渋アート

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2024.10.18 UP

施設の魅力

渋アートと巡る ── 渋谷区立松濤美術館

渋谷周辺の日本美術を楽しめる美術館や文化施設を、様々な角度からご紹介するシリーズ。
今回は、多彩なテーマの展覧会と、それに共鳴する独特な建築も見どころ、「渋谷区立松濤美術館」の魅力に迫ります。

 


 

個性的な建築は、白井晟一の代表作

(撮影:上野則宏)

 

JR渋谷駅から徒歩15分。東京屈指の閑静な住宅街、松濤地区にある渋谷区立松濤美術館(以下、松濤美術館)は、内側に湾曲した石造りの外観が特徴的なミュージアムです。東京23区の公立美術館の中でも、板橋区立美術館に次いで2番目に古い歴史をもつ同館は、1981(昭和56)年に開館しました。設計したのは、ドイツで哲学を学びながらも独学で建築家となった白井晟一(1905-1983)。木や石など自然素材を多用した重厚な建築を手掛けた建築家として知られています。 

美術館の外壁に使われているのは、韓国ソウル郊外の石切場から採れる、赤みがかった花崗岩。当初使用を予定していた石より「もう少し明るい感じを出したい」という白井の発想によるもので、美術館を少しでも良くしたい、という強い思いが感じられます。日本では誰も知らなかったため、白井自ら「紅雲石」と命名したそうです。(撮影:上野則宏)

 
大規模な公共建築から個人の邸宅まで、全国で様々な建築を手掛けた白井ですが、東京に残る建築では、港区麻布台、飯倉交差点の角に建つ、黒い円筒形の「ノアビル」などが挙げられます。松濤美術館は、1980(昭和55)年、白井晟一が75歳の時に完成した晩年の代表作。しかも彼にとっては、初めての美術館建築でした(翌年、静岡県の登呂遺跡のある登呂公園内に、白井設計の静岡市立芹沢銈介美術館が竣工)。

 

ブリッジ、高級ソファー……、美術館内部も建築家のこだわりがいっぱい

ブロンズの格子の扉をくぐり、ヨーロッパの石の砦のような建物を入ってすぐのところにあるのが、スライスしたオニキス(縞瑪瑙)をガラスに貼り付けてある天井から光が降りそそぐエントランス。その奥の扉を開けて外に出ると、地下2階から地上2階まで4階層を貫く吹き抜け空間があり、ここに架かるブリッジは向かいの主陳列室を見下ろす回廊へと繋がっています。下には噴水の池があるこの橋は、当初は、来場者がこれを渡ってギャラリーに入ることが想定されていました。しかし安全上の理由からそのアイデアは採用されず、現在はロビーにあるエレベーターか、階段を使って展示室へと向かいます。

入口を入ると右手に受付窓口があります。受付の後はそのまま展示室へ…と進む前に、ぜひこちらの天井にも注目してみてください。入口の扉がそのまま倒れたかのように山型に切り取られたオニキスの美しい天井。見どころポイントのひとつです。

入口を入った正面にあるブリッジに向かう扉。扉までの通路の天井も山型で、正面のデザインが継承されている様子がうかがえます。天気が良い日はブリッジに出ることができます。
 

美しいらせん階段の照明や手すりは、細部にわたり、白井晟一がこだわってデザインしています。ここに限らず、館内には様々な形の鏡が掛けられていますが、これら鏡の額も、白井がわざわざヨーロッパからの輸入品を入手したということです。

螺旋階段の途中には収蔵品の展示もあります。定期的に展示替えをしているそうなので、階段で移動する際はこちらもお見逃しなく。

 

展示室は地下1階に天井高が約6.5mもある主陳列室が、地上2階には「サロンミューゼ」と呼ばれる展示室があります。展示室はどちらも壁面がゆるやかに弧を描いた珍しいつくりとなっていますが、なかでも特徴的なのは、中央にゆったりとしたソファーとローテーブルが並ぶ「サロンミューゼ」。来場者がくつろげるように、あえて居間風にしたこの部屋の椅子は、「最高の椅子に座って美術を見て欲しい」という思いから、世界屈指の高級レザーソファーブランド、スイス、デ・セデ社のソファーを白井が選び、現在も使用されているものです。

地下1階:主陳列室(撮影:上野則宏)

2階:サロンミューゼ(撮影:上野則宏)

 

建築と響き合う企画展

同館の展覧会は年に5本ほど。特別展と呼ばれる大きな展覧会が4本あり、2月から3月にかけては高校生以上の渋谷区在住、在勤、在学の方々を対象とした公募展と、同館所蔵の作品や、渋谷区ゆかりの作品を紹介するサロン展を同時開催します。これは区立美術館ならではの活動で入場料は無料。ちなみに美術館のコレクションは、全て寄贈品で約1700件に及び、その中には専門の美術館でも持っていないような、貴重な写真作品などもあるそうです。

上から見下ろした噴水。光と水が作り出す空間の雰囲気は階によって異なります。
噴水が間近に見られる地下2階にはホールや制作室があり、イベントの時に大活躍。またこの階には、今まで使われたことのない非公開の茶室もあります。

 

企画展は巡回展や美術館独自のオリジナル展で、2024年度は9月以降、独自企画の展覧会が続きました。まずは、9月14日(土)から11月10日(日)まで開催された『空の発見』で、日本の「空」の表現の変遷を通じて、そこに映し込まれる心のありようを浮かび上がらせる絵画展。続いて、11月30日(土)から2025年2月2日(日)まで開催された『須田悦弘』展で、花や草木を本物と見紛うほどに精緻に制作した須田悦弘の木彫作品を、館内の様々な場所でインスタレーションとして楽しむ彫刻展です。

前者を企画した学芸員さんは、美術館の中央ブリッジから吹き抜け空間を見上げた時に、ぽっかりと丸く見える空の風景からアイデアを膨らませていったそう。後者は、まさに作品を置く展示空間が重要な鍵となる展覧会で、須田氏が美術館を訪れ、どこに何を展示するのかを考え、それに合わせて新たに制作された作品もあるとのこと。

つまり、どちらの企画展も、白井晟一の建築空間が様々なインスピレーションをくれた展覧会。松濤美術館にとってこの美術館建築が、いかに大きな位置を占めているかということがわかるのです。

吹き抜けから見上げる空。『空の発見』展のポスターに使用されている香月泰男の《青の太陽》(「シベリア・シリーズ」より)と雰囲気が似ていて、美術館の建物そのものが企画のスタートのひとつであったことが伝わってきます。

 

楽器のモチーフが重なり合ったエンブレム。「SHOTOH」「1980」と刻まれています。ブリッジなどで見られるので、出られた際はこちらもチェック!

 

 

同館では、展覧会ごとに講演会やギャラリートーク、夏休みの子ども美術教室など様々なイベントが行われますが、特別展の期間中は、毎週金曜日、午後6時から、職員による館内建築ツアーが行われています。この機会にぜひ「哲学の建築家」と言われた白井晟一を知り、彼の晩年の代表作である、松濤美術館のユニークな建築空間を堪能してください。

 

美術館の外壁(建物に向かって右手側)に設置されている蛇口は、本来ローマなどヨーロッパの街角で見られる水飲み場を思い起こさせます。蛇口の原型は白井本人が粘土を造形して作ったもので、ラテン語で「清らかな泉」と刻まれています。少し見づらいのですが、蛇口の裏側にサインがあるのがわかります。建築物にはサインができないので、貴重と言えそうです。

 


◆◇◆渋アート的視点◆◇◆

渋谷区立松濤美術館では、ぜひ2階の「サロンミューゼ」で、ふかふかのソファーに座って美術作品を眺めてみることをオススメします。ふだんとは違った美術の鑑賞体験ができるでしょう。また、建築ツアーに参加すると、美術館に対する印象がガラリと変わるかもしれません。

2024年7月訪問

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取材・文/木谷節子
アートライター。「ぴあ」「THE RAKE」などをはじめとする雑誌、ムック、 情報サイトで、アートや展覧会に関する記事を執筆。近年は「朝日カルチャーセンター千葉」で絵画講師としても活動中。

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[展覧会情報]
2025年4月5日(土)~6月8日(日)
「妃たちのオーダーメイド セーヴル フランス宮廷の磁器 マダム・ポンパドゥール、マリー=アントワネット、マリー=ルイーズの愛した名窯」

[渋谷区立松濤美術館 最新情報]
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