POINT見どころ
2009年の『東京月光魔曲』と2010年の『黴菌』で、昭和の東京をモチーフに作品を発表し、「昭和三部作」を目指したケラリーノ・サンドロヴィッチ。7年という時間を挟んで、いよいよ完結編となる3作目が誕生する。
第一弾『東京月光魔曲』は、経済的な発達が始まり、庶民の生活にもモダンと呼ばれる西洋趣味が入り込んで、独自の文化を生み出した昭和初期が舞台。カフェ、探偵事務所、富豪の屋敷、小さな民家など、次々と場所を変えて描かれたのは、猟奇的な殺人事件、姉と弟の禁断の愛、新興宗教などで、東京が華やかさをまとうほど濃くなる影の部分だった。
第二弾『黴菌』の舞台となったのは、恐慌と戦争で価値観の転換を迫られる昭和中期。没落に向かう富豪一族とその周囲の人々を描いて、ひとつの家から生まれるシニカルな喜劇、デリケートな悲劇を、時代全体に投影してみせた。 稀代のストーリーテラーにとって、自身が生まれ育った東京と、懐かしさと未知が混在する昭和は、つねに好奇心と創造性を刺激する対象だ。
そして「昭和三部作」の締めくくりにKERA が選んだのは、昭和の東京オリンピックを目前に控えた1963年頃。
約50年前の日本を、空前の高揚感で包んだ東京オリンピック。それは、わずかな年月で敗戦から復活を遂げたこの国が、輝かしい成果を世界に示す晴れの舞台だった。メインであるスポーツ競技とは別のところで、道路の拡張と舗装、区画整理、さまざまな施設やビルの建設、新幹線の走行など、真新しく、立派になっていく街の様子を、当時の人々の大半は誇らしい想いで眺め、興奮したはずだ。それを機に一攫千金を目論んだ人も、実際に豊かになった人も少なくない。さまざまな向上心、野心、情熱、欲望が、工事の音ともにこの街に渦巻いただろう。だが一方で、その時代、その場所に居合わせながら、なぜか時流に乗り遅れた人々もいた。この作品は、それでも捨て切れないオリンピックとの因縁に翻弄される人々の群像劇である。
2020年の東京オリンピックを前に、再び熱狂へのカウントダウンが始まろうとしている今、この作品は「あったかもしれないオリンピックの物語」を通して、昭和と東京、さらには、平成の東京オリンピックまでも照らし出すはずだ。
今年の読売演劇大賞最優秀作品賞と優秀演出家賞、芸術選奨文部科学大臣賞と大きな受賞が続いたが、KERA の巨大な想像力と緻密な演出力は守りに入ることなくますます奔放さを発揮して、観客を近くて遠い時代、ここにあってここにない場所まで連れていくことだろう。