マンガデザインで文化ツーリズム

spread from Bunkamura
『踊る。遠野物語』──『遠野物語』のいまを訪ねて

『マンガデザインで文化ツーリズム』は、マンガデザインを起点に日本各地の“文化”の魅力を学生たちの眼差しから紹介するとともに、地域に根差した歴史や祭、伝統工芸や食文化など、多様な文化を実際に体感できるような情報やストーリーを発信する新たな取り組みです。

今回は文化ツーリズムの新たな試みとして、Bunkamuraが手がける新作舞台『踊る。遠野物語』を起点に、作品の背景に広がる地域の文化や風土に焦点を当てていきます。

 

異界はすぐそばにある
物語とともに生きるまち、遠野を訪ねて

今回フィーチャーするのは、民話のふるさと・岩手県遠野。
柳田國男が遠野出身の佐々木喜善への聞き取りをもとに自らの感性で綴った『遠野物語』には、人と異界が共に暮らす119話の不思議な話が描かれています。しかしその物語は過去として存在しているわけではありません。いまもこの地では語り、踊り、そして生きる人々がいます。

人々の暮らしに宿る信仰や風土、死生観──。今回は、そんな”物語と生きるまち”、遠野を訪ねます。

 

日本の民話はここから生まれた ー 柳田國男と『遠野物語』

川で馬を引きずり込もうとして人に捕らえられた、悪戯好きな河童。
山の神に出会った村人が、帰らぬ人となった峠。
娘と馬との悲恋が、後に養蚕を司る神として祀られるようになった、オシラサマの話。

遠野を散策していると、ふとした風景の中に、異界が顔を覗かせる瞬間があります。
「『遠野物語』の魅力は、舞台となっている場所に今もなお訪ねられることです。ザシキワラシがいた家の跡や、山の神と出会ったという峠など、少し車を走らせれば物語の“気配”が漂う場所に行ける。現世と異界が完全に分かれていないのが、それが遠野の面白さですね。」

そう語るのは、遠野物語の序文と最終話にも登場する郷土芸能・シシ踊り(鹿踊・獅子踊)の踊り手であり、遠野で暮らしながら土地の文化や歴史を研究・発信する富川岳さん。

日本の民俗学の原点と位置付けられている『遠野物語』が刊行されたのは、1910年(明治43年)。急速に近代化が進むなか、柳田國男はこの地に宿る信仰や自然への畏れに触れ、自身が戦慄させられたのと同時に、時代の過渡期に失われつつある「もう一つの日本の姿」を遠野の人々の暮らしに見出していたのではないかともいわれています。

『遠野物語』は、原典はもちろんのこと、さまざまな解釈や文化人による創作の題材として多くの人に読み継がれている。

 

富川さんが遠野に移住したのは10年前。地域史研究家・大橋進さんと出会い、共に野に出ることで馴染みのなかった『遠野物語』の世界に魅了されたといいます。物語に登場する村人の子孫がご近所に住んでいたり、市役所で働いているという話も珍しくないのだとか。物語の舞台と人々の暮らしが今も地続きであること、そして“見えないものと共にある”という感覚に、遠野という土地の根底に流れる時間の深さを感じます。

 

生き抜くための装置としての芸能

遠野では人口の半数近くが郷土芸能に関わっているといわれています。60を超える団体が神楽やシシ踊りなどの活動を続け、祭りや踊りが、人々の暮らしのすぐそばにあります。「シシ踊りは、観客を楽しませるものでもありながら、同時に自分たちのために踊ることにも本質があるんです」と富川さん。

市内の郷土芸能団体が一堂に会し、伝統の舞や神楽を披露する〈日本のふるさと遠野まつり〉

山々に囲まれ、冬は厳しい寒さに閉ざされる遠野では、稲作も容易ではありません。           

「生き抜くことは決して簡単ではありません。だからこそ、先祖や土地の神様に対して、日々の平安や五穀豊穣を祈らざるを得ない。そして、短い夏の間に自らが神や獣となって踊ることで、日ごろ耐えている生命を解き放つ。芸能は、生き抜くために育まれてきた装置でもあったのではないでしょうか。」

遠野の河童は他の地域と違って赤い色をしているのだそう。貧しい生活の中で育てられなくなった赤子を、やむを得ず川に流した説に由来する。現代の妖怪の愉快なイメージの裏には、厳しい現実や痛みを民話として語り継いできた人々の想いが横たわっている。

 

『遠野物語』にも描かれる“生きることの苦しさ”や“死と隣り合わせ”という感覚は、この地に息づく芸能とも深く響き合っています。

 

語り、踊り、つなぐ ー いまに続く『遠野物語』

実際にシシ踊りを目の前にすると、太鼓の響きと踊り手の息づかいが一体となって、空間も観る人の心も揺らいでいくのが伝わってきます。シシたちが躍動する姿に、思わず涙を流す人も少なくありません。

踊り手である富川さん自身も「太鼓の音に身体が共鳴して、自分の内にある“野生”や“魂”が目覚めるような感じがします。次第に自分という個が溶けていくというか、この土地や神様、先祖など、もっと大きな存在と接続していくような感覚になることがあります。」と語ります。その“境界がほどけていく”感覚こそ、人と異界とが交わる『遠野物語』と通じ合う部分なのかもしれません。

富川さんが大切にしているのは、身体を通して土地と対話すること。地域の研究者や郷土芸能の担い手と協力しながら、音楽・芸能・食を通して目に見えないものを想像するカルチャーツアー&ライブイベント〈遠野巡灯篭木(とおのめぐりとろげ)〉を続けています。

2025年にはアートユニット・大小島真木をキュレーターに迎え、地形と人獣のまなざしを通して土地を巡る4日間のフィールドワーク・ツアーを開催。筆者も参加したが、特定の故郷を持たない自分にとって、 “還る場所”の原型を探すような時間だった。普段切り離されている自然や風土、目に見えないものとの対峙を通して、根無草のような空虚さや焦りが少しずつ変化し、境界や曖昧さに身を委ねる心地よさを感じた。

 

『遠野物語』や芸能を媒介として、訪れた人が自分自身を見つめ直す──そんな時間が静かに息づいています。

 

目に見えないものと生きる

科学的に証明できないものの存在を感じることが難しい時代にあっても、遠野の人々は“見えないものと共に生きる”という感覚をごく自然に持ち続けています。その一つとして、死者を迎える盆行事に「迎灯籠木(むかいとろげ)」という風習があります。家の軒先に二階の屋根ほどの高さの木を立て、その先に灯をともして、初盆を迎える霊が山や浄土から還る際の目印とする──いわば魂を導く灯です。

〈遠野巡灯篭木〉は、この風習に由来しています。
「亡くなった人の魂は山に還り、お盆になるとまた戻ってくる──そう思えるだけで、悲しみの形も変わっていくような気がします」と富川さん。

『遠野物語』の第九十九話には、三陸大津波で愛する妻を失った男が、月夜の霧の中で亡き妻の姿を見たという話が記されています。呼び止めた彼女は、生前に心を通わせた男と共にあの世で暮らしていた──。この話は、喪失を受け入れるために、男が自ら紡いだ物語とも読めます。語りによって悲しみを受け止める、その営みこそが遠野の文化なのかもしれません。

 

都市にいながら遠野を感じられる
舞台作品『踊る。遠野物語』へ

そんな遠野の文化と暮らしを背景に、『遠野物語』を題材とした舞台作品『踊る。遠野物語』が12月、東京・池袋で上演されます。

生と死、現世と異界、過去と現在。そのあわいを行き来する語りや踊りは、「見えないものと共に生きる」という遠野の精神を映し出します。それは、身体を通して土地の記憶と響き合い、私たちが忘れかけた祈りや感情をそっと呼び覚ます営みでもあります。

かつて遠野で語られた“異界との交わり”が、現代の都市の中にふたたび立ち上がる──。『遠野物語』は、語り継ぐ人の声や踊りの中でかたちを変えながら、いまを生きる私たちの感覚を新たにひらいてきます。

 

\東京で鑑賞!『踊る。遠野物語/

Kバレエ×森山開次×麿 赤兒×尾上眞秀が踊る、
もう一つの「遠野物語」
「この世とあの世のあいだで、もう一度、君にあえたなら。」

BunkamuraとKバレエ トウキョウによるダンスの深層を探るプロジェクト Kバレエ・オプト最新作は、鬼才演出家・森山開次と挑む日本幻想文学の金字塔『遠野物語』。
特攻隊員とその許嫁の切ないラブストーリーを軸に、現実と幻想、あの世とこの世が交差するもう一つの遠野物語が、新たに生まれる。Kバレエの豪華トップダンサー達を中心に、森山自らも舞台に立ち、舞踏界の生ける伝説・麿 赤兒(82歳)と大駱駝艦の精鋭たちが、「遠野」の山の異形として幻想世界に命を吹き込む。さらに名門・尾上家の寺島しのぶとフランス人アートディレクターの父の血を引く13歳の逸材尾上眞秀が、この世とあの世のあいだに佇む神秘的な少年を演じ、物語の運命を左右する。
バレエ・舞踏・歌舞伎の身体が交錯する奇跡の競演は、二度と見ることのできない伝説的瞬間となる!

【公演概要】

Kバレエ・オプト『踊る。遠野物語』

公演日程: 
2025/12/26(金) 15:00開演
2025/12/27(土) 12:30開演/17:00開演
2025/12/28(日) 12:30開演/17:00開演

会場:
東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)
東京都豊島区東池袋1-19-1

『踊る。遠野物語』特設サイトはこちら
 

 

 

お問合せ:Bunkamura 03-3477-3244<10:00~18:00>


取材・文:元行まみ
取材協力:富川岳さん

 

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富川岳(とみかわ がく)
作家・プロデューサー/張山しし踊り
1987年、新潟県長岡市生まれ。岩手県遠野市在住。張山しし踊り(遠野郷早池峰しし踊り張山保存会)所属。都内の広告会社にプロデューサーとして勤務した後、2016年に岩手県遠野市へ移住。民俗学をベースとした様々な創作活動やプロデュースを行いながら、踊り手として"シシ"になる日々を送る。『本当にはじめての遠野物語』(遠野出版)は自費出版ながら実売5,600部の異例のヒット作となり、2025年6月『シシになる。──遠野異界探訪記』(亜紀書房)で商業出版デビュー。株式会社富川屋代表、遠野市観光協会理事。遠野文化友の会副会長。宮城大学非常勤講師。
https://www.instagram.com/gaku.tomikawa/
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◆ 書籍『本当にはじめての遠野物語』著・富川岳 ◆

「主人公はいない。長編小説でもない。ファンタジーでも、迷信でもない。もう一つの世界をめぐる、本当の話。」
構想7年。河童、ザシキワラシ、天狗。日本民俗学の夜明けを告げた歴史的名著『遠野物語』を、かつて10ページで挫折した著者がおくる、絶対にくじけず、楽しく深く明快に学べる、はじまりの一冊。さぁ、めくるめく物語の世界へ!

 

書籍の詳細はこちら
https://tonomade.stores.jp/items/6463f4ceb4ac74002c1e5dd2
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\ もっと!『遠野物語』/

spread from Bunkamura
『踊る。遠野物語』――現代人をも戦慄させる『遠野物語』

 

\ もっと!岩手 /

大阪芸術大学の学生が描く『遠野物語』の舞台「岩手県」の魅力はこちら

 

【出典】