニアであると同時に、ローランサンは晩年にこういうことを言っています。「自分と同じ時代やそれ以前にも女性の画家はもちろんいますが、彼女たちは男性の真似しかしなかった。わたしは男性的なものについてはおじけづいてしまうけれども、女性的なものについては全く自信があるんです」と。ローランサンは、女性の感性によって女性を描いて成功を収めた初めての画家であり、それは、彼女の芸術における一つの芯となっています。表面的な綺麗で可愛らしい絵、というだけでない、そういった部分をぜひ展覧会で見てもらいたいですね。

マリー・ローランサン 《ニコル・グルーと二人の娘、ブノワットとマリオン》 1922年 油彩/キャンヴァス マリー・ローランサン美術館 © Musée Marie Laurencin

吉澤氏お気に入りのローランサン作品は?

本展のメインビジュアルともなっている、1922年に描かれた、《ニコル・グルーと二人の娘、ブノワットとマリオン》です。同性愛者でもあったローランサンの恋人ニコル・グルー、その右には、マリオンとブノワットが描かれています。真ん中にいるマリオンは、この後すぐに亡くなってしまいます。

一番右に描かれているブノワットは、わたしの友人でもあります。ブノワットが亡くなる2年ほど前に、「あの絵覚えてる?買ってくれない?」と、直接わたしのところに連絡が来たんです。「わたしが持っているより、あなたが持っている方がいい」ということで、買い取ったんですね。1920年代の絵で、とてもきれいな絵ですが、絵の左下にシミが残っているんですよ。これは当時、ブノワットが旦那さんと夫婦喧嘩をして、怒ったブノワットが赤ワインの入ったグラスを投げつけて、旦那さんがそれをよけたらこの作品にシミがついてしまった、という逸話も当時ブノワットから聞きました。

本展を楽しむためのポイント

ローランサンの時代と今の時代は、どこか共通しています。つまり、まずスペイン風邪という疫病が流行って、多くの人が亡くなり、そこから第一次世界大戦がおきた。今もコロナが流行したり、ウクライナ戦争が起きたり、そういう時代には女性の力が浮かび上がってきます。パリのガリエラ美術館では、いまフリーダ・カーロ展をやっていますし(2023年3月5日まで)、パリ装飾芸術美術館では、エルザ・スキャパレッリ展をやっています(2023年1月22日まで)。この展覧会のあと、来年にはフィラデルフィアのバーンズ財団で、マリー・ローランサン展が開催されるように、近年は、あの時代に生きた女性たちにどんどん注目が集まってきています。パイオニアだった女性たちが脚光を浴びて彼女たちがどういうふうに生きてきたか、困難な時代において、自分たちの力でどう切り開いていったか、ということが、今再び注目され始めています。わたしたちが、これからどう時代を切り開いていこうかというときにヒントになることがいろいろとあるように思います。2月14日から開催される「マリー・ローランサンとモード」でも、ぜひそんな視点も合わせて楽しんでみていただけたらと思います。

(取材日:2022年10月18日)

吉澤公寿氏プロフィール

1961年東京生まれ。私立暁星学園から立教大学文学部フランス文学科を卒業し、父親の高野将弘が経営するタクシー会社、グリーンキャブの役員に就任、学芸員資格を取得し、マリー・ローランサン美術館の担当となる。1998年フランス共和国文化通信省の実習生としてパリ第9大学で文化金融・経済・マネジメントの研修を修了。現在グリーンキャブ・クループの常務取締役、およびマリー・ローランサン美術館館長。パリ、スイス・マルティニ、台北、台中、ソウル、ニューヨークなどでのマリー・ローランサン展のコミッショナーを務め、国内の多くの展覧会にも協力をしている。2005年にフランス政府からフランス文化紹介の功績により芸術文化勲章シュヴァリエを叙勲されている。

取材・文 小林春日(アートアジェンダ) 撮影 各務あゆみ