おうちでも!Bunkamuraドゥマゴパリ祭2020

ル・シネマ担当が案内する
映画『今宵、212号室で』の舞台 パリ・モンパルナス~その2

2020.07.17 UP

シャンソンの名曲にのせてパリのホテルで繰り広げられる、大人のための軽妙洒脱なラブ・ストーリー『今宵、212号室で』が現在、ル・シネマにて絶賛上映中です。劇中に登場するホテルやバー、映画館などを、2月に現地を訪れたル・シネマの担当者がご案内します。


©Les Films Pelleas/Bidibul Productions/Scope Pictures/France 2 Cinema

『今宵、212号室で』の主要登場人物、マリア、イレーヌ、二人のリシャールが集うバーは、ドランブル通り11番に実在するローズバッド(Rosebud/1962年創業)。 ただし劇中のバーはセットによるもの。扉を開けると、開業当時から変わらない内装や、バーテンダーの佇まいがノスタルジックな雰囲気。デュラスやベケット、ジャコメッティにオーソン・ウェルズ…錚々たる顔ぶれがグラスを傾けたカウンター。モンパルナス生まれのボーヴォワールも、終生の伴侶サルトルと頻繁に通っていたそうです。二人は1937年にはドランブル通りの別々のホテルに暮らしていたこともあり、この界隈は庭のようなものだったのでしょうね。

ちなみにローズバッドの斜向かい、ドランブル通り10番には、1925年4月、無名時代のヘミングウェイと『華麗なるギャツビー』を出版したばかりの寵児フィッツジェラルドが初めて出会ったバー、Dingo American Bar and Restaurant(1923年創業)がありました。現在はAuberge de Venise(1989年創業)というイタリアンレストランになりましたが、今なお両文豪のファンたちが聖地巡礼的に訪れているようです。

ローズバッド・バーの並び、ドランブル通り15番には『今宵、212号室で』の主要な舞台となるホテル・レノックス(Hôtel Lenox Montparnasse)があります。

2020年2月、ベルリン映画祭出張のトランジットでパリに1泊した折に、せっかくなので私も滞在してみました。空港バスが発着するモンパルナス駅からも徒歩5分程度、地下鉄のヴァヴァン駅とエドガー・キネ駅も徒歩数分となかなか便利な立地。建物自体は古いのですが、2019年にリノベーションしたばかりで客室内は水周り含めてとても綺麗で快適でした。室料も、パリのホテルの相場を考えるとお値打ちで、プライベート旅行でも滞在したいくらいです。

ベテランフロント係のセシールに、「実は日本で『今宵、212号室で(仏題:Chambre 212)』を公開する映画館で働いているんです」と伝えた処、「知ってると思うけど212号室は架空なのよ」と言われました。確かに、最上階が6階で全52室の比較的こじんまりしたホテルなので、212号室なんてナンバリングがされるはずはないのですよね…。映画のチラシにも書いてありますが、212号室というのはフランス民法212条の「夫婦は相互に尊重し合い、貞節であり、助け合い、扶助し合わなければならない」に由来しているのです。


©Les Films Pelleas/Bidibul Productions/Scope Pictures/France 2 Cinema

最近はどこの国のホテルもカードキーが主流ですが、此処は革の房飾りのついた鍵を都度フロントに預ける形式で、それもまた味。出入りの度に、フロントスタッフと必ずやりとりが生じますしね。私の向かいの客室のチャーミングな英国紳士は、2週間も滞在しているそうで、フロント係や掃除スタッフもファーストネームで呼び合い、すっかり仲良しでした。1Fのバーは、「Honesty Bar(正直バー)」という名前で、ワインセラーから自分でボトルを選んでグラスに注ぎ、自己申告で飲んだものをオーダー用紙に書いてフロント精算という信頼ベースの方式なのが面白かったです(勿論、グラスたっぷり注ぎました!)。


ホテル・レノックス公式Facebookより

ホテル・レノックスのかつての名称はGrand Hôtel des Écolesで、1921年にはダダイスムの創始者トリスタン・ツァラがこのホテルに住み、同時期に37号室には写真家のマン・レイも滞在。マン・レイは1921年にニューヨークからパリに移住し、ドランブル通り13番、現在Hôtel Villa Modiglianiの駐車場になっている場所に最初のスタジオを構えていたのです。初めてパリを訪れた作家のヘンリー・ミラーがオーストリアの作家アルフレッド・ペルレスと出会ったのも此処。やがてアパルトマンをシェアするほどの親交を深め、「私のパリ暮らし全体に彩りを与えてくれた友情の始まり」と表現し、後にこの体験を自伝的小説『クリシーの静かな日々』に昇華しました。また、1928~1930年の間、ヘンリー・ミラーは二人目の妻ジューンとともにこのホテルに長期滞在しています。どちらも1990年製作の映画、ユマ・サーマンがジューンを演じたフィリップ・カウフマン監督の『ヘンリー&ジューン/私が愛した男と女』(アナイス・ニンがパリ滞在中に書いた1931年から32年までの日記の映画化)や、クロード・シャブロル監督の『クリシーの静かな日々』をご覧になると、当時の退廃的な雰囲気が掴めるかと思います。

ホテル・レノックス
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その3へ続く

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『今宵、212号室で』いよいよ7/23(木・祝)までの上映!
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