ニューヨークが生んだ伝説の写真家 永遠のソール・ライター

Column
コラム

ソール・ライター 《帽子》 1960年頃、発色現像方式印画 ©Saul Leiter Foundation
ソール・ライター 《帽子》 1960年頃、発色現像方式印画 ©Saul Leiter Foundation

雨粒に包まれた窓の方が、私にとっては有名人の写真より面白い。

ソール・ライター

1952年、ニューヨークのイースト・ヴィレッジ。当時は移民が多い貧しい地区だったのが、数年後にはカウンターカルチャーの中心地へと変貌するとも知らず、その西10番街にあるアパートにソール・ライターは移り住みました。本好きの彼は家から歩いて数分のところにある大書店ストランドまで行くのが日課で、画家としての初めての個展を開催したのも途中にある画廊でした。画家として成功することはありませんでしたが、画家であることをやめたこともなく、一方でカメラが彼の絵筆となっていきました。まだ写真の主流が白黒であった時代、画家としての感性を活かし、彼は未知の分野であるカラー写真に多感に挑んでいったのです。

そのようにして撮り溜めた作品は、当時を偲ばせる彼のアパートのアーカイブに数万点が手つかずで残されています。しかし大半は変色してしまい、コンピュータによる処理で元の色彩を蘇えらせるという、膨大な作業が残されています。本展のポスターに選んだこの作品も、そのような丁寧な処理を施されたものですが、実は2017年の展覧会ポスターに構図の似た作品を使いました。雨に濡れたガラス越しに人物を捉えたものですが、これもこうして発見された作品です。人物の左の黄色はタクシーで、前回の黄色はトラックで右上でした。ガラス越しにじっとシャッターチャンスを狙うカメラマンが仕留めた絶妙な瞬間。殆ど白黒のトーンの中に黄色を活かした抽象画と具象画の中間のような、しかし写真であるこの作品は、ライターならではの世界として、観る者をうならせるのです。

ザ ・ ミュージアム 上席学芸員 宮澤政男

ソール・ライター 《薄紅色の傘》 1950年代、発色現像方式印画 ©Saul Leiter Foundation
ソール・ライター 《薄紅色の傘》 1950年代、発色現像方式印画 ©Saul Leiter Foundation
ソール・ライター 《赤い傘》 1958年頃、発色現像方式印画 ©Saul Leiter Foundation
ソール・ライター 《赤い傘》 1958年頃、発色現像方式印画 ©Saul Leiter Foundation

日本ではソール・ライター2度目の個展となる本展のために、本人が住んでいたニューヨークのアパートで作品選びをしました。膨大な作品が眠るアーカイブから発掘された未発表の作品、そして発表はされたものの日本では未公開の作品の、相変わらずの質の高さに驚かされるとともに、とあることに改めて気づかされたのでした。それはつまり「傘」が多いこと。絵画ではモネの日傘はよく知られていますが、雨傘は同じく印象派のカイユボットや、ルノワールの作品に登場するくらい。しかしそれらはどれも黒いこうもり傘で、ライターが活躍した20世紀半ばの豊かなアメリカでは、鮮やかな色の傘も当たり前になっていたのでしょう。そして当然ながら、雨や雪のシーンが多く取り上げられています。傘は本来色のないところに色を差し、変わった形を出現させるという点で面白い存在ですし、雨や雪もただ疎ましい現象ではなく、いつもとは違った日常を出現させ、彼にはむしろシャッターチャンスを増やしてくれるものだったようで、実にうまく利用していると感心させられます。でもその背景には、傘や雨が登場する北斎を代表とする浮世絵の存在があります。彼は関係する書籍を多数持っていましたし、同じく浮世絵に影響を受けた画家ボナールの仕事も、画家でもあったライターのルーツになっています。さすがに雨脚まで撮ることはできなかったようですが、その結果ライターは窓の曇りや水滴の美しさに目を遣り、雪の降る様を見事に捉え、作品としての面白さに取り入れています。本展ではそんな彼の才能を、実感していただけることでしょう。

ザ ・ ミュージアム 上席学芸員 宮澤政男