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ミュシャ財団キュレーター 佐藤智子さんインタビュー
2024.11.08 UP
本展キュレーターを務めるミュシャ財団の佐藤智子氏にスペシャルインタビューを実施。
ミュシャ作品との出会いから鑑賞のポイントまでをお聞きしました。
本展鑑賞前に是非ご覧ください。
Q:佐藤さんとミュシャ作品との出会いを教えてください。
本格的な出会いは、1993年までさかのぼります。そのとき私はロンドンのバービカン・アートギャラリーで、駆け出しの学芸員でした。時代的には1989年にベルリンの壁が崩壊し、チェコではビロード革命が起こったあとの1992年にミュシャ財団は立ち上げられました。たまたま代表であるジョン・ミュシャ(アルフォンス・ミュシャの孫)がロンドンにある銀行の頭取をしていて、地元にあるからという理由でバービカン・センターに接触してきて「ミュシャの展覧会をやってくれ」となったわけなんです。
私は美術史を勉強しましたが、それまでは教科書や書店を見てもミュシャを紹介するものはありませんでした。ポスターを紹介する書籍でも数行程度で、「ミュシャ=アール・ヌーヴォー=ポスター」という目で見ていました。しかし展覧会の担当が決まった際ジョンがプラハに招待してくれて、初めてミュシャの家を訪れ、そこで認識が変わりました。
Q:その時印象に残っている出来事は何でしょうか。
特に心に残っているのは、ジョンが見せてくれたガラス乾板*の写真のネガです。それがもうすごい数で「これは何ですか」と聞いたら「ミュシャが撮った写真なんだよ」と。《スラヴ叙事詩》でも見覚えのあるいろいろな構図をモデルさんで撮っていて、これもミュシャなのかと驚きました。鉄のカーテンの外では知られていない事実でしたね。
*ガラスの板に写真感光材を塗布して焼き付けたもの
アルフォンス・ミュシャ 《原故郷のスラヴ民族―連作〈スラヴ叙事詩〉より》
1912年 油彩、テンペラ/キャンバス ミュシャ財団蔵 ©2024 Mucha Trust
Q:そこからミュシャ財団へとつながっていくのですね。
実際に財団で働いてみないかと言われたのは2007年に入ってからです。その時ジョンに言われたひとつの条件として「自分はアール・ヌーヴォーのミュシャ、ポスターとしてのミュシャの取り上げ方には飽き飽きなんだ」、「自分にとって祖父の最高傑作だと思うのは、彼が死ぬ間際まで働いて、そして決して完成することのなかった《三つの時代》*なんだ」と。
*《三つの時代》
ミュシャが生涯最後に手掛けた作品。全人類の平和の記念碑となることを願い『理性の時代』『英知の時代』『愛の時代』という三つのテーマから成る連作として構想されたが、1939年3月、ドイツがチェコスロヴァキア共和国に侵攻した際にゲシュタポ(ゲハイメ・シュターツポリツァイ)に拘束され、制作が中断。数日間にわたる尋問の後釈放されるが、健康状態が悪化し、同年7月にプラハで死去。作品は未完に終わる。
詳細はこちら(英語ページ) ※外部リンクに遷移します
Q:イマーシブ映像の最後の方にでてくる作品ですね。
《三つの時代》につながる《スラヴ叙事詩》があって、その前にパリ万博*があって、そこをどうつなげるか。そういうプログラムを作ってほしい、と言われました。
*パリ万博
1900年に開催。ミュシャはボスニア・ヘルツェゴビナ館の内装を依頼されスラヴ民族の歴史を調査したことが、《スラヴ叙事詩》制作のきっかけと言われる。
Q:まさに今回の展覧会の内容につながりますね。本展の注目ポイントを教えてください。
ぜひ構図的な部分を見てください。映画のようにミュシャの人生を見せるのは簡単です。でも、イマーシブだからこそできるのは「構図の分析」なんです。どんな次元の装飾的なモチーフがあるのか。それから枠も特徴的です。分解して再生することで、ミュシャがどのように作品を作り上げているか、ミュシャの様式とは何かを知らせたかった。
©2024 Mucha Trust-Gran Palais Immersif
アルフォンス・ミュシャ《 モナコ・モンテカルロ》(部分)
1897年 カラーリトグラフ ミュシャ財団蔵 ©2024 Mucha Trust
Q:確かにミュシャの様式のように、言語化されてもすぐにわからないことが自然に理解できる映像です。
これまでミュシャだけでなくたくさんの展覧会を担当してきましたが、言葉で伝えるには限界があります。「デジタルの力を使って科学的に見せる」というのが我々の出発点でした。視覚的な表現にすると一瞬で理解できます。今回は、グラフィックデザイナーと我々キュレーターが机を突き合わせて創り上げた映像を皆さんにご覧いただくことになっていますのでお楽しみに。
佐藤智子(さとう・ともこ)
ミュシャ財団キュレーター。2007年より同財団の展覧会企画および研究プログラムを担当。以前はロンドンのバービカン・アート・ギャラリー(バービカン・センター)のキュレーターとして、19世紀後半から20世紀初頭のヨーロッパ、特に英仏の美術運動、建築、デザイン、写真の様々な局面を紹介。世田谷美術館との共同企画『JAPANと英吉利西(いぎりす)日英美術交流1850-1930』展 (1992)、『オスカー・ワイルドとその時代』展 (2000)、『アルヴァ・アアルト:坂茂の視点』展 (2007)などを企画。
★イベント情報★
「永遠のミュシャ展」開幕を記念して、12/3(火)に佐藤智子氏をお招きし、トークイベントを開催します!