小曽根真と塩谷哲が、2003年に初めて行なったピアノ・デュオ・コンサート。そのきっかけを作ったのは小曽根。塩谷の演奏を聴いて確かなものを感じた小曽根は、なんと5年間(!)もラブコールを送り続けた。しかしラブコールを送られた塩谷は「社交辞令」と、当初は本気にしていなかったという。
塩谷 「小曽根さんは世界的なピアニストで、ジャズは好きで憧れてたけど自分には“できない”と思ってましたから」
  「嬉しいけど、不安」そんな気持ちを抱えたまま、塩谷は小曽根とメールなどを通して音楽について語り合った。その時期は塩谷が1999年から3年間にわたりオーチャードホールでの「COOL CLASSICS」に出演、「第九」などのクラシックの名曲をソルト(※塩谷の愛称)流にアレンジする意欲的な企画を展開し、ミュージシャンとして、ピアニストとして意識が高まって来た頃に重なる。「もっとピアノを自分に近づけたい」そう思い始めた塩谷は、小曽根のラブコールに覚悟をきめて応えることにした。実際にコンサートを実現したふたりは……
小曽根 「やっぱりスゴかったですね。ソルトはものすごく耳のいいミュージシャンで、自分が中途半端なことをすると全部ばれるんですよ。テーマはありますけど即興ですから、ふたりで本当に正直なところでどれだけ音楽を作れるか?1回1回のステージが勝負です」
塩谷 「最初のリハーサルでは“自分がどう弾くか?”に気を取られて、自分の音だけがうるさく感じました。そこで色々考えて、“小曽根さんと一緒に感じることを弾こう、ふたりでひとつの音楽を作ろう”という気持ちに変わってきました。そうしたら本当に自由になれて、楽しくなってきたんです」
  最初のリハーサルから、一晩で別人のように自由になり進化してしまった塩谷。小曽根は彼の姿に、昔の自分の姿を投影し共感する。
小曽根 「僕は結構やんちゃして驚かせるような音やリズムを弾く。そうすると彼は“え〜〜っ!”っていう顔をするんですよ(笑)でも彼は僕の演奏を感じてのってきてくれるから、そこには“ジョイ”という言葉しかない!」
塩谷 「でもそれは奇をてらっているわけではなくて、そう感じちゃったから仕方がないじゃんという感じですよね(笑)。僕は何よりも小曽根さんの器の大きさや、その温かさにびっくりしました。音楽にふたりで身を捧げている結果として、ふたりでピアノを弾いているというような感覚になります。それがピアノである必要はないかもしれない!と思うぐらい」
小曽根 「そうだね。ふたりともピアノをオーケストラとして使っているという部分は似ている。管楽器だったり、弦楽器だったり…ピアノから色んなカラーが出て来て、本当に楽しいよね」
音楽に対する熱い思いを語りながらも、とにかく笑いの絶えないふたり。「自由」「楽しい」「幸せ」という言葉が、会話の途中に何度も出て来た。話を聞いていると、難しい音楽談義や理屈なんて抜きにして単純に「このふたりの音楽を聴いてみたい!」と思わせてくれる。小曽根が「このデュオのコンサートでは、悲しい曲じゃないのに泣いているお客さんがいるんだよ」と教えてくれた。恐らく小曽根と塩谷の心が共鳴し、溶け合う様子に心を震わせたのだろう。ふたりの“ジョイ”が観客に届く瞬間…それはまさに奇跡である!

interview & text by 山下由美(フリーライター)
© T.Matsukawa


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