第86回

巨匠ペーター・レーゼル(1945年ドレスデン生まれ)が最も得意とするベートーヴェンとともにN響オーチャード定期に初登場する。昨年末、来日していたレーゼル氏にお話をきくことができた。(2015年12月20日・羽田空港にて)

ソリスト:ペーター・レーゼル

写真:レーゼルご夫妻と山田治生氏

今回、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番を演奏されますが、この作品のどういうところがお好きですか?

「ベートーヴェンは、ピアノ協奏曲第3番以降の協奏曲をシンフォニーのようなスタイルで書いています。ピアノが主役、オーケストラが伴奏というのではなく、ピアノがオーケストラの一つの楽器として扱われる交響曲的なところが好きです。ベートーヴェンは、ピアノ協奏曲第2番、第1番、第3番、第4番の順番で書きましたが、第1番と第3番の間では大きな飛躍を感じます。
 テーマが2つだけでなく3つも4つも出てきて、その音楽的な発展がオーケストラによって行われます。独奏ピアノがエンジンではなく、オーケストラが原動力となっています。それまでの協奏曲はピアノが問いかけ、オーケストラが答えるという形でしたが、第3番では、オーケストラが問いを投げかけ、ピアノが応えるという形になっているのです」

カデンツァはどうされますか?

「19世紀の多くの作曲家はこの作品でのベートーヴェンのカデンツァはあまり良くないと思っていました。それで、スメタナやブラームスらがこの曲のカデンツァを書いたのですが、今回、私はブラームスが作ったカデンツァを弾きます」

ベートーヴェンの音楽の魅力はどういうところにあるとお考えですか?

「ベートーヴェンの音楽の魅力は、その構築性にあります。きちんと論理性に従って建てられた建物。個人の感性や主観や解釈を越えて、客観的に建っていて、自分はそのなかで演奏者として何かをさせてもらうだけです。たとえばショパンのピアノ協奏曲では自分の感情や感性が大事なのですが、ベートーヴェンはそれらを越えた争えない事実としてそこに存在しているのです」

思い出に残っているベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番の演奏は何ですか?

「1980年代初頭から、14年間、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の専属ピアニストを務め、一緒に演奏していました。そしてゲヴァントハウス管の海外ツアーに毎年ソリストとして(でも月給制でした)参加しました。ブエノスアイレスから東京までいろいろなところに行きました。そのとき共演していたクルト・マズアさんが昨日亡くなったのが残念です(注:このインタビューが行われた前日にマズアが亡くなった)。1980年代にブリュッセルでマズア&ゲヴァントハウス管弦楽団と演奏したベートーヴェンの第3番を思い出します。その他、ロルフ・ロイター&パリ管弦楽団とパリで演奏したベートーヴェンの第3番も良かったです。
 クルト・ザンデルリンクとは1980年代にロサンジェルス・フィルでベートーヴェンの5つのピアノ協奏曲を全部演奏しました。素晴らしい演奏でした。ザンデルリンクとはラフマニノフの協奏曲も共演しました。彼はオーケストラができるように指示するのが天才的でした」

N響との共演で楽しみなことは何ですか?

「お互いの望みが叶ったのがうれしい。純度の高い、クオリティの高い演奏となるように祈るとともに、がんばります。ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番はここ2,3年弾いていないので、自分にとってもクライマックス的なコンサートになるのではないでしょうか」

レーゼルさんの近況を教えてください。

「2015年は、CDを3枚作りました。そのうち2枚がモーツァルトのピアノ協奏曲(ブラニー指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団メンバーとの第12、13、14、17、26番)です。もう1枚はアンコール・ピースを集めた小品集。ドレスデン音楽祭では、ハイドン、ベートーヴェン、シューベルトの最後のソナタを弾きました。11月にはアメリカに演奏旅行をしました。2016年は、バッハとモーツァルトのCDを作る予定です。紀尾井ホールでリサイタル(5月11日)もひらきます」

レーゼルさんは、ドレスデン音楽大学の教授として後進の指導でも知られていますが。

「ドレスデン音楽大学の教授は65歳が定年です。担当した学生が卒業するまで学校に残ることが出来ますが、2011年に日本人を含む最後の弟子たちが卒業し、私も音大を去りました。2014年に中国の西安であったシルクロード音楽祭で中国人の女の子を教えたのが最後の弟子となりました。日本で演奏会をすると、多川響子さん(今度、ブダペストで演奏会をするそうです)や高橋望くん(最近、素晴らしいゴルトベルク変奏曲のCDを出しました)等の素晴らしい弟子が来てくれるのがうれしいですね」

最後にメッセージをいただけますか?

「ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番は私の心に最も近い協奏曲です。今回は若い素晴らしい指揮者(ロベルト・トレヴィーノ)と知り合えることがうれしいですし、日本で最高のオーケストラであるN響と共演できるのがとても楽しみです」

インタビュー:山田治生(音楽評論家)