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マルコス浄瑠璃『金閣寺』 ―大坂の庶民に愛された伝統芸能「人形浄瑠璃 文楽」
『マンガデザインで文化ツーリズム』は、マンガデザインを起点に日本各地の“文化”の魅力を学生たちの眼差しから紹介するとともに、地域に根差した歴史や祭、伝統工芸や食文化など、多様な文化を実際に体感できるような情報やストーリーを発信する新たな取り組みです。
今回は、Bunkamuraが手がける新作舞台「マルコス浄瑠璃『金閣寺』」に登場する、大阪が誇る日本の伝統芸能「人形浄瑠璃 文楽」に焦点を当て、その歴史を紐解いていきます。
町人によって育まれた
「大坂」の上方文化・人形浄瑠璃
「上方文化」と聞いて、皆さんは何を思い浮かべますか?
茶道、華道、漫才、落語。京料理や“粉もん”などの食文化を思い浮かべた方もいるかもしれませんし、琳派や工芸品など華やかな芸術作品の印象がある方も多いのではないかと思います。
「上方文化」とは、江戸時代に京都や大阪を中心とした地域で、商人や町人たちによって育まれた文化のこと。長く続いた戦国の世が終わり、人々が安定した生活を送れるようになった17世紀末、経済的な余裕が生まれた裕福な町人たちはこぞって娯楽を求めるようになりました。特に元禄年間に急速に発展したため「元禄文化」とも呼ばれ、芝居を観たり、本を読んだり、流行の着物を着たりと、必需品ではないモノやコトの消費に時間とお金を費やして日々楽しむことが庶民の間にも広がっていきました。

西川祐信 画『雛形都風俗』[1] 1716(正徳6)年 国立国会図書館デジタルコレクション
「雛形」は当時の流行ファッションをまとめた小袖(着物)のデザイン見本帳、いわばファッション誌のようなものです。この絵を描いた西川祐信は、上方浮世絵の前半期を代表する浮世絵師。1冊の中にたくさんのデザインが掲載されており、当時の人々もわくわくしながらページをめくったのではないでしょうか。
特に大坂(大阪)は「天下の台所」と呼ばれるほど商業が発達し、伝統と格式のある公家文化の流れを色濃く汲む京(京都)とはまた異なる「町人のための文化」が花開きました。
そんな大坂の上方文化のひとつが、今回フィーチャーする「人形浄瑠璃」です。
「語り」「音楽」「人形」
3つの技が織りなす悲喜交々の人間ドラマ
「人形浄瑠璃」が成立したのは、江戸時代の初め頃。平安時代ごろから放浪芸として広まっていた人形に曲芸や芝居をさせる「人形操り」と、物語に節をつけ三味線の演奏とともに聴かせる「浄瑠璃」が結びついて、「人形浄瑠璃」の原型が生まれました。
現在の「人形浄瑠璃」も、物語のナレーションやセリフを担う「太夫」、情景の説明や登場人物の心境を演奏で表現する「三味線」、人間のような動きや繊細な感情を人形で表現する「人形遣い」の『三業一体』で上演されています。
浄瑠璃による人形芝居は京や大坂で流行し、江戸をはじめ日本各地にも派生して人気を集めました。その人気に拍車をかけたのが、浄瑠璃の語り手・竹本義太夫と人形浄瑠璃の作者・近松門左衛門の2人。竹本義太夫は、旅回りで修業を重ねたのち大坂・道頓堀で「竹本座」を旗揚げ。その一座の初めての新作を近松門左衛門が書いたのが2人のタッグの始まりでした。
近松は、生涯で100作以上の浄瑠璃を執筆し、歴史上の事件や人物を題材にした「時代物」や、町人を主人公に市井の出来事を取り上げた「世話物」など、数々のヒット作を生み出しました。その作品に広い声域と豊かな声量で命を吹き込み、様々な新しい試みで人々を夢中にさせた義太夫の語りは、「浄瑠璃と言えば義太夫節」と言われるほどの人気に。
特に『曾根崎心中』や『冥途の飛脚』をはじめとする「心中物」は、数か月前に実際に起きた町人の心中事件を題材に、「再現ドラマ」の側面も持たせつつ、登場人物の恋や欲、金などのリアルな悲喜交々を情感豊かに描き出し、大坂の人々の心を鷲づかみにしたのです。
その後も人形浄瑠璃から『菅原伝授手習鑑』『義経千本桜』『仮名手本忠臣蔵』などの名作が次々に生まれ、歌舞伎に移して上演されることもしばしばありました。
しかし18世紀後半になると、「静」の人形浄瑠璃に代わって「動」の歌舞伎の人気が上昇したこともあり、徐々に客足は遠のいてしまいます。ついに竹本座と、人気を分けた豊竹座がともに道頓堀から撤退。人形浄瑠璃の興行は細々と続けられるのみとなってしまいました。

松好齋半兵衛 戯作『戯場樂屋圖會 2巻拾遺2巻』[2] 1800(寛政12)年 国立国会図書館デジタルコレクション
1800年(寛政12年)に出版された絵入りの劇界百科全書『戯場樂屋圖會 2巻拾遺2巻』《道頓堀蛭子橋より東を見る図》。大勢が行き交う通りには劇場があり、太夫や人形遣いの名前が入った幟が立ち並んでいます。ただ、この本が出版された頃の興行の主流は人形浄瑠璃ではなく歌舞伎。絵を説明する文章にも昔を懐かしむような言葉が並んでいます。
「人形浄瑠璃」が「文楽」と呼ばれ
庶民の娯楽が日本の伝統文化になるまで
一方で、教養や趣味として自ら浄瑠璃を楽しむ人が増えていきました。それも気軽なものではなく、自分の家の座敷や蔵などで「発表会」を催したりするかなり本格的な趣味。落語にも「主人の下手な義太夫節を聴かされて辟易する奉公人」といった題材の噺がいくつもあるほどで、ハマる人が続出していたことは想像に難くありません。
そんな“本気の趣味”の浄瑠璃が人気となる中、兵庫・淡路島の素人太夫だった正井与兵衛が大坂で浄瑠璃の稽古場を開きました。正井は「文楽軒」と名乗り、のちに人形浄瑠璃の代名詞となる「文楽」の名前のもとになった人。1811年(文化8年)には、義理の甥・二代目文楽軒が人形浄瑠璃の興行を始め、「文楽の芝居」と呼ばれて人気を集めました。
明治時代に入ると、文楽座に対抗して彦六座という新たな人形浄瑠璃一座ができました。一時は二座の人気が拮抗し再び黄金時代が到来しますが、彦六座はわずか10年ほどで閉場。彦六座の系統はその後もしばらく続きますが、以降は文楽座が人気を独占。やがて「文楽座」の名前は、人形浄瑠璃そのものを指す言葉になっていきました。
その後、文楽座は2度にわたる経営権の移譲や、第二次世界大戦の空襲による劇場の焼失を乗り越えて興行を続け、ついに人形浄瑠璃は1955年(昭和30年)に「人形浄瑠璃文楽」として国の重要無形文化財に指定。2003年(平成15年)にはユネスコの無形文化遺産にも登録されました。
こうして、大坂の人々の娯楽として生まれた「人形浄瑠璃 文楽」は、誕生から約400年の時を経て、日本の伝統文化として現代に受け継がれているのです。

大阪・日本橋にある国立文楽劇場は1984年(昭和59年)開場。文楽にゆかりのある道頓堀や生玉神社も近く、大阪の文化をリアルに感じられるエリアにあります。建物を設計したのは黒川紀章さん。竹矢来や唐破風といった伝統的な江戸時代の文楽劇場のデザインを取り入れたモダンな建築です。
(左:国立文楽劇場の外観、右:国立文楽劇場の舞台と客席。画像提供:国立文楽劇場)
人と人形、日本と世界
新しい「人形浄瑠璃」の世界をひらく、世界初演の最新作
そんな大阪が誇る日本の伝統芸能「文楽」と「上方歌舞伎」、そして「ダンス」が、三島由紀夫『金閣寺』を原作に融合する新作舞台「マルコス浄瑠璃『金閣寺』」が8~9月東京・池袋で上演されます。
上方の人々を熱狂させた2つの伝統芸能は、常に新しいものを取り入れながら現代まで受け継がれてきました。その長い時間は、時に人形浄瑠璃の演目を歌舞伎役者が演じたり、歌舞伎の演目を人形浄瑠璃で上演したりと、互いに交わり高め合いながら紡いできた歴史でもあります。
現代ならではのコラボレーションで、人と人形が生み出す新しい「人形浄瑠璃」の世界をひらくこの公演。その瞬間を劇場で目撃してみませんか。
世界が熱狂する演出家 マルコス・モラウ、待望の新作。
文楽人形、歌舞伎俳優、そして世界最高峰のダンサーたち
Bunkamura Produce 2026 マルコス浄瑠璃『金閣寺』

パリ・オペラ座、サドラーズ・ウェルズ、アヴィニョン演劇祭など欧州の主要劇場で作品を発表してきた、いま最も革新的な演出家マルコス・モラウ。世界初演の最新作が、日本で誕生する。
本作が挑むのは、踊り手と人形が共演する奇想な「人形浄瑠璃」。
人形が生き、人間が操られる。命の境界が揺らぐ瞬間を、舞台上に可視化する。
原作は三島由紀夫『金閣寺』。
“美と滅び”を体現するのは、現代を代表する文楽人形遣い・吉田玉助らが遣う文楽人形。そこに対峙するのが、上方歌舞伎の女方・中村壱太郎。日本舞踊吾妻流七代目家元・吾妻徳陽としても活躍する踊りの名手が、「人形振り」を軸に、肉体そのもので〈人形〉を立ち上げる。壱太郎に子方として寄り添うのは、名門・尾上家の血を引く13歳の歌舞伎俳優・尾上眞秀。さらに、STARTO ENTERTAINMENTジュニア随一の身体能力を持つ末永光が出演。振付の理解力と表現力を評価され、本作の要として抜擢された。
加えて、1,200名を超えるグローバルオーディションから選ばれた欧州精鋭ダンサー7名が“黒子”として舞台の中枢を担う。そこへ竹本連中の浄瑠璃と、スペインの歌姫マリア・アルナルの歌声が重なり、物語を前へ押し出す。
それぞれの技が響き合いながら、舞台は一つの像を結ぶ。
人と人形、伝統と現代が向き合う、新たな〈人形浄瑠璃〉の誕生である。
【公演概要】
公演日程:2026/8/29(土)~9/6(日) <全10回>
会場:東京芸術劇場 プレイハウス(東京都豊島区西池袋1-8-1)
お問合せ:Bunkamura 03-3477-3244<10:00~18:00>
\『文楽』をもっと知りたい/
●Webで学ぶ!文楽の基礎知識
ユネスコ無形文化遺産 文楽への誘い―文楽鑑賞の手引き― ※外部サイトに遷移します
文楽の歴史や舞台の仕組み、文楽人形についてなど、わかりやすいイラストや写真で学ぶことができます。三業(太夫、三味線弾き、人形遣い)や有名な演目についての紹介は、動画も公開。初めて文楽に触れる方におすすめのWebサイトです。
文化デジタルライブラリー ※外部サイトに遷移します
文楽をはじめとする日本の伝統芸能の魅力を紹介する舞台芸術教材のほか、国立劇場・国立演芸場・国立能楽堂・国立文楽劇場の主催公演の公演記録情報や錦絵・ブロマイド等の収蔵資料のデジタルアーカイブを閲覧できるWebサイトです。サクッと読める作品解説、じっくり読んで学べる歴史や関連エピソードなど、ボリュームたっぷりの内容です。
☆本文中でご紹介した松好齋半兵衛 戯作『戯場樂屋圖會』は、文化デジタルライブラリーでも見ることができます!
文化デジタルライブラリー > 収蔵資料 > 電子図書 ※外部サイトに遷移します
●劇場で観る!文楽公演
Bunkamura Produce 2026「マルコス浄瑠璃『金閣寺』」を観る前や観た後に「文楽を観てみたい!」と思ったら、ぜひ劇場へ。大阪・国立文楽劇場や東京都内の劇場で文楽を観ることができます。
\大阪で観る!/
国立文楽劇場 ※外部サイトに遷移します

大阪府大阪市中央区日本橋1-12-10(OsakaMetro・近鉄「日本橋」駅 7番出口より徒歩1分)
\東京で観る!/
国立劇場 令和8年9月文楽鑑賞教室

演目:二人三番叟
解説 文楽の魅力
仮名手本忠臣蔵(山崎街道出合いの段・二つ玉の段・身売りの段・早野勘平腹切の段)
公演日程:2026/9/10(木)~2026/9/20(日) ※9/14(月)は休演
開演時間:11:00開演【Aプロ】/14:30開演【Bプロ】
会 場:江東区文化センター ホール
東京都江東区東陽4-11-3(東京メトロ東西線「東陽町」駅 1番出口より徒歩5分)
公演詳細ページはこちら ※外部サイトに遷移します
\「上方文化」の今を知る!/
漫才、落語、工芸品・・・今に続く“大坂”「大阪府」の文化を学生が描いたマンガデザイン作品でチェック!
上方の“雅”が詰まった伝統と格式の「京都府」の魅力も学生が描いたマンガデザイン作品で!
取材協力:独立行政法人日本芸術文化振興会
参考:
ユネスコ無形文化遺産 文楽への誘い―文楽鑑賞の手引き―
https://www2.ntj.jac.go.jp/unesco/bunraku/jp/index.html
文化デジタルライブラリー
https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/
大阪公立大学現代システム科学域 編ほか. 大学的大阪ガイド : こだわりの歩き方, 昭和堂, 2022.4
竹本織太夫 監修. 14歳からの文楽のすゝめ, 実業之日本社, 2022.4
日本経済新聞社 編. もっと知りたい上方文化 : 過去と現在を訪ねる, 日本経済新聞出版社, 2008.1
【出典】
- 県庁所在地:国土交通省ウェブサイト
https://www.mlit.go.jp/river/toukei_chousa/kasen/jiten/toukei/birn38p.html - 人口:総務省統計局ホームページ
https://www.stat.go.jp/data/jinsui/2023np/index.html - 面積:国土地理院ウェブサイト
https://www.gsi.go.jp/KOKUJYOHO/MENCHO-title.htm

