WORKS 主な作品紹介
国芳は、躍動感あふれるポーズやスタイリッシュな着こなしの男の姿を、目がチカチカするほど微に入り細をうがち描いた。
国貞は、人気役者が演じる好漢たちを役者の顔や表情、演技の特徴まで捉え、歌舞伎役者と冒険活劇の男たちを重ね合わせた。「水滸伝」を始め、史実と虚構をない交ぜにした物語に登場する男たちはみな強烈なキャラクターで、江戸の男たちは絵を前にして、お気に入りのメンバー=推しメンの話題で盛り上がるのである。
国芳が描く画面から飛び出てくるような「がしゃどくろ」も、正悪入れ替わって絵のなかでは主人公。国貞は、超常現象や霊能力が渦巻く世界で大活躍する空想伝奇の登場人物を、歌舞伎の舞台の仕掛けに移し替え、人気役者に英雄を重ね合わせた。強烈なインパクトを生み出す国芳と国貞の絵を見た人々は、伝説の英雄たちが奇っ怪な物怪と対決するドラマに、まさに
ひとたび荒れ狂う大海原に投げ出されれば、ひとたまりもない。その海を絵にあらわし、人々の目を驚かせ、畏怖の念まで抱かせることが、国芳のテーマであった。
江戸の人気作家は荒唐無稽な冒険物語をしたて、江戸の人々は貪り読んだ。誰もが知るストーリーの一場面が大画面にあらわされたとき、人々は作品世界にすぐさま引き込まれ、現実世界から一瞬のうちに飛び出すことができたのである。
怪異や物怪が生みだされる核心は人の心の内面こそある。国貞は役者の人間味が醸し出す怖さを描き出したが、国芳は物語性を強く打ち出した。人の恨みの強さを強調するように、美醜の違いを際立たせて描き、正体があらわれる場面では、うっすらと変化させていくことで未練を感じさせ涙を誘い、屏風の絵から亡霊が蠢きだす瞬間を捉えている。
保元・平治の乱や源平合戦といった古典の軍記物は、江戸の人々が大好きな「時代劇」の格好の主題となった。幕府が禁じた戦国時代の物語も、武将の名を少しだけ変えて見せれば、伝説の群雄の物語とわかる。そんな誰もが知る戦陣話は歌舞伎にもとりあげられて、人気小説の挿絵にも描かれた。それらの定番シーンを三枚続きに拡大した
三角関係は、江戸の人気小説や一般庶民の社会生活を題材にとる歌舞伎の「世話物」にも絶好のテーマとなった。それだけ世間の強い関心ごとでもあったのだ。
国貞は複雑な人の機微を、迫真の演技で克明ににじみ出す人気役者を、細やかにそして華やかに描き出した。それに対し、国芳は提灯が発する光を放射状に広がる線であらわす演出効果などで、背景描写に力を注ぎ、劇的なシーンに強いインパクトを与えている。彼らの絵をみれば、その複雑な人間関係の渦中にすぐさま深く絡め取られていくだろう。
役者絵は現代のブロマイド(アイドルの生写真)だとよく言われる。「役者絵の国貞」と評された国貞は、揃いの浴衣を着ていても各人が光を放つほど、人気役者の特徴を細やかに捉え、まるでアニメの主人公をが強調される場面に特殊効果のように、背景に華やかな模様や色彩を施して役者を彩る。国芳は
役者たちが夢のような現実離れした物語を舞台で演じて、大活躍するからこそ、日常の素顔を知りたいのがファンの偽らざる心情というもの。楽屋裏や舞台裏をみせれば、飛ぶように売れるのは必定だ。
国貞はそんなファン心理もお見通しで、江戸や大坂道頓堀の歌舞伎劇場の舞台裏を垣間みせ、役者たちが素顔を見せる楽屋の喧騒の様子をありありと描いている。三階には大立者や大部屋、二階に女方の部屋があり、一服付けるところや、衣裳方が役者に裃を付け、床山が鬘を整えているところまで描き出す。
幕府の締め付けによって役者絵や遊女を描く美人画に規制がかかり、浮世絵業界は人々の購買欲をそそる新たなジャンルをみつける必要が生じた。趣向を凝らした題材がいくつも見出されたが、その中の一つが滑稽で、痛快な戯画であった。「笑い」は今も昔も人々が求めてやまないものであり、国芳こそがその第一人者となった。
国芳の戯画には、機微をとらえた
超高層ビルの建設が話題となるように、江戸の町に大きな建物がたてば、国芳はすぐさま取り上げ、その上、子どもの大工が玄人仕事をこなすひねりを加える。大評判の
浮世絵の華は、人気俳優の似顔絵である役者絵と遊女を描いた美人画である。しかし禁令によってまかり成らぬものとされ、町家(素人)の娘たちを題材にしたものが活況となった。国芳は、男に媚びない威勢のよい女性の
土日の休みもない江戸時代、社寺のお祭りや縁日は、人々にとって信心だけでなく、なくてはならないイベントだった。それは四季折々の花を愛でる機会でもあったし、高級料理屋でご当地の名物を楽しむ、グルメの目をひきつけた。
国芳の描く女性は、男たちの目をひいて、その盛り場に足を向けさせ、国貞の絵に登場する女性たちは、まるで祭礼の現場でロケを行ったグラビア雑誌のモデルのようだ。これらの絵をみた江戸の女性たちは、ファッションやグルメの参考としただろう。
幕末の吉原で、高級遊女である花魁を揚げて遊ぶのは大店の商人ら富裕層である。庶民にとっては高嶺の花。花魁道中を人混みのなか、垣間見るくらいが関の山だ。有名な遊女は高級店が入銀(出資)で、宣伝目的の浮世絵に描かれることもあった。そんな二次元上の遊女をみた男たちは、よりいっそうの憧れをつのらせたであろう。
国貞は、町家の女性たちの仕事に追われる日々の暮らしのなかの