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学芸員による展覧会紹介

ターナーの甘く優しい色彩が 貴女を虜にする

英国の近代美術の巨匠のひとりターナー(1775-1851)は、水彩画の世界でもその才能を遺憾なく発揮した。ターナーと言えば、穏やかな色彩によるもやに包まれたような風景画でよく知られている。水彩絵具には、まさにそのような世界を、しかも殆ど即興的に、つまり自らのインスピレーションの閃きが鮮やかなうちに描きとめられるという強みがあった。そのように描かれたターナーの作品を水墨画のようだと表現する人もいる。白黒印刷で期せずして出現したモノトーンのターナーも悪くないが、やはりこの巨匠の真骨頂はその柔らかな色彩のハーモニーにある。
 本展出品作の《ルツェルン湖の月明かり、彼方にリギ山を望む》は、まさにそんな傑作のひとつ。おぼろに輝く白い月、うっすらと金色を帯びた空、真珠のように光る湖の反射。アルプスの山々は白からライラック色を経て薄藍色に、そして金色と水色が混じり合う水面の色。言葉で表現するにはあまりにも複雑な色合い。派手な強い色を排除したターナーの優しく穏やかな色使いは、日本人には何かとても親しみやすい。この作品は晩年の1841年から44年にかけてスイスを訪れて描いた作品のひとつで、我々の思い描くところのターナーの世界が広がる傑作の誉れが高い。
 もっとも、初期のころはもう少し輪郭のはっきりした作品を手掛けていた。また地誌的な景観を記録する目的で描かれる場合も、明確な形が要求された。後者では、円熟期の作品となる『イングランドとウェールズのピクチャレスクな景観』と題した版画集があり、本展に出品されるその水彩の原画は、ターナーの作品のうち、最も完成度の高いものに数えられている。  英国水彩画史において、ターナーはまさにハイライトとなる画家である。本展にはウィットワース美術館所蔵の30点ものターナー作品が展示され、初期から晩年までを網羅する充実した内容となっている。約150点の作品からなる本展は、まさに英国の水彩画芸術を堪能できる最高の機会なのである。

(ザ・ミュージアム 学芸員 宮澤政男)