俺たちの国芳 わたしの国貞

WORKS 主な作品紹介

一幕目

髑髏彫物伊達男

国芳は、躍動感あふれるポーズやスタイリッシュな着こなしの男の姿を、目がチカチカするほど微に入り細をうがち描いた。
国貞は、人気役者が演じる好漢たちを役者の顔や表情、演技の特徴まで捉え、歌舞伎役者と冒険活劇の男たちを重ね合わせた。「水滸伝」を始め、史実と虚構をない交ぜにした物語に登場する男たちはみな強烈なキャラクターで、江戸の男たちは絵を前にして、お気に入りのメンバー=推しメンの話題で盛り上がるのである。

歌川国芳「国芳もやう正札附現金男 野晒悟助のざらしごすけ
弘化2(1845)年頃 大判錦絵
William Sturgis Bigelow Collection, 11.28900
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston

物怪退治英雄譚

国芳が描く画面から飛び出てくるような「がしゃどくろ」も、正悪入れ替わって絵のなかでは主人公。国貞は、超常現象や霊能力が渦巻く世界で大活躍する空想伝奇の登場人物を、歌舞伎の舞台の仕掛けに移し替え、人気役者に英雄を重ね合わせた。強烈なインパクトを生み出す国芳と国貞の絵を見た人々は、伝説の英雄たちが奇っ怪な物怪と対決するドラマに、まさに現実的リアルな共感を引き起こされたであろう。

歌川国芳「相馬の古内裏に将門の姫君滝夜叉妖術を以て味方を集むる大宅太郎光国おおやのたろうみつくに妖怪を試さんとここに来りついに是を亡ぼす」
弘化元(1844)年頃 大判錦絵三枚続
William Sturgis Bigelow Collection, 11.30468-70
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston

畏怖大海原

ひとたび荒れ狂う大海原に投げ出されれば、ひとたまりもない。その海を絵にあらわし、人々の目を驚かせ、畏怖の念まで抱かせることが、国芳のテーマであった。
江戸の人気作家は荒唐無稽な冒険物語をしたて、江戸の人々は貪り読んだ。誰もが知るストーリーの一場面が大画面にあらわされたとき、人々は作品世界にすぐさま引き込まれ、現実世界から一瞬のうちに飛び出すことができたのである。

歌川国芳「讃岐院眷属をして為朝をすくふ図」
嘉永4,5(1851,52)年頃 大判錦絵三枚続
William Sturgis Bigelow Collection, 11.26999-7001
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston

異世界魑魅魍魎

怪異や物怪が生みだされる核心は人の心の内面こそある。国貞は役者の人間味が醸し出す怖さを描き出したが、国芳は物語性を強く打ち出した。人の恨みの強さを強調するように、美醜の違いを際立たせて描き、正体があらわれる場面では、うっすらと変化させていくことで未練を感じさせ涙を誘い、屏風の絵から亡霊が蠢きだす瞬間を捉えている。

歌川国貞「見立三十六歌撰之内 在原業平朝臣 清玄」
八代目市川團十郎
嘉永5(1852)年 大判錦絵
William Sturgis Bigelow Collection, 11.42663
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston

天下無双武者絵

保元・平治の乱や源平合戦といった古典の軍記物は、江戸の人々が大好きな「時代劇」の格好の主題となった。幕府が禁じた戦国時代の物語も、武将の名を少しだけ変えて見せれば、伝説の群雄の物語とわかる。そんな誰もが知る戦陣話は歌舞伎にもとりあげられて、人気小説の挿絵にも描かれた。それらの定番シーンを三枚続きに拡大した大画面パノラマで描き出して、国芳は人々の目を楽しませた。

歌川国芳「水瓶砕名誉顕図」
安政 3 (1856) 年 大判錦絵三枚続
William Sturgis Bigelow Collection, 11.38179a-c
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston

二幕目

三角関係世話物

三角関係は、江戸の人気小説や一般庶民の社会生活を題材にとる歌舞伎の「世話物」にも絶好のテーマとなった。それだけ世間の強い関心ごとでもあったのだ。
国貞は複雑な人の機微を、迫真の演技で克明ににじみ出す人気役者を、細やかにそして華やかに描き出した。それに対し、国芳は提灯が発する光を放射状に広がる線であらわす演出効果などで、背景描写に力を注ぎ、劇的なシーンに強いインパクトを与えている。彼らの絵をみれば、その複雑な人間関係の渦中にすぐさま深く絡め取られていくだろう。

歌川国貞「八百屋お七」四代目市川小團次、「下女お杉」四代目尾上菊五郎、「土左衛門伝吉」初代河原崎権十郎
安政 3(1856)年  大判錦絵堅二枚続
William Sturgis Bigelow Collection, 11.22004a-b
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston

千両役者揃続絵

役者絵は現代のブロマイド(アイドルの生写真)だとよく言われる。「役者絵の国貞」と評された国貞は、揃いの浴衣を着ていても各人が光を放つほど、人気役者の特徴を細やかに捉え、まるでアニメの主人公をが強調される場面に特殊効果のように、背景に華やかな模様や色彩を施して役者を彩る。国芳は贔屓筋ファンクラブに配る團十郎の非売品の寂寥感ある死絵を描いている。

歌川国貞 「御誂三段ぼかし 浮世伊之助」三代目岩井粂三郎、「葉歌乃新」初代河原崎権十郎、「野晒語助」四代目市川小團次、「夢乃市郎兵衛」五代目坂東彦三郎、「紅の甚三」二代目澤村訥升、「提婆乃仁三」初代中村福助
安政6(1859)年 大判錦絵六枚
William Sturgis Bigelow Collection, 11.42194-9
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston

楽屋裏素顔夢想

役者たちが夢のような現実離れした物語を舞台で演じて、大活躍するからこそ、日常の素顔を知りたいのがファンの偽らざる心情というもの。楽屋裏や舞台裏をみせれば、飛ぶように売れるのは必定だ。
国貞はそんなファン心理もお見通しで、江戸や大坂道頓堀の歌舞伎劇場の舞台裏を垣間みせ、役者たちが素顔を見せる楽屋の喧騒の様子をありありと描いている。三階には大立者や大部屋、二階に女方の部屋があり、一服付けるところや、衣裳方が役者に裃を付け、床山が鬘を整えているところまで描き出す。


歌川国貞 「踊形容楽屋之図 踊形容新開入之図おどりけいようがくやのず おどりけいようにかいいりのず」 
安政 3(1856)年 大判錦絵六枚続
William Sturgis Bigelow Collection, 11.28578-80 & 11.28581-3
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston

痛快機知娯楽絵

幕府の締め付けによって役者絵や遊女を描く美人画に規制がかかり、浮世絵業界は人々の購買欲をそそる新たなジャンルをみつける必要が生じた。趣向を凝らした題材がいくつも見出されたが、その中の一つが滑稽で、痛快な戯画であった。「笑い」は今も昔も人々が求めてやまないものであり、国芳こそがその第一人者となった。
国芳の戯画には、機微をとらえた滑稽ユーモアを含んだものが多く、庶民は国芳の絵に幕政への風刺や当てこすりを読み込んだ。

歌川国芳 「荷宝蔵壁のむだ書」(黄腰壁)
弘化5(1848)年頃 大判錦絵
William Sturgis Bigelow Collection, 11.27004
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston

滑稽面白相

超高層ビルの建設が話題となるように、江戸の町に大きな建物がたてば、国芳はすぐさま取り上げ、その上、子どもの大工が玄人仕事をこなすひねりを加える。大評判の興行イベントやできごとは、すぐさまニュースとなって、浮世絵にただちにとり上げられた。プロデューサーである版元は、ホットなニュースを題材として発注し、国芳がさらなる趣向を凝らした絵で、さらに話題を広げたのである。

歌川国芳 「江戸ノ花 木葉渡 早竹虎吉」
安政4(1857)年 大判錦絵
William Sturgis Bigelow Collection 11.21921
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston

今様江戸女子姿

浮世絵の華は、人気俳優の似顔絵である役者絵と遊女を描いた美人画である。しかし禁令によってまかり成らぬものとされ、町家(素人)の娘たちを題材にしたものが活況となった。国芳は、男に媚びない威勢のよい女性の気風きっぷのよさが画面からみてとれ、艶やかな国貞の女性は、持ち物の小物、装飾品のすべてが可愛らしい。江戸の女性が、彼らの絵をファッション・カタログとして見ていたとしても不思議ではない。

歌川国貞「当世三十弐相 よくうれ相」
文政4, 5(1821, 22)年頃 大判錦絵
Nellie Parney Carter Collection―Bequest of Nellie Parney Carter, 34.489
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston

四季行楽案内図

土日の休みもない江戸時代、社寺のお祭りや縁日は、人々にとって信心だけでなく、なくてはならないイベントだった。それは四季折々の花を愛でる機会でもあったし、高級料理屋でご当地の名物を楽しむ、グルメの目をひきつけた。
国芳の描く女性は、男たちの目をひいて、その盛り場に足を向けさせ、国貞の絵に登場する女性たちは、まるで祭礼の現場でロケを行ったグラビア雑誌のモデルのようだ。これらの絵をみた江戸の女性たちは、ファッションやグルメの参考としただろう。

歌川国芳 「初雪の戯遊」
弘化4-嘉永5(1847-52)年 大判錦絵三枚続
William Sturgis Bigelow Collection, 11.16077-9
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston

当世艶姿考

幕末の吉原で、高級遊女である花魁を揚げて遊ぶのは大店の商人ら富裕層である。庶民にとっては高嶺の花。花魁道中を人混みのなか、垣間見るくらいが関の山だ。有名な遊女は高級店が入銀(出資)で、宣伝目的の浮世絵に描かれることもあった。そんな二次元上の遊女をみた男たちは、よりいっそうの憧れをつのらせたであろう。
国貞は、町家の女性たちの仕事に追われる日々の暮らしのなかの なまめかしさを見出しながら、高級遊女の姿を、打ち掛けの柄や装飾品に至るまで、緻密にそして色鮮やかに描き出した。

歌川国貞「見立邯鄲」
文政13/天保元(1830)年 団扇絵判錦絵
Gift of L. Aaron Lebowich, 53.505
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston