深く知り、さらに楽しむウェブマガジン

アングラ演劇へ行こう!

これだけ世の中にさまざまなエンターテイメントが溢れ返っていると、触れたことのないジャンルも結構あるのではないでしょうか。特にライヴエンタメの場合、実際にその場で「体感」してみることが何よりの第一歩。演劇の中でも、ストレートプレイ、ミュージカル、伝統芸能、小劇場系などいろいろなタイプがありますが、今回はアングラ演劇の世界へお誘いします。

「アングラ演劇」ってなに?

皆さんは「アングラ演劇」をご存知でしょうか。
そもそも言葉自体を聞いたことがない方も多いかもしれませんが、これは「アンダーグラウンド演劇」のこと。1960年代から70年代にかけて日本に旋風を巻き起こした小劇場界のムーヴメントで、唐十郎(から・じゅうろう)、寺山修司といった、才気あふれる劇作家たちが牽引しました。移動式のテント劇場や、街なかでゲリラ的に公演を行うなど、既存の枠組みにとらわれない彼らの活動は、社会現象としてたびたび世間を賑わせたのです。
本人たちが名乗ったわけではありませんが、マスコミが名付けた「アングラ」という呼称が広く使われるようになり、今もなおその魅力を伝えるべく活動を続ける演劇団体が多く存在します。「アンダーグラウンド=地下」という響きから、「覗いちゃいけない秘密の場所」のような匂いを感じるかもしれません。でも、恐るるべからず。アングラ演劇の世界には「普通の芝居」とは手触りの違う、めくるめく宇宙が広がっているのです。

左)唐十郎
右)寺山修司(撮影:有田泰而 提供:テラヤマ・ワールド)

想像力を刺激するエモーショナルな世界

「普通の芝居とは違う」という点をもう少し噛み砕くと、リアルな設定と日常的なせりふで紡がれるリアリズムの演劇とはまったく違う、ということがまず言えます。
アングラの世界では、軽々と時空を超えることもしばしば。たとえば唐作品であれば、しょぼくれたアパートの四畳半がいきなり大海原になったり、はるか中国大陸まで飛んでいったり。せりふは詩的で謳うように陶酔的でもあり、実にエモーショナルです。ミュージカルばりに歌が入ることも多く、意味はよくわからないのになぜか涙が出てきたり、感情が激しく揺り動かされたりします。
ですので、論理的に話の流れを追おうと思っても、ちょっと難しいかもしれません。昨今では、映画でもドラマでも「タイパ」=時間効率重視で、倍速で視聴したり、先にネタバレでもあらすじを把握しておきたいという人も増えていますが、はっきり言ってアングラは「タイパ」とは真逆の世界です。予想もつかない展開が待っているので、どんな話かを要約するのも至難のわざ。それなのに、個性豊かな愛すべき登場人物たちがお互いを思い合ったり、理不尽な現実に抗おうとしてもがく姿はまさに真実味にあふれていて、その「まこと」に心打たれるのです。

感じたまま自由に身をまかせる

そんなわけで、「考えるな、感じろ」系の筆頭とも言えるアングラ演劇は、どんな楽しみ方をしても自由です。「正解」があるわけでもなく、作品の世界に身を任せ、自分が感じたままの受け止め方で構いません。一緒に観た人と感想や印象に残った箇所がまったく違う可能性もありますが、それでいいのです。
でも、もし何か心が揺り動かされたのであれば、その作品の戯曲を読んでみると、「ああ、こことここは繋がっていたんだな」「実はすごく大事なことを言っているのかもしれない」といった、さらなる奥深さが見えてきます。
アングラの世界に魅了された俳優も数多く、歌舞伎俳優の十八代目中村勘三郎は唐のテント芝居に衝撃を受け、仮設の芝居小屋で全国を回れる平成中村座を創始しました。その長男である中村勘九郎は昨年、唐戯曲を長年にわたり上演している新宿梁山泊の『おちょこの傘もつメリー・ポピンズ』でテント芝居に初出演し話題に。同作品は読売演劇大賞最優秀作品賞、紀伊國屋演劇賞団体賞にも輝き、アングラ演劇復権の象徴として、大いに注目を浴びました。

『おちょこの傘もつメリー・ポピンズ』2024年(製作・主催:一般社団法人新宿梁山泊)

新宿梁山泊を率いる金守珍は、演出家として唐戯曲をこよなく愛する一人です。Bunkamuraではこれまで『ビニールの城』『唐版 風の又三郎』『泥人魚』『少女都市からの呼び声』を演出し、深い戯曲解釈に基づくエンターテインメント性の高い舞台が多くの観客を魅了しています。『少女都市〜』に主演した安田章大も筋金入りの唐作品ファンであり、この夏には唐の初期戯曲二本立て『アリババ』『愛の乞食』で念願のテント芝居(新宿梁山泊の通称「紫テント」)に初出演予定。さらには同じ演目で世田谷パブリックシアターにも連続登場と、再びアングラ演劇旋風が巻き起こることは間違いありません。
この機会に、魅惑的なアングラ演劇の世界へ足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。

左から)『ビニールの城』2016年、『唐版 風の又三郎』2019年、『泥人魚』2021年

『少女都市からの呼び声』2023年

文:市川安紀


〈公演情報〉

Bunkamura Production2025
『アリババ』『愛の乞食』

2025年8月~9月
世田谷パブリックシアター
ほか、福岡、大阪、愛知公演あり

詳細はこちら