spread from Bunkamura
『踊る。遠野物語』──現代人をも戦慄させる『遠野物語』
『マンガデザインで文化ツーリズム』では、土地の文化を旅するように感じる時間を届けています。前回は、岩⼿県の⼭あいにある民話のふるさと・遠野に今も息づく人々の営みに触れました。
*前回の記事はこちら > spread from Bunkamura『踊る。遠野物語』──『遠野物語』のいまを訪ねて
ようこそ、『遠野物語』の沼へ
柳田國男が序文で記した「願はくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ」という言葉に象徴されるように、『遠野物語』は百年を経た今も、笑える話から背筋がぞくりとするような話まで、私たち現代人の心を静かに震わせます。
「『遠野物語』って、知れば知るほど奥が深いんです」と笑うのは、地元・遠野市観光協会の阿部和美さん。生まれ育った土地でありながら、『遠野物語』に触れてからというもの、いまも発見が尽きないといいます。
「最初は富川岳さん(前回の記事に登場)を含む色々な人達が外からの視点で『遠野物語』を面白がっている様子に影響を受けて、“ああ、遠野ってこんなに奥深い場所だったのか”と気づいて。そこから遠野で暮らすのが楽しくなって……。『遠野物語』は119話、さらに拾遺は299話もあるので、全部の場所を巡ろうと思うとまだまだ時間がかかりそうです。まさに沼ですね。」
カッパを探して、物語へ迷い込む
川には川童かっぱ多く住めり。猿ヶ石川ことに多し。― 『遠野物語』第55話

常堅寺の裏手を流れる小川のカッパ淵。カッパがどこかに潜んでいるかもしれない。〈カッパ捕獲許可証〉を持っているとキュウリの付いたつり竿でカッパ釣りに挑戦できる。
遠野を訪れる人の多くが、まず「カッパはどこにいますか?」と尋ねてくるのだそうです。観光協会では〈カッパ捕獲許可証〉を発行しており、毎年更新に訪れる常連も少なくありません。中には20年連続で通う人もいるのだとか。

人を驚かせて悪戯をするという愛嬌のある一面を持つことで知られるカッパですが、『遠野物語』では単なる“かわいい妖怪”という訳でもありません。第55話では、松崎の川端に住む女がカッパの子を孕み、生まれた子を切り刻んで土に埋めたという、息を呑むような話も記されています。貧しさ、あるいは望まれずに生まれた子を世間の目に触れないようカッパの子として葬る―「そうでもしなければ生きていけなかった」閉鎖的な社会や人の弱さと祈りが垣間見えるのです。そんな“生々しさ”も『遠野物語』のリアルな側面。最初は観光気分で訪れた人も、遠野の風景に触れるうちに、いつの間にか現実と異界とが混ざり合う物語の中を歩いていることに気づきます。

カッパ淵の岸辺には、2体のカッパ像と乳神を祀る祠がある。子をもつ母親のお乳が出るように祈願すると良いとされ、像の近くの祠には赤い布で作られた乳房を模した袋があり、その中にお米などを入れたものが奉納されている。
\さらに深掘り!/
【遠野市観光情報サイト 遠野時間】
遠野市のカッパ伝説を巡る旅:カッパ淵と周辺の魅力スポット徹底ガイド
▶https://tonojikan.jp/feature/kappa-legend/ ※外部サイトに遷移します
家に宿る、ちいさな神
しばらくの間坐りて居ればやがてまた頻に鼻を鳴らす音あり。さては座敷ワラシなりけりと思えり。この家にも座敷ワラシ住めりということ、久しき以前よりの沙汰なりき。この神の宿りたもう家は富貴自在なりということなり。 ―『遠野物語』第17話
家に福をもたらす守り神として知られるザシキワラシ。姿を見れば家運が上向き、去れば衰えるともいわれます。精霊的な存在として親しまれる一方で、夜中に足音がしたり、子どもの笑い声が聞こえたりと、どこか怪談めいた一面も持ち合わせています。『遠野物語』に登場する土淵の山口孫左衛門の旧家では、かつては繁栄していたものの、ザシキワラシが家を去ったことで一家が茸の毒に当たって急に没落したと伝えられています。

遠野駅前のザシキワラシ像。なんと信号機の支柱の上(赤丸)に。
カッパと同様、ザシキワラシも社会の中で居場所を持てなかった命の象徴だと考える人もいます。医療や福祉が未発達だった時代に、裕福な家ほど血筋を重んじ、限られた縁の中で婚姻を重ねた結果、病や障がいをもった子どもが生まれてくることもありました。それが理由で差別を受けることもあった村社会で、そうした子どもを奥座敷でひっそりと育てた記憶が、やがてザシキワラシの伝承へと変化したのではないかともいわれています。
直接語ることのできない痛みを妖怪という存在に託して物語ることで、人々は現実と折り合いをつけようとしていたのかもしれません。

ザシキワラシの存在を感じられるとして有名な早池峯神社。拝殿にある広間や境内の切り株の上にはおもちゃやお供えが置いてあった。
\さらに深掘り!/
【遠野市観光情報サイト 遠野時間】
神の使いか、不吉の兆しか?本当の「ザシキワラシ」の姿に迫る!
▶https://tonojikan.jp/feature/what-is-zashiki-warashi/ ※外部サイトに遷移します
山の神との出会い境界に棲む
…誰ならんと思い林の樹木越しにその人の顔のところを目がけて歩み寄りしに、道の角にてはたと行き逢いぬ。先方は思い掛けざりしにや大いに驚きて此方を見たる顔は非常に赤く、眼は耀きてかついかにも驚きたる顔なり。― 『遠野物語』第89話
山に囲まれた盆地である遠野に暮らす人々にとって、山の神(山人)は最も身近で、それでいて畏れ多い存在。山に時折響く大きな音を、地に眠る霊が岩戸を閉じる音や、天狗が木の皮を削ぐ音などに見立て、その得体の知れなさに解釈を与えることで、暮らしの中に受け入れてきました。今でも山に入る前に必ず手を合わせる習わしが残っているそうです。遠野を歩くと「山神」と刻まれた石塔にも何度も出会います。

石塔は、山の神に遭遇した場所や祟を受けた場所に建立され、神域との境を表す役割もあるのだそう。
第89話では、人と山の神が偶然にも出会ってしまう場面が描かれています。人が驚いた話かと思いきや、山の神の方も「目を輝かせ、いかにも驚きたる顔」でこちらを見ていた―という、何とも人間味の溢れる描写も。

遠野市立博物館所蔵の山神像(左)と山神のお札(右)。山の神は森の恵みに田畑を潤す水を司る神であるのと同時に、お産の神としての一面もある。山仕事に携わる人々は、山の神を畏れ敬い、伝承や禁忌を守ることで無事に仕事ができると信じてきた。
山の神と同じく山に棲む天狗も、かつて山に住んでいた先住民や修験者、あるいは外国から来た異郷の人を象ったものではないか、という説もあります。自分とは異質な存在を妖怪や神の姿に見立てたり、親しみも込めながらも自然を敬い畏れる。そうした感性が、遠野の信仰へと結びついているようです。
\現地で体験!/
【遠野市観光情報サイト 遠野時間】
遠野市立博物館
https://tonojikan.jp/tourism/tono-municipal-museum/ ※外部サイトに遷移します
見えないものを感じる旅へ
「カッパ淵のきれいな水を見ながら深呼吸してみたり、伝承園(*)の曲がり屋の奥の暗がりを“何かいるかも”と覗いてみたり。五感で感じることで、物語が自分の中で蠢き出すんですよ」と阿部さん。
信じる・信じないを越えて、ただその気配を感じながら想像してみること。その瞬間、一人ひとりの中にも新たな『遠野物語』が育まれていきます。
12月に池袋で上演される『踊る。遠野物語』も、新たに紡がれる語りのひとつです。遠野に今も息づく物語が、現代の身体を通して立ちのぼる。都市にいながら、見えないものたちの気配があなたに触れてくるかもしれません。
*伝承園:遠野地方の農家のかつての生活様式を体験できる施設。馬と共に暮らした生活がわかる国の重要文化財の曲り家「旧菊池家住宅」、千体のオシラサマを祀る「御蚕神(オシラ)堂」の他、『遠野物語』の話者・佐々木喜善に関する資料を展示している。
\現地で体験!/
【遠野市観光情報サイト 遠野時間】
伝承園
https://tonojikan.jp/tourism/denshoen/ ※外部サイトに遷移します
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\東京で鑑賞!『踊る。遠野物語』/
Kバレエ×森山開次×麿 赤兒×尾上眞秀が踊る、
もう一つの「遠野物語」
「この世とあの世のあいだで、もう一度、君にあえたなら。」
BunkamuraとKバレエ トウキョウによるダンスの深層を探るプロジェクト Kバレエ・オプト最新作は、鬼才演出家・森山開次と挑む日本幻想文学の金字塔「遠野物語」。
特攻隊員とその許嫁の切ないラブストーリーを軸に、現実と幻想、あの世とこの世が交差するもう一つの遠野物語が、新たに生まれる。Kバレエの豪華トップダンサー達を中心に、森山自らも舞台に立ち、舞踏界の生ける伝説・麿 赤兒(82 歳)と大駱駝艦の精鋭たちが、「遠野」の山の異形として幻想世界に命を吹き込む。さらに名門・尾上家の寺島しのぶとフランス人アートディレクターの父の血を引く13歳の逸材尾上眞秀が、この世とあの世のあいだに佇む神秘的な少年を演じ、物語の運命を左右する。
バレエ・舞踏・歌舞伎の身体が交錯する奇跡の競演は、二度と見ることのできない伝説的瞬間となる!
【公演概要】
公演日程:
2025/12/26(金) 15:00開演
2025/12/27(土) 12:30開演/17:00開演
2025/12/28(日) 12:30開演/17:00開演
会場:
東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)
東京都豊島区東池袋1-19-1
お問合せ:Bunkamura 03-3477-3244<10:00~18:00>
文:元行まみ
協力:阿部和美さん(遠野市観光協会)
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\ もっと知りたい! 遠野の魅力 /
◆遠野時間|遠野市観光情報サイト
物語の舞台となった地をはじめ、文化や芸能、食など、四季折々の遠野の魅力を紹介しています。体験を通して物語に触れられるモデルコースの紹介や、風土と伝承をより深ることのできる読みものも充実。語り部の会、農泊、郷土芸能体験など、実際に参加できるプログラムの情報も掲載されています。
https://tonojikan.jp/ ※外部サイトに遷移します
\ あわせてお楽しみください /
大阪芸術大学の学生が描く『遠野物語』の舞台「岩手県」の魅力はこちら!
【出典】
- 県庁所在地:国土交通省ウェブサイト
https://www.mlit.go.jp/river/toukei_chousa/kasen/jiten/toukei/birn38p.html - 人口:総務省統計局ホームページ
https://www.stat.go.jp/data/jinsui/2023np/index.html - 面積:国土地理院ウェブサイト
https://www.gsi.go.jp/KOKUJYOHO/MENCHO-title.htm
