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©CHRISTIANA BAUMANN |
アグネス・バルツァは、1975年に、ザルツブルグのイースター音楽祭で、カラヤンの指揮するベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」の独唱者をつとめたのをきっかけに世界的な規模での活動を本格的なものとした。そのときのバルツァはクリスタ・ルートヴィッヒの代役でうたった。公式にはルートヴィッヒ急病のためという発表だったが、急病のはずのルートヴィッヒはぼくの前の席で公演をきいていた。そのことからも、バルツァの起用はカラヤンによる確信犯的な配慮のためと思われた。
それから後、マダム・バルツァは、長年、オペラ界の第一線でディーヴァとして、まさに八面六臂の活躍をみせてきた。ときに、ご存知カルメンを表情ゆたかに演じてドン・ホセのみならず、聴衆をも魅了し、ときに、「アイーダ」のアムネリスのようなドラマティックな役柄で持前の劇的な表現力を思う存分発揮して、オペラ・ファンを唸らせてきた。しかし、オペラ歌手としての軸足がロッシーニのオペラのヒロインにあったことは、オペラ好きなら誰だって知っていた。
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「アルジェのイタリア女」のイザベッラは「セビリャの理髪師」のロジーナとともに、バルツァの十八番中の十八番である。ロッシーニのオペラ・ブッファのヒロインをうたって、真に魅力的な女を感じさせてくれるところにロッシーニうたいとしてのバルツァの真骨頂がある。まさか、あの名演出の誉れ高いジャン=ピエール・ポネルの「アルジェのイタリア女」の舞台でバルツァのうたうイザベッラがきけるとは思ってもいなかった。これは、オペラ好きの端くれとして、どんなことがあってもききのがせないと思い、しっかり手帖に公演日を書きこんだ。
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まさか、なまできけるとは思わず、喜び一入ということでは、鶴首してきける日を待っていた「わが故郷ギリシャの歌」のコンサートも同じである。「アルジェのイタリア女」のイザベッラできくのがオペラ界に君臨するディーヴァ、バルツァなら、同胞の、名手をそろえた楽団とともにうたわれる「わが故郷ギリシャの歌」できくのは素顔の、恋に泣くアグネスである。ギリシャ女アグネスがテオドラキスやハジダキスの作曲した憂いの影の濃い歌を表情ゆたかにうたって思いを吐露したCDアルバムは、声好きたちの間で長いこと、ひそかに愛聴されてきた隠れた名盤である。その名盤の歌唱が、コンサートできける!これぞ、まさに千載一遇のチャンスというべきである。 |