カフェの創設-歴史の始まり
20世紀に入り、サン=ジェルマン=デ=プレには新進の出版社がいくつも進出。出版関係者、アーティスト、作家達が往来する中心地となりました。
現在のオーナーの曽祖父であるオーギュスト・ブーレーは、新たな時代の波を感じられる、この地区の魅力をいち早く見抜いた人物。
「カフェ酒場」だったドゥマゴを買い上げ、1914年、全面的に店舗の改装を行い、豪華なしつらえを施し、今、我々が知っているドゥマゴの原型を作り上げたのです。さらに、店の品位を保つこと ―行き届いたサービスと質の高い商品― に心を配り、人々が立ち寄りたくなるカフェへと変貌させました。

そうして、文学者や画家、作家、あらゆる分野の芸術家たちがドゥマゴを訪れるようになりました。
詩人ポール・ヴェルレーヌはここでステファヌ・マラルメと出会い、アルチュール・ランボー、オスカー・ワイルドは常連となり、ギョーム・アポリネール、ジャン・モレアスらが活発な議論を交わす姿が見られるようになります。
■シュルレアリスムの台頭
1920 年代には、既成の秩序や保守主義へ反発するシュルレアリスム運動が台頭。
アンドレ・ブルトン、ルイ・アラゴン、ジャン・ジロドゥ、ポール・エリュアール、アントナン・アルトー、マックス・エルンストなどを始めとした、芸術家、文学者たちがこの運動に加わる様になりました。彼らは何時間もドゥマゴに陣取り、それぞれの途方もない芸術的なたくらみを披露しあったのです。
パリの知識人たちの中心地となったサン=ジェルマン=デ=プレとドゥマゴ。
外国人特派員としてパリに居たアーネスト・ヘミングウェイがフランスの一流の芸術家たちとの交友を深め、フランソワーズ・ジルーがサン=テグジュペリを伴って訪れたのも、パブロ・ピカソが「泣く女」のモデルとなったドラ・マールに出会ったのも、ドゥマゴなのです。
その他にもオスカー・ワイルド、シンクレア・ルイス、ジェイムズ・ジョイス、藤田嗣治、ボリス・ヴィアン……この店に通った著名人の名をあげていけばキリがないでしょう。数え切れないほどの人々が、コーヒーの香り漂うこの店に集まり、議論することを楽しんだのです。
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