おうちでも!Bunkamuraドゥマゴパリ祭2020

ル・シネマ担当が案内する
映画『今宵、212号室で』の舞台 パリ・モンパルナス~その1

2020.07.15 UP

シャンソンの名曲にのせてパリのホテルで繰り広げられる、大人のための軽妙洒脱なラブ・ストーリー『今宵、212号室で』が現在、ル・シネマにて絶賛上映中です。劇中に登場するホテルやバー、映画館などを、2月に現地を訪れたル・シネマの担当者がご案内します。


©Les Films Pelleas/Bidibul Productions/Scope Pictures/France 2 Cinema

現在ル・シネマで上映中の『今宵、212号室で』の舞台になっているのは、キアラ・マストロヤンニ演じる主人公マリアと夫リシャールが暮らすパリのアパルトマンと、その向かいにあるホテルの212号室。本作はベルギーにあるスタジオに組まれたセットで殆どのシーンが撮影されていますが、劇中に登場するホテルやバーは、1920年代「エコール・ド・パリ」の時代の中心地とし伝説的な芸術家たちが集い、クリストフ・オノレ監督も90年代に暮らしたモンパルナス(パリ左岸/14区)に実在し、映画ではそれらをほぼ忠実に再現しています。

1920年代、第一次大戦後の開放感と好景気に包まれた華やかなりしパリというと、ル・シネマのお客様なら真っ先に思い浮かべるのは、2012年日本公開の『ミッドナイト・イン・パリ』ではないでしょうか。小説家志望の主人公が「1920年代こそパリの黄金期」と言い、タイムスリップしてフィッツジェラルド夫妻やヘミングウェイ、ピカソやジョセフィン・ベイカーと交流してしまう、あの狂騒の時代です。

物凄く厳密にいうと『今宵、212号室で』の舞台はメトロ4号線ヴァヴァン(Vavin)駅と6号線エドガー・キネ(Edgar Quinet)駅を繋ぐ約200メートルのドランブル通り(Rue Delambre、地図の⇔ ※クリックで地図拡大)。この通りは、予備知識なく訪れると、なんの変哲もない裏通りなのですが、実はエコール・ド・パリ時代の逸話がぎゅっと詰まった通りです。

映画の中で、巨大化したマリアが、ル・ドーム(Le Dôme)という看板の建物側に佇む夫リシャールと対峙する空想シーンがありますが、二人の間を抜けるのがドランブル通り。通りの奥にそびえたつのはモンパルナスタワー。リシャールが居る側に夫婦の住むアパルトマンがあり、マリアが居る側に彼女が夫婦喧嘩のすえ一晩だけ家出をして逃げ込んだホテルがあります。

このル・ドームというのは1898年創業の老舗カフェレストランで、メトロ4号線ヴァヴァン駅至近、モンパルナス大通りとドランブル通りが合流する角にあります。モンパルナスで最も歴史あるこのカフェの常連は「ドミエ(Dômiers)」と呼ばれますが、著名人ドミエは綺羅星の如く数多く…列挙してもきりがないくらいですが、レーニンやトロツキーといった亡命ロシア政治家から、ボーヴォワールやサルトル、ベケットやヘンリー・ミラー、ピカソ、マン・レイ等々。

ヘミングウェイが1921年から1926年にかけてパリで過ごした日々の思い出を綴った回想録『移動祝祭日』の中に、「パスキンと、ドームで」という章があり、夕方にドランブル通りで一杯やろうか思案していたら、画家のパスキンに手招きされて彼のモデルたちと共にビールを飲むくだりがあります。この本を読むと当時のモンパルナスのボヘミアンな雰囲気がよくわかるのでおすすめです。

ル・ドームの通り向かいにあたるドランブル通り5番には日本生まれの画家・彫刻家レオナール・フジタこと藤田嗣治が1917年から1926年までアトリエを構え、モディリアーニやレジェ、パスキンらアーティスト仲間と交流していました。ご近所のフジタも当然ながら常連で、彼のポートレイト写真もル・ドーム店内に飾られています。

少し時代が下って1930年から10年パリに暮らした岡本太郎もドミエで、いつものように美術評論家のパトリック・ワルドベルグとお喋りしていると、マックス・エルンストがふらりとあらわれ、アンドレ・ブルトンやジョルジュ・バタイユが演説する集会に連れていってくれた、と記しています。

パリ6区のサン=ジェルマン=デ=プレ地区にあるカフェ ドゥ マゴもそうですけれど、パリのカフェって、お茶を飲んだり食事をするだけではなく、先鋭的な文化人たちが議論を交わしたり、人脈が繋がっていく、まさに交流の場なんですね。

この界隈はシーフードレストランが多いのですがル・ドームも1989年にフランク・グローをシェフとして採用した後、魚介料理専門レストランとして名を馳せます。2018年には日本人シェフの三浦賢彦さんがグローの後を引き継ぎシェフに就任し、現在に至ります。日替りメニューも魅力的ですが、不動の人気はブイヤベースと舌平目のムニエル、ナポレオンのミルフィーユだとか。

レストランとして利用する場合は比較的高級店なので少し小綺麗な服装で行くと良いかと。アールデコ&アールヌーヴォーの内装や雰囲気をちょっと楽しみたい場合は、朝食やカフェ利用が気軽です(トイレを借りれば奥のレストラン部の内装もチラ見できます!)。

ル・ドームはモンパルナス大通りとドランブル通りの2つのストリートに面していますが、ドランブル通り側の隣には魚屋を併設、向かいには黄色いファサードが可愛らしい姉妹店のビストロがあるので、レストランよりもお手軽に魚介を楽しめます。

余談ですが、このル・ドームがある建物の上階には、『髪結いの亭主』(1991年公開)や『橋の上の娘』(1999年公開)などル・シネマとも縁が深いパトリス・ルコント監督がオフィスを構えていました(もしかすると今も構えているかもしれません)。

ルコント監督はかつてLE FIGAROのインタビューでモンパルナス大通りを挟んでル・ドームの向かいにあるラ・ロトンド(La Rotonde/1903年創業)で食事をするのが定番で、ラ・ロトンドと1軒挟んで隣にあるル・セレクト(Le Select/1923年創業)の珈琲が世界一美味しいと答えていました。ル・ドームの並びにあるラ・クーポール(La Coupole/1927年創業)を加えた老舗4店が、モンパルナス4大カフェと呼ばれています。

ラ・ロトンドはジェラール・フィリップが画家モディリアーニを演じた映画『モンパルナスの灯』(1958)にも登場しますが、モディリアーニは金欠の時には飲食代をデッサンで支払っていました。芸術に理解ある店主を慕い、シャガールなど画家たちに愛され、藤田嗣治が三番目の妻に出会ったのも此処です。ル・セレクトはヘミングウェイの小説『日はまた昇る』の主人公の行きつけですが、ヘミングウェイ自身も常連でした。映画『勝手にしやがれ』(1960)にも登場します。ラ・クーポールは、1935年、無名だった写真家ロバート・キャパが、公私にわたるパートナーとなるゲルダ・タローと出会った場所。モンパルナスを訪れたら、伝説のカフェを巡るのも素敵ですね。

ヴァヴァン交差点は現在はパブロ・ピカソ広場と改名されていますが、この広場に1939年から設置されているのが、ロダン作のバルザック立像。2017年公開の『ロダン カミーユと永遠のアトリエ』は、ロダンがまさにバルザック像の製作に没頭していた時期に焦点を当てていましたが、天才彫刻家が具象から抽象へと転換したこの重要な作品は1891年の石膏版の発表時は酷評され、ロダンの死後22年を経て漸くブロンズ像となり傑作の評価を得ました。

その2に続く

----------

『今宵、212号室で』いよいよ7/23(木・祝)までの上映!
作品詳細&上映スケジュールはこちら