ストラスブール美術館所蔵 語りかける風景

2010年5月18(火)−7月11日(日)

Bunkamura ザ・ミュージアム

主な作品紹介

�T 窓からの風景 La fenetre

ヨーロッパでは15世紀のイタリアにおいて、遠近法の確立と並行して、窓によって切り取られた屋外の一部が絵画作品の中に導入されたのが風景画の原点でした。元は人間の営みの背景に過ぎなかった風景は、画家が観る者に対して提案する情景となり、そこには画家の意図と心情が込められるようになります。こうして風景画は、次第に独立した分野として発達していきました。
 窓という主題に新たな重要性と性格が与えられるのは、19世紀のことでした。窓は日常の営みが展開する室内と、大きく広がる外の世界とをつなぎ、二つの世界の境界を示しながら、作品に豊かな広がりと奥行きを与えることになりました。また、造形的なおもしろさに着目して窓を画面に導入する画家も現れました。例えば大きな縦長の窓は、垂直方向の動きを強調し、画面を区切る役割を果たしました。
 17世紀のフランドルやオランダの絵画に見られたように、室内に光を取り込むところと捉え、ときにはモーリス・ドニのように、精神的な次元を取り込む画家も現れました。また、外の風景というかたちをとりながらも、窓枠内を色彩表現の場と考えて、画面に変化を与えることも行われました。

�U 人物のいる風景 Paysages et personnages

風景画の発達は、そこに描かれた人物像に注目することでも追うことができます。17世紀、18世紀に盛んに描かれた風景画では、人間は前景に小さく描かれ、作品を高尚なものにすると考えられました。風景画といってもあくまでもテーマは人間の営みであり、そのような理想的で人工的な風景画は、単なる田園風景とは一線を画するものでした。
 人知を超越した雄大な自然を好んだのは19世紀のロマン派でした。そこでは人間は、押し潰されたように卑小に描かれました。しかしこのような風景画は次第に描かれなくなり、自然を賛歌するバルビゾン派の画家たちは、風景そのものをテーマに制作し、人物像は例えば農民を描いたもののように、自然と一体化したものが多くなりました。しかし同時に、風景画を描くにあたって、必ずしもそこに口実としての人間を入れる必要がなくなっていったのも事実でした。身の回りの自然の忠実な再現を目指した印象派の画家にとって、人間はむしろ日常的な環境の一部として捉えられています。
 また、ほとんど人物にしか興味も示さなかったピカソのような画家の場合、好奇心の対象は、風景のなかにいる人、あるいは群集が作る風景ということになるでしょう。

�V  都市の風景 Paysages urbains

建物の窓から見えた風景が、風景画の原点であったとすれば、建築物の外観を描く都市の風景も、風景画そのものと同じくらい古いということができます。
 この分野の発展を促したものに、都市の素晴らしい景観を人に伝える意味も込めて描かれた、言わば絵葉書のような役割を果たした風景画があります。これらの風景画は、18世紀を通じてヨーロッパ中で盛んに描かれました。
 しかし18世紀末に始まった産業革命は、都市の様子を徐々に変貌させていきました。工場や鉄道の登場はもとより、農村から流れ込んだ労働者により新たな環境となった都市は、画家たちにも新たな場を与えることになります。この都市を積極的に受け入れ描写したのが印象派の画家たちで、彼らはときには楽天的に、新しく出現した日常風景を描写していきました。そして20世紀になると、都市は、あるいは建築物は、例えばヴラマンクのように、立方体や円柱といった単純な立体に対象を還元しようとする画家たちの探求の格好の材料となり、それはいつかキュビスムというかたちで実を結ぶことになりました。

�W  水辺の風景 L’eau

17世紀オランダで誕生した海景画は、次第に崇高さと雄大さが追求されるようになり、19世紀のロマン主義時代になると、大海原を行く船の姿に、波にもてあそばれる小舟に、あるいは荒れ狂う嵐の海そのものに画家たちは感情移入し、そこに魂の叫びと情熱を表現しようとしました。
 次の世代である写実主義の画家たちは、目の前の自然をそのまま表現しようとしました。印象派の先駆けとなる画家に、コローとブーダンがいます。コローは、海よりも池や川に取材し、水のある情景を、その大気と共に写し取った画家ですが、作品の完成はまだアトリエで行っていました。海に親しんで育ったブーダンは印象派の先輩格として、ノルマンディーの海岸に立ち、時間と共に変化する海と空を盛んに描きとめました。
 美しい水辺の風景に惹かれながら、刹那的な移ろいやすいものに魅了された印象派の画家たちは、水そのものよりも水面に反射する陽光の輝きや、一時たりとも同じでない自然の移ろいに関心を寄せました。そして水に対する志向は、地中海を描きつづけたシニャック等、その後の新印象派にも受け継がれて行きました。

�X  田園の風景 La campagne

田園を主題にした風景画は、18世紀後半にはすでに隆盛を極めていました。自然主義の隆盛とあいまって、19世紀も続いたその流行の背景にあったのは、人間をかつての楽園から近代都市へと導いた産業革命でした。それは自然に対する新たな接し方を人々に模索させるきっかけとなり、その結果、観光や保養の目的で都会人は田園に滞在する機会も多くなっていきました。田園とは都会でもなく、かといって荒々しい大自然でもない中間の場所で、都会人からは便利な存在だったのです。その意味では、登山技術の発達のおかげで、かつては人を寄せ付けなかった山々も、行楽の対象となり、その様子も絵に描かれるようになりました。
 実際、絵画の世界では、古代の廃墟を取り入れたり、神話や伝説などをテーマにした叙情的で崇高な田園風景は19世紀半ばに終わりを告げます。そのあとは自然主義が主流となり、画家たちは、陽光に溢れ、風薫る田園そのものに美を見出し、バルビゾン派から写実主義、そして印象派へと変遷していったのです。本展出品作であるモネやシスレーが描いた田園の情景は、まさにその典型と言えるでしょう。

�Y  木のある風景 L’arbre

木が風景を造るというと大げさかもしれませんが、風景にアクセントやリズムを加え、奥行きを強調する役割を果たしているのが木であることは間違いありません。フランス語では風景をペイザージュと言いますが、庭園を造る造園家はペイザジスト、つまり「風景を造る人」と呼ばれるのもそうした所以です。
 木は空間に仕切りを与えることにも用いられます。木の幹で仕切られた枠のなかは、それ以外の空間よりも特別な場所として、画面に示されるのですが、それは実際の庭園の場合も同じです。本展ではデュフィやカンディンスキーの作品にこの例が見られます。
 また、自然のありのままを描き出そうとしたバルビゾン派の画家ルソーは、伐採された木の幹を克明に写生し、そこには木と画家との無言の対話があったことが窺がわれます。木を自らの精神状態を表すものとして捉え、自らの姿を映し出しすものとする姿勢は、むしろロマン主義的な傾向ですが、それは日本人にはむしろ分かりやすり考え方といえるでしょう。その意味で、フランセが地中海を見下ろす高台に描いた見事な大木や、ブロネールの描いたトーテムポールのような単純化された力強い木は、まさに主役として、圧倒的な存在感で私たちに語りかけてくるのです。


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