かこさとし展 子どもたちに伝えたかったこと

見どころ

Chapter1絵を描く科学者

絵本作家かこさとし誕生の物語

 子どもの頃から絵を描くことが何よりも好きだったというかこさとし(1926-2018)。少年時代から美術全集などを眺めては芸術に対する想いを深め、時間を見つけては絵を描いていました。一方、大学は工学部に学び、世の中の役に立ちたいと科学者を志しました。その後、戦争を経験。生きる意味を見失ったかこは、自画像など絵を描く行為を通して、自身を見つめ、己の生きる道を探ります。卒業後、研究者として勤めるようになった昭和電工で働く人たちの姿を目の当たりにし、生きるために懸命に働く人々のまっすぐな姿に感銘を受けたかこは、その姿を絵に描きました。

 絵本作家として広く知られるかこですが、こうした絵を描いていたことはあまり知られていません。本展では、かこの創作の原点とも言える、初期の絵画作品もご紹介。初公開のものも含む貴重な作品が一堂に介することで、絵に対するかこの想いや姿勢、表現力を垣間見ていただけることでしょう。

 「美術」と「科学」という二つの要素はかこの創作活動の中核をなし、その後の絵本作品の中に息づいています。

Chapter2初公開!創作の原点となった紙芝居の世界

子どもたちが教えてくれた大事なこと

 1951年から、かこはセツルメント*1の子ども会活動に力を注ぐようになります。大学時代に演劇研究会で舞台美術などを経験し、劇団プークでも人形劇の手伝いをしていたかこは、会社勤めの合間を縫って紙芝居の制作にいそしみ、子どもたちに披露していました。制作と実演のみならず、研究会の開催や研究誌の刊行にも取り組み、児童文化活動に本気で向き合いましたが、この経験が後の絵本制作に大きく貢献することになります。

 その紙芝居作品の原画をご覧いただくとともに、本展では幻灯げんとう*2作品もご紹介。セツルメント活動から生まれたコンテンツをご覧いただける、大変貴重な機会です。

*1 戦前に始まったボランティア活動。医療・福祉などの支援のほか、子ども会の活動もあった。

*2 フィルムに写した図像を光でスクリーンに投影して見せる鑑賞ツール。

Chapter3大人気絵本シリーズの誕生秘話

不朽の名作!「だるまちゃん」シリーズと『からすのパンやさん』

 戦後、子どもたちのために「日本らしい」絵本を作りたいと考えていたかこは、日本では馴染み深い“だるま”を主人公に作品を生み出しました。そして全国各地の郷土玩具をモデルとしたキャラクターがお友達として登場する絵本「だるまちゃん」11作の人気シリーズとなります。だるまちゃんたちは楽しく遊びながらさらなる面白さを求め、工夫をこらし遊びを発展させていきますが、その貪欲さやアイデアは世の子どもたちのお手本にもなり、まさに遊びのバイブルともいえる名作です。

 そして、かこ作品の中で何と言っても一番人気の『からすのパンやさん』は、働き者のからすの夫婦と4羽の子どもたちの物語。ずらりと並ぶおいしそうなパンや、仲間たちとの人間模様など、子どもたちの好奇心をくすぐる要素がいっぱいに詰められています。本展では、世代を超えて愛され続ける代表作から、名場面を選りすぐりご紹介。また、これらの作品の誕生秘話とともに、かこがストーリーに散りばめた学びの要素を紐解きます。

Chapter 4 & 5未来を生きる君たちへ

広がる創作絵本と、世界の成り立ちを伝える壮大な科学絵本の世界

子どもたちの中にある探求心の扉を叩き、学びのきっかけをつくるため、そしてその選択肢を広げるため、かこは様々な分野の絵本制作に挑みました。

『どうぐ』『地下鉄のできるまで』では、身近なものの仕組みを細やかな図解とともに、それらを完成させるために知恵を絞り汗をかく労働者の姿を描くことで、普段何気なく利用しているものが多くの人々の努力あってこそ世に存在していることを伝えています。また、私たちのからだのメカニズムを知る『はははのはなし』『たべもののたび』や、他者との違いと多様性について深く考えさせられる『しろいやさしいぞうのはなし』、沢山の仲間たちの群像表現に心躍る『とこちゃんはどこ』『おたまじゃくしの101ちゃん』など、かこさとしの創作世界の広がりは留まるところを知りません。

読んで楽しいことはもちろん、子どもたち自身の頭でよく考え、個々の可能性を切り開くため、表現に工夫を凝らした絵本たち。そのページを繰れば、発見やひらめきの連続に時間が経つのも忘れるほど。その知られざる豊かなかこさとしワールドにご案内します。

未完の大作、初公開!
「宇宙進化地球生命変遷放散総合図譜(通称:生命図譜)」

 東京大学工学部を卒業後、昭和電工に長年勤めたかこさとしは、科学者としての知識や経験を活かして科学絵本の制作に打ち込みました。私たち人間は何者であるのか?その人間を取り巻く生物たちとどのように共存しているのか?その舞台となる地球とは?星々を抱く宇宙の果ては?…私たちの生きている世界がどのように成り立っているのかを伝える科学絵本の数々。新しい発見に満ちた科学の世界を絵本にする際、かこはその内容が少なくとも20年間大きく変わらないものであることを調べ上げ、子どもたちに真実を届けようと心がけました。かこの科学絵本は子どもたちの役に立つよう、心を砕いて丁寧に描かれています。

 『海』『地球』『宇宙』などの代表作をめくってみると、そのテーマは壮大でありながら、日常目にすることができる身近なものとの比較からはじめることで誰にでも飲み込みやすい描写となっており、広く読まれるその理由がわかります。

 そして科学絵本の集大成となるのが、最晩年に描き残された「宇宙進化地球生命変遷放散総合図譜」(複製)です。生きとし生けるものへの愛情と理解を最後の最後まで探求し描き表わそうとした、かこ渾身の一枚。その幅5メートルにも及ぶこの大作を、本展で初めてお披露目します。古く繊細な紙に細かに描かれた原画は移動や展示に耐え得ないため、現代の技術を駆使し精緻な複製を作成。原寸大にリアルに復元された、かこが深い思い入れを持って描いた生命の図譜をぜひ間近でご覧ください。

かこさとし 略歴

  • 1926年

    福井県今立郡国高村(旧・武生市、現・越前市)に生まれる。

  • 1933年

    東京・板橋に転居。この頃から絵を描くことが好きになる。

  • 1942年

    レオナルド・ダ・ヴィンチに感銘を受ける。航空士官を志していたが、視力が低く断念。技術者を目指す。

  • 1943年

    成蹊高等学校入学。2年生から軍需工場に動員される。回覧雑誌「マント」を作る。

  • 1945年

    東京帝国大学工学部応用化学科入学。父の郷里の三重県に疎開中、終戦を迎える。

  • 1946年

    演劇研究会に入部し、舞台装置と道具類のデザイン・制作を担当。子ども向けの演劇脚本を書き始める。

  • 1948年

    大学卒業後、昭和電工に入社。会社勤務の傍ら「人形劇団プーク」に参加。

  • 1951年

    セツルメント(東京・大井町)で子ども会活動に参加。日本アンデパンダン展に出品。

  • 1952年

    川崎のセツルメントに移る。

  • 1957年

    教育紙芝居研究会機関紙『紙芝居』の編集・印刷責任者となる。

  • 1959年

    『だむのおじさんたち』(「こどものとも」1959年、福音館書店)で絵本作家デビュー。

  • 1970年

    藤沢市に仕事場を兼ねた新居をかまえる。

  • 1985年

    第24回高橋五山賞特別賞受賞。

  • 2007年

    第49回児童福祉文化賞特別部門受賞。

  • 2008年

    第56回菊池寛賞受賞。

  • 2009年

    日本化学会特別功労賞受賞。

  • 2011年

    越前市文化功労章受章。

  • 2013年

    「越前市かこさとしふるさと絵本館 砳(らく)」開館。

  • 2017年

    第40回巌谷小波文芸賞受賞。武生中央公園(監修)リニューアルオープン。

  • 2018年

    5月2日、自宅(藤沢市)にて永眠。