マン・レイと女性たち

COLUMNコラム

COLUMN1

いつも気になるこの国が、また心を豊かにしてくれる。

印象派とエコール・ド・パリというフランス美術の精華で綴る展覧会。「甘美なるフランス」はその内容の華やかさが自ずと伝わってくる題名ではないでしょうか。フランス語でラ・ドゥース・フランスという言い方は古く、11世紀後半に遡るフランス最古の叙事詩『ローランの歌』に現れます。当時はフランス文化の最初の高潮期にあたり、美しい、穏やかな、稔り豊かな祖国へ愛を込めて「甘美なるフランス」と詠われました。時代は下って、19世紀後半に印象派の画家たちが現れ、日常の普通の生活や娯楽など、あるがままのフランスを画題としました。この画家たちの目を通して描かれた世界こそが新たな「甘美なるフランス」でした。そして20世紀初頭、エコール・ド・パリとして活躍した外国出身の画家についても、作品から伝わってくるのは彼らの祖国と共にパリのエスプリであり、パリで展開していた芸術活動のまれにみる豊かさなのです。本展ではそのような作品が美術史の流れに沿って登場しますが、ここでは背景にある3つのテーマで「甘美なるフランス」を追っていきましょう。

ファッショナブルな女性像
ピエール・オーギュスト・ルノワール《レースの帽子の少女》1891年 油彩/カンヴァス
ピエール・オーギュスト・ルノワール《レースの帽子の少女》
1891年 油彩/カンヴァス

フランスのファッションが注目されたのは、豪華さと洗練さを誇ったルイ王朝の宮廷文化のなかで華麗な服飾文化が発達したことが背景にあり、フランスのファッションはヨーロッパ中の憧れとなりました。その後19世紀半ば、フランスでは、ファッションが一大産業となっていき、オートクチュールが生まれ、百貨店で既製服が売られるようになりました。そんな時代に描かれたのがルノワールの《レースの帽子の少女》です。よそ行きに着飾ったこの少女像の題名に帽子とあるのは、服装全体の中でもそこが華やかで最も注目すべきだからでしょう。おそらくパリ郊外の池の淵で、良家のお嬢さんが柵にもたれる一瞬を捉えたこの作品は、人の心をなごませてくれます。まるでソフトクリームのように甘く優しいのは画家の力量のなせる技ですが、女性像を通して「甘美なるフランス」を最大限に実感させてくれる作品となっています。

アンリ・マティス《襟巻の女》1936年 油彩/カンヴァス
アンリ・マティス《襟巻の女》
1936年 油彩/カンヴァス

次の世代であるマティスもまた多くの女性を描いた画家です。描かれた女性の服装は現代と変わらないものが多く、その端的な作例が《襟巻の女》です。あまり描き込まず、最小限の要素で奥深い世界を出現させるこの画家の本領が発揮された作品で、格子のような直線と襟巻の曲線の対比が心地よく、そのなかで単純化された女性のふくよかな魅力を観る者は発見するのです。そしてここでも、小粋な帽子が襟巻と共にファッショナブルな味わいを加えています。ルノワールとは違う方向性で、マティスは女性を通じて当時のフランス文化の斬新さと豊かさを伝えてくれるのです。

Bunkamura ザ・ミュージアム 上席学芸員 宮澤政男

COLUMN2

変貌するパリ

パリはそれ自体がフランスの魅力の多くを担っています。19世紀後半、パリは今の姿に生まれ変わりました。産業革命で都市に人口が集中し、衛生面でも住みづらい街になっていた薄暗いパリの街は、オスマン知事の大改造によって開放的で衛生的な美しい近代都市へと変貌を遂げました。それは新たな「甘美なるフランス」の出現でした。そしてこの変貌を目の当たりにしていたのが、印象派の画家たちです。鉄道の発達でアルジャントゥイユなどの郊外にも手軽に行けるようになり、生活圏としてのパリの範囲も大いに広がりました。この若者たちは新たな日常の風景を肯定的にとらえ、それが印象派作品の明るく楽天的な雰囲気に現れているといっていいでしょう。例えばクロード・モネは、向上する近代生活の象徴である駅や蒸気機関車、あるいは煙を吐く郊外の工場を積極的に描いています。

次の世代であるエコール・ド・パリの画家の一人ユトリロはパリの街を描きつづけました。新しいパリは既に彼が生まれたときからあったわけですが、1870年代から建設が始まったモンマルトルの丘に建つサクレ=クール寺院は当時まだ新しい建物で、この地区を愛した画家は作品に盛んに描き込みました。ユトリロの描く白いパリには、なにか下町的な風情があり、彼独特の美学が感じられるのですが、私たちもいつの間にか味わい深い「ユトリロのパリ」の虜になっていくのです。

クロード・モネ《サン=ラザール駅の線路》1877年 油彩/カンヴァス
クロード・モネ《サン=ラザール駅の線路》1877年 油彩/カンヴァス
モーリス・ユトリロ《シャップ通り》1910年頃 油彩/厚紙
モーリス・ユトリロ《シャップ通り》1910年頃 油彩/厚紙
旅へのいざない

19世紀の鉄道の発達は、郊外だけでなく南仏やブルターニュといった遠隔の地をも身近にしました。それぞれの地方はその土地独自の「甘美なるフランス」を体験させてくれます。広い国土のフランスの中でも、地中海を望む南仏は特に強い個性を放ち、その温暖な気候ゆえ多くの画家たちが晩年を過ごしました。その代表がセザンヌです。印象派の手法で描かれた《プロヴァンスの風景》を目の前にすると、陽光をいっぱいに浴びた鮮やかな木々の元気な緑に圧倒され、明るい褐色の屋根の家とセザンヌ特有の青空とが相まって、この単純な風景画は私たちを地中海地方の旅へといざなってくれるのです。

そこでの生活の様子を、南仏を頻繁に訪れたキスリングも描いています。《窓辺のテーブル(サン=トロペ)》では、地中海を望むところに出された円卓上にワインのしゃれたデカンタとともにパン、バター、果物などが置かれています。格子のラティスが豊かな暮らしを演出し、ワインをコップで飲んでいるのも南仏の気さくな日常生活の感じが伝わってきます。そして「甘美なるフランス」を巡るこの旅は、その最もダイレクトな表現としての豊かな食文化で、幕を閉じようと思います。

ポール・セザンヌ《プロヴァンスの風景》1879-1882年 油彩/カンヴァス
ポール・セザンヌ《プロヴァンスの風景》1879-1882年 油彩/カンヴァス
キスリング《窓辺のテーブル(サン=トロペ)》1918年 油彩/カンヴァス
キスリング《窓辺のテーブル(サン=トロペ)》1918年 油彩/カンヴァス

Bunkamura ザ・ミュージアム 上席学芸員 宮澤政男