2025.10.23 UP
【渋アート×渋谷芸術祭 特別取材】
渋谷から希望のメッセージを放つ岡本太郎の傑作壁画《明日の神話》誕生と再生の秘話
日本を代表する芸術家で、1996年に亡くなってから今もなお高い人気と知名度を誇る岡本太郎。そんな彼の代表作である巨大壁画《明日の神話》が渋谷の街なかに展示され、誰でも鑑賞できることをご存じですか? 今回は、岡本が《明日の神話》に込めたメッセージや、パブリックアートとして渋谷に設置されるまでの経緯とその意義についてご紹介します。

岡本太郎《明日の神話》(タテ5.5m×ヨコ30m)現在は、渋谷マークシティ連絡通路内に設置されています。
■岡本太郎が《明日の神話》に込めたメッセージとは?
《明日の神話》は、岡本太郎が70年大阪万博 のために手がけた《太陽の塔》と同時期の1968~1969年に制作した壁画。現在はJR渋谷駅と京王井の頭線渋谷駅を結ぶ渋谷マークシティ内の連絡通路に展示され、幅30m、高さ5.5mもの壮大なスケールで圧倒的な存在感を放っています。
抽象的ゆえ一見すると分かりにくいかもしれませんが、《明日の神話》が描いているのは“原爆が炸裂する瞬間”です。猛烈な破壊力を持つきのこ雲がむくむくと増殖し、その下で逃げまどう人間や動物が原爆の炎に焼かれて骨となる…。そんな悲劇的な瞬間ではあるものの、太郎は単にみじめで残酷な被害者を描こうとしたのではありません。人間の情熱を象徴する赤、冷静さを感じさせる青、希望や明るさをイメージさせる黄など、太郎らしい原色を基調とした鮮やかな色彩を配することで、人間の力強さや誇りを表現しているのです。
人は残酷な惨劇さえも誇らかに乗り越えることができ、そしてその先にこそ“明日の神話”が生まれる──。核の恐怖だけでなく、その先の再生を強調した岡本の強いメッセージが込められているからこそ、《明日の神話》は見る者に感動を呼ぶのでしょう。

《明日の神話》を制作中の岡本太郎
■メキシコで誕生した《明日の神話》が遂げた波乱万丈の運命
もともと《明日の神話》は、メキシコオリンピック開催に合わせてメキシコシティに建設されるホテルに飾ることを目的に、現地の実業家が太郎に制作を依頼したもの。
当時、70年大阪万博 テーマ館プロデューサーを務めていた太郎は、忙しい合間を縫って何度も日本とメキシコを往復しながら制作を進め、1969年に完成した壁画は建設中のホテルロビーに設置されました。しかし、ホテルの建設がオリンピックに間に合わなかったため工事は中断。その後、壁画は取り外されてデベロッパーの所有する資材置き場を転々とし、いつしか行方が分からなくなってしまったのです。
それでも2003年、太郎のパートナーだった岡本敏子さんがメキシコシティ郊外の資材置き場で《明日の神話》を奇跡的に発見。作品は亀裂が入ったり一部が欠け落ちていましたが、幸いにも画面は太郎の絵の息吹が鮮烈に伝わる状態だったそうです。
敏子さんは「この最大・最高傑作を何としてでも復元し、多くの人に見せたい」と熱望し、翌2004年に岡本太郎記念現代芸術振興財団が再生プロジェクト事務局を発足しました。そして壁画を解体して船で日本に移送し、愛媛の作業場で修復に着手。表面の汚れを落とす洗浄作業、亀裂や欠損部分の接着・充填作業、さらに補彩作業が急ピッチで進められ、2006年6月にすべての作業が完了。37年前の輝きを取り戻した《明日の神話》は同年7月に東京・汐留で一般公開され、50日間という短期間に200万人が鑑賞に訪れました。

メキシコシティ郊外の資材置き場で発見された《明日の神話》
■なぜ《明日の神話》が渋谷に設置された?招致活動の裏側
その一方で財団は、岡本太郎生誕100年にあたる2011年を目標に、《明日の神話》にふさわしい恒久設置場所の選考作業に着手。その候補地として、原爆の被爆地である広島県広島市、《太陽の塔》がある大阪府吹田市、そして渋谷の3都市が名乗りを挙げました。
渋谷は太郎のアトリエ兼自宅(現・岡本太郎記念館)があった南青山と隣接しているだけでなく、旧こどもの城前の《こどもの樹》やNHKスタジオパーク内の《天に舞う》など太郎の作品が区内各所に設置されています。さらに岡本太郎記念館を起点に、《こどもの樹》、太郎作の文学碑《誇り》がある川崎市の二子神社、そして川崎市岡本太郎美術館が青山通りと国道246号線沿いに結ばれることから、その道は「TAROの道」と名づけられました。この道の中心にあたる渋谷が《明日の神話》の設置場所としてふさわしいと考えた有志が集まり、招致プロジェクト実行委員会を立ち上げたのです。
実行委員会が《明日の神話》の設置場所として用意したのは、JR渋谷駅と京王井の頭線渋谷駅を結ぶ渋谷マークシティ内の連絡通路の壁面でした。1日に約30万人もの人々が行き交う公共スペースでありながら、通路であるため何も飾らず空いていた壁面が、偶然にもほぼすっぽり作品が収まるサイズだったのです。
財団が「空港のように人の往来が多い場所」で「ガラスケース越しではなくダイレクトに鑑賞できる環境」での設置を要望していたことから、その条件を満たした渋谷での恒久設置が決定。2008年11月18日から一般公開が始まり、渋谷を行き交う人々のエネルギーを受け止めることによって作品の不思議な力が増幅されると同時に、その力は一人ひとりの元へと戻り、人々が未来へ向かうエネルギーを与え続けています。

渋谷での《明日の神話》設置工事の様子。駅と駅を結ぶ連絡通路での工事のため、終電から始発までの深夜作業となりました。
「芸術は大衆のもの」という岡本太郎の芸術観を体現するように、何十万もの人々が行き交う渋谷の中心地に飾られている《明日の神話》。そのエネルギーをぜひ間近で感じ取ってください。
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■第17回渋谷芸術祭2025 SHIBUYA ART SCRAMBLE
文化芸術の発信地・渋谷では、《明日の神話》の恒久設置が決まったことをきっかけに2009年から「渋谷芸術祭」を開催。街全体をギャラリーとして、毎年秋に約1週間、多様な人々がアートに触れ、アートを考え、アートを体験する機会を創出しています。今年も「SHIBUYA ART AWARDS」ノミネート作品の展示などさまざまなイベントが行われます。都市空間でのアート体験をぜひお楽しみください。
開催日程:2025年10月24日(金)~11月2日(日)
会 場:渋谷区立宮下公園、その他渋谷駅周辺エリア
主 催:渋谷芸術祭実行委員会
共 催:渋谷区、一般財団法人渋谷区観光協会、一般社団法人渋谷未来デザイン
協 賛:東急株式会社、東急不動産株式会社、東急建設株式会社、三井不動産株式会社、特定非営利活動法人明日の神話保全継承機構 、エイベックス・ピクチャーズ株式会社
渋谷芸術祭2025 SHIBUYA ART SCRAMBLE 公式サイトはこちら >
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■岡本太郎記念館
岡本太郎が生前に東京・南青山で使っていたアトリエ兼住居(ル・コルビュジェの弟子でもある坂倉準三が設計)を改修した記念館。彫刻や絵画など多様な作品だけでなく、生前の制作風景を再現したアトリエも公開しています。太郎ならではの独創的な作品が放つエネルギーを体感してみてください。
東京都港区南青山6-1-19
TEL:03-3406-0801
[開館時間]10:00~18:00(最終入館17:30)
[休館日]火曜(祝日の場合は開館)、年末年始(12/28~1/4)および保守点検日
[観覧料]650円
岡本太郎記念館 公式サイトはこちら >
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取材協力:特定非営利活動法人明日の神話保全継承機構、公益財団法人岡本太郎記念現代芸術振興財団
参考:特定非営利活動法人明日の神話保全継承機構 https://www.asunoshinwa.or.jp/
岡本太郎記念現代芸術振興財団 監修ほか. 明日の神話 岡本太郎の魂, 青春出版社, 2006.8

