ストラスブール美術館所蔵 語りかける風景
2010年5月18(火)−7月11日(日)
Bunkamura ザ・ミュージアム
学芸員によるコラム
パリから近郊の都市に向かう列車に乗ると、意外と早く市街地が終わり、田園風景が広がってくる。ジヴェルニーなど印象派ゆかりの地も今ではパリからの通勤圏内で、毎日電車に揺られるサラリーマンにとっては何でもない風景にしか見えないだろうが、旅行で訪れた者には新鮮で興味の尽きない光景が車窓から飛び込んでくる。印象派の画家シスレーが描いた風景は、まさにそんな車窓からの眺めのような風景である。
鉄道が敷かれて近郊の田園地帯が、画家にとって気軽にアクセスできる格好のモチーフとなったのは19世紀半ばのことだった。かといって通勤していたわけではなく、パリの喧騒から逃れてきたものにとっては、今時の旅行者と同じく、連続する何でもない景色が素敵なものに見えたことだろう。そもそも印象派の特徴の一つに、そんな何でもない風景や日常の情景を描き出したことが挙げられる。むしろそこに、移ろい行く光と大気がそのときにだけ見せる美しさを見出し、描き止めたのだ。だからこそ、筆は粗く、すばやく描かれているのだが、そのほうがみずみずしい仕上がりとなる。
パリ郊外にはなだらかな丘が連なるケスタと呼ばれる地形が見られる。シスレーはそのどこかにイーゼルを立てて《家のある風景》という作品を完成させた。題名からして、彼が関心を持ったのは特定の何かではなく、自然と人工物(家と道)が作り出す造形的なおもしろさであった。起伏のある土地は、単調になりがちな田園風景に、池や川とは違ったおもしろさを与えてくれる。この作品でも、丘に曲線を描く坂道が動きを生み、木立が作る半円の輪郭線と共に私たちの視線を家に集めている。
柔らかな日差しと澄み切った大気。画家はこの風景を通して、そこにそれがあることを語りかけ、私たちを新たな旅へといざなうのである。そして本展は、作品の数だけ旅への招待状が壁に掛かっているといえるのかもしれない。
Bunkamuraザ ・ ミュージアム チーフキュレーター 宮澤政男
