観劇レポート

マリア・パヘスの最新作「Yo, Carmen―私が、カルメン―」世界初演の地、スペイン・バジャドリでの観劇レポート

マドリッドから急行で北へ約1時間。バジャドリという街にあるカルデロン劇場の創立150周年記念のオープニング公演として、マリア・パヘスの新作『Yo, Carmen―私が、カルメン―』が世界初演された(10月3日~5日)。メリメの小説やビゼーのオペラによって「気ままで官能的なファム・ファタール」イメージが定着したカルメンを、同じスペイン女性として、そして何よりフラメンコ界のトップ・ダンサーとして、パヘスはどう打ち破ってみせるのか。興味津々で、初日と3日目の舞台を観た。
 ほとんど装置のないシンプルな舞台。パヘスの長い両腕が、やさしく乳飲み子を抱くしぐさになったかと思うと、その腕の中にひとりの女性ダンサーがスッと入り、母が娘を守り育む描写に変わってゆく。豊かな母性と同時に、娘に対する母の、強すぎるほどの影響力を感じさせる一連の流れに、思わずドキッとした。女性はどのようにして「女性」になっていくのか。家庭や教育、社会とのかかわり方といった、根本的な環境を見つめることから、パヘスの問いはスタートしているのだ。
 女性総体を表す群舞も、押し込められた日常生活から魂を解き放つように炸裂するパヘスによる圧巻のソロも、すべてのバイレ(踊り)が、女性の置かれた状況や本質に迫る、含意に満ちた深さと強さを湛えている。与謝野晶子を始めとする、世界の女性文学者による詩歌の朗読や、パヘスやカンタオーラ(女性の歌い手)が日常的な自分たちの言語で想いを声にする場面など、言葉の取り入れ方も巧みで、作品に変化と厚みを与えている。
"同じスペイン女性"などと軽率に言ってしまったけれど、そもそもメリメもビゼーも、フランス人男性。「勝手な浮気女像を創り上げられたけど、冗談じゃないわよ!」というパヘスの反駁は、単に偏ったヒロイン・イメージの払拭にとどまらず、古今東西のすべての女性が味わい続けてきた、不合理さに対する義憤でもある。強くて美しく、知的でしなやかなヒーロー!
パヘスの凛としたカルメン(=女性)像に、快哉を叫ばずにはいられなかった。

伊達なつめ(演劇ジャーナリスト)