平間至展 写真のうた

COLUMN

コラム

COLUMN #1

あの頃が甦る 
音楽が聴こえる

撮影:三輪僚子
撮影:三輪僚子

タワーレコードのキャンペーン「NO MUSIC, NO LIFE.」のポスター。皆さんも一度は目にしたことがあるのではないでしょうか? 本展でご紹介するのは、その写真を長年担当してきたフォトグラファー・平間至(1963年~)の仕事です。このポスターばかりではありません。CDジャケットや雑誌などでも数多くのアーティストを撮影しています。そのスタイルはまさに、「音楽が聴こえてくるような躍動感のあるポートレート」。特に90年代、音楽CD全盛時代の作品を見れば、「え!あれも?これも?」と驚かれる人も多いのでは。

平間至は宮城県塩竈市生まれ。祖父が創業した「ひらま写真館」で育ち、三代目として家業を継ぐことを期待されますが、選んだのは、東京でフリーの写真家になる道でした。その名を一躍知らしめた写真集『MOTOR DRIVE』には、「現場で事件を起こす」という平間のモットーがはっきりと表れています。そして楽器のようにカメラを構え、シャッター音、ストロボの光、チャージ音で現場をグルーヴさせる平間ならではの「音楽が聴こえる」作品たち。それがこの展覧会の核となります。

そして音楽の仕事以外にもいくつものシリーズが存在する中で、今回ご紹介するのが田中泯とのコラボレーション〈場踊り〉。その場に固有の踊りを即興で表すダンサーの姿は静謐ながら、震える魂の叫びが聞こえてくるかのようです。

平間至 《高知県梼原》 2010年 田中泯〈場踊り〉より ©Itaru Hirama
平間至 《高知県梼原》 2010年 田中泯〈場踊り〉より ©Itaru Hirama

さて話は戻りますが、一度は背を向けた家業。2011年、東日本大震災で心が大きく揺れ動いた平間は、2015年、東京・三宿に平間写真館TOKYOを開業します。祖父の時代には特別な技術を必要とした写真。誰もが手軽に撮影できるようになった現在にあって、平間写真館でなければできないことは何か。そんなことを考えながら撮り続ける平間の写真には、家族、仲間たち、それぞれのハレの日がその物語とともに写し出されています。

本展では「写真と音楽」を核としつつ、若き学生時代から還暦を迎える現在までの仕事から、平間至の半生を知るための5つのテーマをピックアップしお届けします。

青春時代に熱狂したあのバンド、仕事で落ち込んだ時に元気づけてくれたあの曲。そんな人生の節々を思い出すスイッチを、平間至の写真が押してくれることでしょう。そしてこれほどまでに被写体の魅力を引き出すことのできる写真家の人間力、両者の間に生まれた信頼関係も伝わってくるのではないでしょうか。

Bunkamura ザ・ミュージアム学芸員
菅沼万里絵

COLUMN #2

音楽CD黄金時代の
熱気が甦る
平間至展という空間

「平間至展 写真のうた -PHOTO SONGS-」が開幕しました。

ホームであるBunkamura ザ・ミュージアムとは勝手が違い、開幕準備は想像以上に困難なものとなりました。一方で、これまでできなかった(あるいは一歩踏み出せずにいた)ことにトライする、良い機会となったことも事実です。

そもそも本展は、「現役で活躍中」の「日本人作家」の「個展」、という、これまでのBunkamuraでは考えられなかった、しかもロックな展覧会。従来とは違う見せ方は何としても必要です。 そこで、綿密に順路を組み、作品1点1点を整然と並べ、アートピースとして丁寧に照明を当てる、という「美術展覧会」然とした手法を一旦脇に置き、かつ個々の作品のことも一旦忘れることにしました。 まずは会場の空気をどう作るか、そこに来た人々の気分を盛り上げるにはどうしたらいいか、まずは空間の雰囲気ありきでスタートすることにしました。

展覧会開催地の渋谷は音楽の街。ライブハウスやホールもいたるところに点在し、平間至が長年ポスター写真を手がけてきたタワーレコードもあります。 ここを発信地として生まれた渋谷系は90年代後半に一大ムーヴメントともなりました。そんな街を当所もなくさまよい、人々の行き交うクロスロードに佇み、写真に流れる音楽を感じてほしい。 順路に沿って右にならえ、皆が皆、同じ方向に動いていく、そんな流れを断ち切って、「次どこ行く?」「あっちにしない?」的な、街歩きの感覚も悪くないな、と。

この渋谷のイメージに加え、CDが最も売れた時代=90年代の熱気を伝えるべく、まずは渋谷駅周辺を(再現して見せるのではなくあくまで)彷彿とさせる壁面配置を意識しました。人がひしめく渋谷駅構内のように入り組んだ第1章。

改札を抜け出口をくぐるとそこは開けた空間に。それが第2章、本展の大きな見せ場です。膨大な作品群とそれが物語る音楽シーンをダイナミックに見せたくて、ライティングも思い切ってアゲアゲの照度に。 写真に当てるにしては冒険的に高い数値に、学芸員の立場としては震えるばかりですが、関係各位のご許可をいただき…。おかげでメインストリート的エリアが煌びやかになりました。天井から吊り下がる大きな垂れ幕も目抜き通りを飾る屋外看板のよう。 具体的に渋谷のどこがモデルなのか?を明かすのもなんだか野暮な気がして、もう皆さんのご想像にお任せします(大体ご想像がつくと思いますが…)。

続く第3章は裏路地のように奥まった空間で、平間至がジャケットを手がけたCDや雑誌、アイデアブックなどをびっしりと並べました。 写真というアートピースに対して資料的な立ち位置のものをご紹介する、バックステージのコーナーというつもりでしたが、出来上がってみると想像以上に圧巻の光景!!本屋やCDショップが次々と消えていくこの時代に、かつての黄金期が甦ったかのよう。 当時青春を過ごした筆者は不覚にも涙してしまいました。

さて、ここまでの音楽エリアから奥に入り込むと、ダンサー・田中泯の〈場踊り〉シリーズが整然と並ぶ第4章。照度をグッと下げ、1点1点とじっくり向き合う静謐な世界です。

最後に、平間写真館TOKYOで撮影された家族写真メインの第5章。幸せな家族(や仲間たち)の表情が、やわらかいピンクの壁紙とぴったりマッチ。写真家とのコミュニケーションも垣間見える、和やかなコーナーとなりました。

どの章にも特徴がはっきり表れて、きちんと住み分けができているので、作品点数は多くても最後まで飽きることなくご覧いただけます。手前味噌ですが、最高にイケてる展覧会です。見ない手はないゼ。

Bunkamura ザ・ミュージアム学芸員
菅沼万里絵

COLUMN #3

青空フェス紀行
白熱しなくて大丈夫?
ゆるーく過ごすロックの楽しみ方

暑いですね、フェスの季節がやってきたという感じです。フェスといえば皆さん「GAMA ROCK FES」はご存じですか? かつて、平間至の故郷・宮城県塩竈市で開催されていたロックフェスです。 2011年の東日本大震災の後、復興への思いも込めて平間至とダンサーのATSUSHI氏が立ち上げ、 2019年まで開催(2020年は配信にて開催)されていました。筆者は2度ほどお邪魔しましたが、 青空の下、地元の皆さんが敷物を敷き、ごちそうを頬張りながら、ステージ上のアーティスト達を応援する、 その様を見て私は、郷里の地域対抗運動会を思い出しました。いかにもロック好きが集まる、ということでもなく、 大人も子供も、音楽に詳しい人もそうでない人も、のびのびと楽しめるイベント。お年寄りが横になって休憩したり、 子どもが駆け回ったり。良い意味でとても牧歌的な光景です。

「音楽とアートと食を楽しめるイベント」と銘打つだけあって、ワークショップやアート物販も充実。 ライブの歌声をBGMにもの作りをする、なんて贅沢なんでしょう。耳から指先から、ふたつの芸術体験を同時に満喫できるのですから。

屋台メシもまた絶品です。ホタテの浜焼きに牛タン、ずんだ餅…地元のおいしいものを食べてもらいたいと心から願ってセレクトされたであろうことが しみじみと感じられます。地酒の小瓶を求めると、どうやら盃にあたるものは付いてこない模様。はい私、できますよ、ラッパ飲み。 でも一応聞いてみました、「紙コップか何かありますか?」。店のおばちゃんの回答が男前じゃありませんか、「瓶から飲んだ方がうまいよ」 ですって!ほれてまうやろ~!(※公式サイトのフォトギャラリーを見るとプラカップで飲む人の姿もあるので、通常は用意されていたのでしょう。 たまたま切らしていたのか、筆者がラッパ飲み好きそうに見えたのかも?)

ちなみに参加者には、振舞酒とともに地元名物笹かまが配布される気前の良さ。

こんなに居心地が良いイベントを作るなんて、制作陣の愛は深いですね。しかし業務領域が広すぎて、準備が大変すぎませんか…。平間至の心が広すぎる!いや、きっと一方では欲張りでもあるのです。 自分自身やってみたいことのすべてを叶えてもいるのでしょう。参加者の気持ちになって丁寧に作り込んでいるのがこのフェスなんですね。まさに参加者と心はひとつ。

これって、平間至の写真の哲学に通じるのでは?被写体と心はひとつ。かつてインタビューで、オーランド・ブルームとの仕事を例にこんなことを語っていました。「被写体と向き合えた瞬間がゴールですかね。 気持ちがシンクロするんでしょう。(中略)撮っている人と撮られている人の顔って同じ表情なんです。(中略)つまり、この撮影では僕もオーランド・ブルームだったわけですよ。3分間だけ(笑)。」(「巻頭特集 平間至」『フォトグラフィカ』2005年 Autumn Vol.01より) 平間至の夢が詰まっていたり、平間至の人と柄が表れていたり、平間至とその周辺を構成するものが見えてきたり。「GAMA ROCK FES」とは、平間至の縮図、あるいはその逆とも言えるかもしれません。

こちらの公式サイトにアーカイブが充実していますので、是非一度覗いてみてくださいね。

GAMA ROCK FES 公式サイト

※外部サイトにリンクします

ところで、あれ?ちっとも出てきませんでしたね、音楽の話。

うーん、それは展覧会に来てからのお楽しみということで…!大友康平さんや和田アキ子さん、カジヒデキさんなど、 「GAMA ROCK FES」に出演したアーティストの写真も登場しますので、会場で探してみてください。

Bunkamura ザ・ミュージアム学芸員
菅沼万里絵