フランダースの光 ベルギーの美しき村を描いて

エミール・クラウス《刈草干し》1896年 油彩・キャンヴァス 個人蔵

2010年9月4日(土)−10月24日(日)

Bunkamura ザ・ミュージアム

学芸員によるコラム

描かれた場所に行ってみたい そこで暮らしてみたい

 印象派の巨匠クロード・モネも、これほど素敵な、そして優雅なひと時を描いただろうか。ベルギーの画家エミール・クラウスが描いた《夏の夕暮れ》と題されたこの一枚の絵からは、モネが追究したものとは少し異なる、なにかゆったりとした安らぎのようなものが感じられる。
 エミール・クラウスは19世紀末から20世紀初頭のベルギーで活躍した画家である。光溢れるその様式はリュミニスム(光輝主義)と呼ばれ、多くの人々を魅了した。その中には日本からの留学生、児島虎次郎と太田喜二郎もおり、クラウスから指導を受けていた。舞台はレイエ川流域の地方。フランダースの田園地帯を流れるこの川は、クラウスがアトリエを構えたアステーヌ村を通って、20世紀の初め頃に芸術家たちがコロニーを形成した村シント・マルテンス・ラーテムを大きく蛇行して流れ、古都ゲントへと続いていく。
 クラウスの作品《夏の夕暮れ》から伝わってくるこの地方の美しさは格別である。緯度が高いベルギーでは、夏は夜遅くまで明るい。ゆっくりと暮れていく空には白い三日月がかかっている。川岸はこの品のよさそうな女性の家の裏庭の延長なのだろう。しかしこの作品が伝えるのは田園の美しさだけではない。都会の喧騒から遠く離れたこの土地ならではのスローライフであり、うらやましいほどのゆったりとした時間の流れなのである。
 同じ印象主義のモネの作品との違いは、おそらく人物像と関係があるのだろう。農民であっても、ブルジョワであっても、エミール・クラウスはこの土地で生活する人々の穏やかな暮らしぶりを通じて、生活の場としてのこの土地を描き出している。だからクラウスの作品を見ると、そこに行ってみたい以上に、暮らしてみたくなるのである。
 本展には他にもフランダースの田園地帯を題材にした作品が多数出品される。多くは日本初公開となるそれらの作品は、みずみずしい感動を呼ぶにちがいない。

Bunkamuraザ・ミュージアム チーフキュレーター 宮澤政男


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