「我ながら、かなりの実験作になったと思います。この2年くらい、いろいろ考えてきたことが、はっきり形になりました」 と、作・演出のケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)が話す『労働者M』。堤真一、小泉今日子、松尾スズキら個性と才能あふれるキャストと彼の出会いは、まさに新しい化学反応を生んだようだ。
「爆笑を(客席に)つくることに飽きていたんです。爆笑って、客席全員が一斉に笑う状態ですけど、もっとバラバラに、お客さんそれぞれが、自分でおもしろいと感じるところでニヤニヤしてくれればいいと思うんです。だから、事件が起こることも起こらないことも、何かに感動することも感動しないことも、全部を平均的に散りばめたい」
  そのために、当初の“近未来の収容所”の話を、“近未来の収容所”と“現代の日本”の話2本立てに変更。2つの世界を交互に、あるいは交差させて描き、出演者は全員、2役を演じることになった。
  だが稽古場の雰囲気は落ち着いたもの。「ひとつの役を突き詰めるのもいいんですけど、まったく違う役を同じ作品の中で演じられるのは、役者としてはとても楽しいことなんですよね」 という秋山菜津子の意見に代表されるように、バラバラな2役をみんなが楽しんでいるようだ。
  最年少で20歳の貫地谷しほりの次に若いのが、明星真由美、池田鉄洋、今奈良孝行の35歳トリオ、最年長の篠塚祥司は60歳を超えている大人の座組は、KERAが仕掛ける演劇的トリックを自然体で受け止める。ホン読みのたびに笑いと刺激が広がる、松尾スズキのセリフ。「全体像がつかみにくい話だから、やってて難しいよ」と言いながらも、ベテランの山崎一は確実に柔らかな流れをつくる。山崎と同じく、KERA作品を多く経験している犬山イヌコは今回、これまでにはなかった“普通(?)の感覚の女性”役に奮闘。 そんな中、堤が立ち稽古で見せるアドリブは、性能の良いガソリンのように稽古全体を前に進める力を発揮する。ひとり賑やかなムードメーカーがいるのではなく、ひとりひとりが全体を考え、全員が同じ方向を向いている“大人の稽古場”だ。
  近未来編では革命家のリーダー、現代の日本編では酒好きのお調子者を演じる堤は「今回のKERAさんは、普通の会話の中からくだらなさや情けなさを引っ張り出して、そこから笑いを取ろうとしている気がしますね。いざやるとなると難しいんですが、そこはうまく出したいですよね」と語る。
  また、近未来編では謎めいた女医、現代の日本編では男性関係にだらしないOLを演じる小泉は「現代のほうは特に新鮮です。私はわりと謎めいた役、キチッとした役が多かったので、こういう天然系は初めて。KERAさんから“悪意のない感じでやって”と言われて、悪意がないって意外と難しいな、なんて発見しながらお稽古してます」と。
  「今までのKERAさんとこれからのKERAさんが詰まっているんじゃないですか。KERAファンのお客さんはきっと楽しめると思います」  この田中哲司の言葉が、今作の本質を言い当てているのかもしれない。観客ひとりひとりの反応が楽しみだ。
text by 徳永京子(演劇ライター)
photos by 細野晋司
 

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