
第1回「あ」
クラシック音楽、演劇、アートなどには独特の専門用語が使われていて、知っておくと文化芸術をもっと楽しめるようになるものがたくさんあります。そうした用語の数々を、誰かに話したくなるようなトリビアを交えて解説する「Bunka Dictionary Bunka辞典」がスタート! 第1回は「あ」です。
【アール】(アール・ヌーヴォー/アール・デコ)Art/アート/フランス語
アールとはフランス語で「芸術」を意味し、「アール・ヌーヴォー(フランス語で「新しい美術」)」「アール・デコ(同じく「装飾美術」)」など芸術様式を表現する際にも使われています。似たような言葉なので、どっちがどっちか違いが分からなくなることはありませんか?
19世紀末にヨーロッパで生まれたアール・ヌーヴォーは、植物や花などの自然をモチーフにした曲線的なデザインが特徴的で、絵画のみならず建物や家具の装飾としても取り入れられました。一方、1910年代半ばから1930年代にかけて欧米で流行したアール・デコでは直線や幾何学模様を多用。職人の手で作り上げるアール・ヌーヴォーとは対照的に、機械での大量生産を考慮した合理的かつ機能的なデザインが特徴的です。

【アインザッツ】Einsatz/音楽/ドイツ語
オーケストラの演奏において複数の奏者が音の音色やタイミングを揃えるのは基本的なことではありますが、異なる楽器を扱うたくさんの奏者の音を揃えるのは実は難しいこと。音のない状態から出だしを揃えるのは特に難しく、たとえばベートーヴェンの交響曲第5番の第1楽章冒頭は8分休符からいきなりフォルテッシモ(とても強く)で演奏を始めるため、奏者は指揮者が指揮棒を振り下ろす瞬間に全神経を集中しているそうです。
このように、音のない状態あるいは演奏を休んでいる状態から複数の奏者が同時に音を出す際に、出だしのタイミングを合わせることを「アインザッツを揃える」と表現します。アインザッツはドイツ語で「出動」「配備」「投入」などを意味し、音楽用語としては「楽節(フレーズ)の出だし」。オーケストラのアインザッツを揃えることは、演奏を統率する指揮者にとって腕の見せどころでもあります。
【アウトサイダー・アート】Outsider Art/アート/英語
アウトサイダー・アートとは、美術の専門教育を受けていなかったり、障害のある人が制作した作品を指します。1945年にフランス人画家ジャン・デュビュッフェが提唱した「アール・ブリュット」(フランス語で「生の芸術」の意味)を原義とし、アートの伝統にとらわれない型破りな作品が多く見られます。
日本でアウトサイダー・アートの概念が一般的に広まったのは近年になってから。1995年に障害のある人たちの芸術活動を推進する運動「エイブル・アート(可能性の芸術)」が始まり、国際障害者交流センター ビッグ・アイとBunkamuraが連携する「BiG-i×Bunkamura アートプロジェクト」など、障害のある人たちによる作品を対象とした公募展や企画展も増えています。
【アリア】Aria/音楽/イタリア語
台詞のほとんどを歌で表現するオペラにおいて大きな聴きどころとなるのが、主要キャラクターに扮するソロ歌手が自らの心情を情感たっぷりに歌い上げるシーンです。このようにオペラなどにおいて1人で歌われる曲をイタリア語で「アリア」(「空気」「風」という意味も持つ)と呼びます。
アリアは登場人物の感情が高揚した時の気持ちが歌になったもので、メロディの美しさが特徴的。フレーズには華やかな装飾が施されることが多く、歌手にとっては自らの技巧を示す大きな見せ場でもあります。『トゥーランドット』の「誰も寝てはならぬ」や『蝶々夫人』の「ある晴れた日に」など、コンサートで単独で演奏されたりフィギュアスケートのプログラムに選ばれるなど、広く知られる人気曲が数多くあります。

【アングラ】あんぐら/演劇/和製英語
1960年代ごろの欧米では、権威主義や商業主義に抵抗する若者たちが既成の文化に対抗したカウンター・カルチャーを創造し、反体制的な音楽や前衛的な自主制作映画などが次々と生まれました。さらにアメリカ演劇界においても、反商業主義・反体制主義を掲げる地下運動が生まれました。それは“地下”の意味を持つアンダーグラウンドを省略して「アングラ」と呼ばれるようになり、既存の演劇のあり方に反した前衛的かつ実験的な表現を特徴とします。 日本でも1960年代から70年代にかけてアングラ演劇は盛り上がりを見せ、唐十郎の状況劇場、寺山修司の天井桟敷、そして自由劇場などが、小劇場や屋外の小規模な空間で公演を行いました。役者の肉体を武器とするアヴァンギャルドな芝居によって演劇のあり方を大きく変え、現在も演劇スタイルの1つとして受け継がれています。
【アンコール】Encore/音楽・演劇・映画/フランス語
コンサートやリサイタルで音楽家が楽曲の演奏を終えると、聴衆が感動の気持ちを拍手で伝えることがマナーとなっていて、すべてのプログラムを終えた音楽家が退場した後にも拍手は送られます。この拍手に応える形で再びステージに戻った音楽家が、お辞儀で何度も「ありがとう」の気持ちを伝え、お辞儀だけでは収まらないというタイミングで新たな曲を演奏します。
このように、聴衆からの喝采に応えてプログラムに無い曲を追加演奏することを「アンコール」(フランス語で「もっと」「もう一度」の意味)と呼びます。アンコールの演奏曲数はクラシックコンサートでは1曲が一般的で、会場の照明が明るくなったらアンコール終了の目安とされています。
また、原語の「もう一度」に通じるニュアンスを込めて、好評に応じて後日に公演を再演する「アンコール公演」や映画を再上映する「アンコール上映」などに用いられるケースもあります。
【アンサンブル】Ensemble/音楽・演劇・ミュージカル/フランス語
アンサンブルはフランス語で「一緒に」「共に」を意味する言葉。音楽用語としては2人以上の奏者が同時に演奏することを指し、少人数による合奏・重奏から大規模なオーケストラまで、楽器の種類を問わず幅広く適用されます。
ソロ演奏にはないアンサンブルの魅力として、同じパートあるいは別々のパートを奏でる複数の音が1つにまとまり、深みのある複雑な響きを生み出すことが挙げられます。そのためには、奏者が他の奏者の音に耳を傾けながら、自分の音を全体に合わせることが不可欠。つまり、アンサンブルにおいて奏者には音楽的なスキルだけでなく、他の奏者と調和する姿勢と協調性も求められるのです。
また、アンサンブルは“役名のない登場人物”を意味する演劇用語としても用いられ、ミュージカルでアンサンブルキャストが一糸乱れぬダンスと歌のハーモニーを集団で披露する場面は、プリンシパルキャスト(主役)によるソロパフォーマンスとは違った見ごたえがあります。
