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2024.10.22 UP

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【レポート】國學院大學博物館『特別展 文永の役750年 Part1 海底に眠るモンゴル襲来―水中考古学の世界―』&VR体験ワークショップ

皆さんは『水中考古学』という言葉をご存じですか?
水中考古学とは、海などの水中に沈む遺跡を調査・研究する考古学の一分野のこと。人間が水中深くに長時間安全に潜る技術が開発された1950年代から、本格的な研究が始まりました。19世紀に誕生した陸上の考古学と比べると世界的に見ても新しく、日々研究が続けられている分野です。

では『モンゴル襲来』(蒙古襲来あるいは元寇)はいかがでしょうか?こちらは歴史の授業で聞き覚えのある方も多いと思います。
『モンゴル襲来』とは、1274年と1281年の二度に渡って行われたモンゴル帝国大元(以下、略して元)による日本侵攻のことで、博多湾に侵攻した一度目を文永の役、伊万里湾に侵攻した二度目を弘安の役と呼びます。弘安の役では元軍船団約4,400艘が暴風雨によって壊滅したとされ『神風伝承』としても有名です。

今年2024年は文永の役から750年の節目の年に当たることから、長崎県松浦市・松浦市教育委員会との共催により、國學院大學博物館で『特別展 文永の役750年 Part1 海底に眠るモンゴル襲来―水中考古学の世界―』が開催されています。
モンゴル襲来にまつわる歴史的な書物や、伊万里湾にある鷹島海底遺跡から出土した元軍船の遺物(松浦市教育委員会所蔵)を展示すると共に、1980年以降鷹島海底遺跡で進められてきた水中考古学の最新研究手法が紹介されています。

今回はこの特別展をご紹介するとともに、開幕初日から3日間にわたって開催されたワークショップの体験レポートをお届けします。

※本記事は『特別展 文永の役750年 Part1 海底に眠るモンゴル襲来―水中考古学の世界―』開催中に掲載されたものです。本展覧会は終了しました。

 

國學院大學博物館の展示室入口。國學院大學マスコット『こくぴょん』がお出迎えしてくれます。


●モンゴル襲来を水中考古学から紐解く特別展
この特別展の特徴は、何といっても実に多種多様な展示品が並んでいること。様々な角度からモンゴル襲来とその研究について知ることができます。

展示室に入ってまず目に飛びこんでくるのは、元軍の将官クラスの公印《管軍総把印》(長崎県指定文化財)。1974年、鷹島神崎港近くの海岸でこの銅印が発見されたことがきっかけで、鷹島海底遺跡の調査が少しずつ動き出していったそうです。

《管軍総把印》(長崎県指定文化財)は、こぶし大のシンプルな銅印。どんな人が使っていたのか、想像がふくらみます。

 

重厚な銅印の右側には、明らかに趣の異なるウェットスーツや水中調査に使用する“プラスチック製の紙”や“小さく切られた消しゴム”などが展示されている、第1章『水中考古学とは』のエリアが。「水中遺跡がどのようにして水中遺跡になるのか」といった解説や、陸上とはまったく違う環境での調査のために様々な工夫が施された道具を見ることができます。

実測などに使用される道具が展示される第1章。それぞれの道具がどのように使われるかは、ぜひ展覧会で確かめてみてください。

 

さらに進むと、元に関する歴史書が並ぶ第2章『モンゴル襲来』、元との戦いを描いた《蒙古襲来絵詞》に記述が見られる《てつはう》など海中から引き揚げられた遺物が並ぶ第3章『鷹島海底遺跡の調査』と続き、第4章『明らかになったモンゴル襲来』では、発掘調査と歴史的な資料を基に復元された元軍船の模型や、発掘現場を撮影した数万枚の画像データから3Dプリンターで制作された発掘現場の模型など、現代の技術を駆使した展示を見ることができます。

第3章には、海底に沈む元軍船から出土した《てつはう》や鉄製兜、武具の金具なども展示されています。
元々布製品のパーツだったと思われる金具類は、本体が残っていないことがほとんどのため、文献などを参考にして何に使われた物なのか探っていくそう。

第4章には鷹島海底遺跡から出土した道具などのほか、元軍船の復元模型が展示されています。この船はワークショップの中で、VR上で乗船する船の原型となったものです。

 

第5章『これからの鷹島海底遺跡』では、沈没船の現地保存の様子や、引き揚げられた遺物の保存処理のために開発された日本発の新しい手法が紹介されています。

展示で紹介されている画期的な手法と様々な工程の様子からは、SDGsに配慮しながらローコスト・短時間で行える工夫がされていることがわかり、750年前に沈没した元軍船を紐解く最新の技術の進化に改めて驚かされるとともに、調査団の皆さんの努力や苦労が感じられました。

第5章で紹介されている最新の保存処理剤は、とある天然の食品添加物。名前を聞いたことがある方も多いはずです。こちらもぜひ展覧会で答えを確かめてください。

 

●展示室で見たアレが目の前に!VRで体感する元軍船と水中遺跡
いよいよお待ちかねのワークショップ『海底の元軍船発掘をVRで体験してみよう!』がスタート。

松浦市立埋蔵文化財センター(長崎県松浦市)では通常4種類のVR体験ができますが、今回のワークショップではそのうちの2種類を、長崎県松浦市教育委員会文化財課長・内野義さんの解説で体験しました。

1つ目は、第四章で展示されている元軍船の復元模型を基に作られた3DCGの船の上を歩くVR体験。展示されている復元模型もかなり精巧ですが、そびえ立つ帆柱の高さや引き揚げられた木製碇の大きさを、VRではリアルに感じることができます。

他の人が体験している映像を大型ビジョン(2D)で見た後でも、実際にVRで体験するとそのリアルさにびっくり!帆柱を見上げる時には、あまりの高さに思わず口が開いてしまうほどです。
 

2つ目は、3DCGで再現された海底に沈む鷹島1・2号沈没船の発掘現場を、ダイバーが潜るように観察できるVR体験。1つ目と同じく第四章で見ることができる発掘現場の復元模型と同じ光景が広がっているのですが、1つ1つのパーツの大きさや船のバラストとして積まれていた石の凹凸がとてもリアル。がれきの中をよく見ると、今まさに展示されている《てつはう》や《硯》を見つけることもできました。

また、VRで作られた海中の映像は常に視界良好で、発掘現場の全体を俯瞰して見ることもできますが、実際の海底と同じ濁りを再現してもらうと50cm先がぼやけてしまうほど。視界が悪い海の中で調査することの難しさも体感することができます。

海中の発掘現場のVR体験のようす。本物のダイバーの呼吸の効果音が入り、自分も調査チームの一員になった気分が味わえました。

 

実際に鷹島海底遺跡の発掘調査をされた國學院大學の池田榮史教授は、このVR体験について「現地の海は常に濁っているため、調査団も全体像をクリアに見られることはありません。また、船や元軍などに詳しくない方に伝える時に、二次元の画像や1/10スケールの模型だけでは凹凸感やサイズ感が伝わりにくい。それがVRになることで、我々の研究をよりわかりやすく多くの方に伝えられるようになりました」と、研究を広める大切なツールになっていることを実感されているようでした。

 

●鑑賞×関連イベント=深まる!
今回ワークショップに参加して一番実感したのは、ワークショップ体験後にもう一度展示を見た時に、展示品をより身近にそしてクリアに感じられたこと!知識なしで初めて展示を見た時も、もちろん楽しめたのですが、特に今回はVR体験だったこともあり、特別展の世界をより近く立体的に体験できたことで、展示を深く楽しむことができました。

好きな作品を自由に見て自由に感じることももちろんですが、学芸員さんや専門家の解説を聞いたり、実際に自分で体験したりすることで、理解や実感をより深められるのが展覧会関連イベントの素敵なところ。皆さんも、機会があればぜひ参加してみてはいかがでしょうか。

 

<参考文献>
池田榮史(2018).『海底に眠る蒙古襲来 水中考古学の挑戦』.吉川弘文館
國學院大學博物館(2024).『特別展 文永の役750年 Part1 海底に眠るモンゴル襲来―水中考古学の世界― 図録』.國學院大學博物館

 

▽この記事で紹介した展覧会の情報はこちら
【展覧会情報】國學院大學博物館 『特別展 文永の役750年 Part1 海底に眠るモンゴル襲来―水中考古学の世界―』
開催期間:2024年9月21日(土)~11月24日(日) ※終了しました

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