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2026.01.19 UP

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【イベント】渋アートスペシャルトークイベント 浮世絵×能・狂言「大人もこわい!おばけのはなし」開催レポート

太田記念美術館とセルリアンタワー能楽堂のコラボレーションによる、渋アートスペシャルトークイベント「浮世絵×能・狂言 大人もこわい!おばけのはなし」が、2025年12月5日(金)にセルリアンタワー能楽堂にて開催されました。ご登壇いただいたのは、太田記念美術館主席学芸員で浮世絵のスペシャリスト・日野原健司さんと、NHK Eテレ「100分de名著」の講師なども務める、能楽師ワキ方下掛宝生流・安田登さん。客席と一体感のある楽しい時間になりました。

今回ご紹介するイベントの詳細はこちら 

 

◆浮世絵パネルを見ながら歌舞伎と能の「人ならざるもの」を解説

会場のオープンと同時にお客様が次々と入場。開演前から期待感が伝わってきます。そしていよいよ開演。切戸口(きりどぐち)から姿を見せた日野原さんと安田さんに、拍手が送られます。

今回の種本で、日野原さん監修の『さがしえほん こわい浮世絵 おばけやしき』にも掲載されている浮世絵のパネルを見ながら、浮世絵と能における「人ならざるもの」のお話がスタートしました。

まずは日野原さんが、歌川国貞(三代豊国)《実成金菊月(みのりよしこがねのきくづき)》 を「こちら、お菊さんの、いわゆる『番町皿屋敷』という私たちにも大変なじみのある怪談ものです」と紹介すると、安田さんが「菊の花から幽霊が現れるんですね」と受け、その後も観客の疑問を代弁するように、互いの専門分野への質問を重ねつつ進んでいきます。

客席にもパネルと同じ紙資料が配られており、観客も手元の資料に目を向けます。「このころは園芸文化が盛んだった時期かと。非常に鮮やかで装飾の凝った植木鉢が使われています。お菊さんの場合は、殺された恨みを晴らすために、憎き相手の前に皿を持って登場しています。恨み恨まれの相手ですね。能の場合の幽霊はまたきっと全然違いますよね」と、日野原さんが安田さんに質問。

歌川国貞(三代豊国)《実成金菊月》のパネルを見ながら話す、日野原健司さん(左)と安田登さん(右)。

 

すると「能は全然怖くないんですよ」と安田さん。「今、上演されている能は二百何十曲とあるんですが、そのうちの半分が“夢幻能(むげんのう)”といって、主人公が幽霊や神様といった人には見えない存在なんです。亡くなった人は、たいてい恨みというよりも念が残っている。恨みではなく、誰かに話を聞いてほしいと。『残念』とは、何か晴らさないで死んでしまったことからくる言葉。聞いてもらうとちょっと気持ちが晴れて成仏します。全然怖くないんです」と話すと、客席のみなさんも「なるほど」とうなずきます。

さらに日野原さんが、能のワキ方について訊ねると、安田さんが「以前の本を見るとワキ役と書かれているんです。ワキを一生やるなんて聞くと、“冗談じゃない”なんて思いますよね」と笑わせながら、自身の着物の脇線を指し示しながら、能のワキとの関係を解説しました。さらにはワキと幽霊が出会ってしまう理由についても説明。客席からも思わず「ほお~」と声が上がります。

続いて挙げられた歌川国芳の《源頼光公舘土蜘蛛作妖怪図(みなもとのよりみつこうやかた つちぐもようかいをなすず)》では、“土蜘蛛”にまつわる話で大きく盛り上がりました。絵師としての国芳の説明とともに、この絵を日野原さんが解説。安田さんも身を乗り出して聞き入ります。「浮世絵に出てくる妖怪は、人間を驚かすだけのことが多いんです。お化け屋敷みたいな感じなんで、それ以上の攻撃はしてこないんです」との言葉に、安田さんも観客もつい笑ってしまいます。

さらに安田さんが、能の「土蜘蛛」では“薬を持ってくる女性”がいるものの、「なぜ現れるのか、わからないんです。でも怪しい」と話すと、客席からまた大きな笑いが起きました。 “土蜘蛛”の存在そのものに関する知識も語られ、『見られる』から『見せる』へと転換していった“芝居”そのものへ話が波及。みなさん熱心に聞きいり、メモを取る人も見られました。

 

◆謡の体験も!室町から江戸、現代へと続く“異界との繋がり”を知る時間

安田さん指導のもと、能「土蜘蛛」の謡(うたい)を、客席みんなで体験するという贅沢なコーナーも。安田さんの謡が、能楽堂に響き渡ります。ユーモアを交えてのトークとはガラっと違う安田さんの声に、観客は驚きを隠せません。また、安田さんの謡の教え子である金沢霞さんも登場し、お客さんのガイド役として一緒に謡うと、「みなさん、100人くらいいらっしゃいますが、金沢さんおひとりの声に負けてますよ」と安田さんから愛ある檄が飛びました。短い時間でしたが、この体験にみなさん大満足。一緒に謡っていた日野原さんも「すごいですね。お腹から声を出して、これだけでお腹が痛くなりました」と微笑みます。


安田さん(中央)の指導のもと、教え子の金沢霞さん(右)も登場し「土蜘蛛」の謡を体験。
日野原さん(左)も客席の皆さんと一緒に体験してくださいました。​​

 

そのあとも、月岡芳年の《百器夜行(ひゃっきやぎょう)》に描かれている道具を引き合いに、日野原さんが「“付喪神(つくもがみ)”という言葉もありますが、私たちが身の回りで使っている道具というのは、100年近く経つと物の怪に化けると言われたりします。能の世界では?」と訊ねると、安田さんが「能では楽器のことを道具と言います。道が具(そな)わるからだと言われます」と解説。

さらに「鼓(つづみ)のすごくいい皮を買ったんですが、音が鳴らないんです。そしたら“50年、毎日打てば音が鳴ります”と言われました」とのエピソードに、「ええー!」と驚きの声があがりました。「そして一度鳴れば600年は鳴ると。600年は分かりませんが、能の世界では100年は当たり前なんです」とのこと。日野原さんも「道具そのものも、まさしく伝統芸能ですね」と感嘆しきり。


ユーモラスな造形の「道具のおばけ」が描かれている月岡芳年《百器夜行》について話す日野原さん

 

おふたりの楽しいお話に、1時間のイベント時間があっという間に過ぎていきます。安田さんが「スタッフさんが終わりと言っています」と気づくと、会場全体に「もう!?」ともっと聞きたいという空気が流れました。「能と浮世絵がこんなに近い関係に あるとは思っていませんでした。全然足りませんでしたね」と安田さん。日野原さんも「能の室町時代の感覚と、浮世絵の江戸時代の感覚、そして現代。時代によって見方、価値観は移り変わりますが、根底に自分とは異なるものへの繋がりが感じられました。ぜひ能や浮世絵を通じて、異界との繋がりを感じていただければと思います」と投げかけると、おふたりに大きな拍手が送られました。

 

トークイベント終了後には、日野原さん、安田さんのサイン会が行われ、イベントの種本『さがしえほん こわい浮世絵 おばけやしき』をはじめ、おふたりの書籍を購入された方々が列を作りました。そして「とてもおもしろかったです」と興奮と感想を伝えるお客様を目の前に、日野原さんも安田さんもサインとともに笑顔を見せていました。


種本『さがしえほん こわい浮世絵 おばけやしき』にサインをする日野原さん(左)と安田さん(右)

 

取材・文:望月ふみ

◇ ◇ ◇ ◇

 

今回は渋アート初のトークイベントとして、浮世絵と能という異なるジャンルのコラボレーショントークを、能楽堂という非日常の空間でたっぷりとお楽しみいただけたのではないでしょうか。
渋アートでは、今後も日本美術や日本文化を楽しめるイベントをはじめ、さまざまな情報を発信してまいります。

 

●太田記念美術館
『浮世絵おじさんフェスティバル』 

2026年1月6日(火)~3月1日(日)
浮世絵に登場する”おじさん”に着目した、ちょっと変わった展覧会。“推しおじ”を見つけに足を運んでみては?

●セルリアンタワー能楽堂
『定期能三月-金剛流-』 

公演日程:2026年3月21日(土) <第一部>13:00(12:30開場)、<第二部>16:30(16:00開場)
トークイベントでも紹介された能「土蜘蛛」が本公演の第二部で上演されます。詳細は公演ページをご覧ください。