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2023.03.14 UP
スペシャリストたちが語る、「マリー・ローランサンとモード」展
◆佐川美智子さん(美術史家)
『ガゼット・デュ・ボントン』をはじめとする20世紀初頭のファッション雑誌には美しい色彩が欠かせません。日本の型染めにヒントを得て工夫された繊細な”ポショワール”と呼ばれる技法です。機械的な印刷では得られないしっとりとした質感をともなった鮮やかな色彩は、1点1点、手描きで施されるポショワールならではの特性といえます。驚くほど手間をかけて描かれるドレスや帽子、手袋、バッグ、パラソルといった小物、それらが一丸となって新しい時代の到来を告げています。素敵なデザインはもちろんのこと、”公園での散歩に最適なデイドレス”であるとか”リゾート地での装い”、そして”華麗な夜会服”などなど、あの頃を生きた女性たちの理想の日常のシーンを活写するファッションプレートは今なお私たちの胸をときめかせてくれます。とはいえ多幸感に満ちた美しい1920年代のファッション雑誌の世界も、30年代の到来とともに消えてゆく運命でした。それは世界を覆う戦争の狭間で花開いた、ファッションを愛する人々の見た夢の世界だったのかもしれません。そしてまた、ローランサンの描く女性たちの中にどこかメランコリックな気分がふと垣間見える気がするのは、彼女たちもまた20年代に見た夢を胸に抱きつつ時代の荒波に翻弄されることを予感しているからともいえないでしょうか。
◆桜井多佳子さん(舞踊評論)
マリー・ローランサンは、美術史だけでなくバレエ史にもその名を残している。
舞台美術と衣裳をローランサンがはじめてデザインしたのは、ディアギレフのバレエ・リュスが上演した『牝鹿』(1924年)。音楽はプーランク、振付はニジンスカ(舞踊家であり振付家ニジンスキーの妹)。物語はなく1920年代のサロン風景が描かれている。大きなバルコニーの背景画やソファー。そこに登場する女性たちは、羽飾りの帽子とピンクのドレス。それは、まさにローランサンの世界。だが、バレエの舞台となると照明も入るし、女性たちも動く(踊る)。デザイン画を書いたローランサンのイメージ通りに、容易に仕上がらなかったことは推測でき、完成までに大変な苦労があったことも想像できる。
しかし、その後もローランサンは舞台美術を手掛けている。自分が考えた舞台の中で、やはり自身がデザインした衣裳を纏いダンサーが踊る〜それは独自の空間の構築。ローランサンにとって刺激的で、新たなインスピレーションを得る創造活動だったに違いない。
◆佐藤正子さん(株式会社コンタクト、写真展企画制作)
19世紀にフランスで発明された写真術は、人類の歴史にとって大きな変革をもたらしたといっても過言ではありません。写真の登場により、それまで、肖像画や報道などあらゆる記録メディアとしての役割を担っていた絵画や版画は、写真にとって代わられるようになります。しかし、「見たままを機械が写し出す」写真の芸術的価値を模索する潮流として、19世紀後半から20世紀初頭にかけて絵画的な方向性を模索するピクトリアリズム写真が興隆し、現在のファッション雑誌の礎を築いた『Vogue』(1892年創刊)、『Harper’s Bazaar』(1867年創刊)も、それまでのイラストに代わりファッション写真が各誌のページを飾るようになっていきました。1930年代前後、ピクトリアリズムへの反動から生まれた「写真独自の表現」を追求するモダニズムの波がファッション写真にも及び、マーティン・ムンカッチ、マン・レイ、ホルスト・P・ホルスト、ジョージ・ホイニンゲン=ヒューンといった写真家たちによる新たなスタイルのファッション写真が続々と生み出されていきました。それまでの、「スタジオでポーズをとったモデルを撮影すること=ファッション写真」という概念を大きく覆す象徴となったのが、野外で自由に動くモデルたちの写真です。本展の出品作マーティン・ムンカッチの疾走するモデルをとらえた作品は、ファッション写真史で欠かすことのできない一点であり、後の多くの写真家たちにも影響を与えました。1930年代のファッション写真は、ローランサンが、分野の境界を越えて様々なアーティストたちとの交流から多くの作品を生み出した自由な時代背景を垣間見せてくれます。