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2024.02.28 UP

[interview]
オープンヴィレッジ・オペラ・インタビュー

vol.1 オペラ・キュレーター 井内美香さんインタビュー
③「オペラの楽しみ方、教えます!」

オープンヴィレッジのスタッフが、オペラ歌手、制作者、ライターなど、オペラを愛する人にインタビュー。 初回は、オペラ・キュレーターとして幅広く活躍している井内美香さんへのインタビューを全3回シリーズでお届けします。最終回となる今回は、イタリアから帰国した井内さんが日本のオペラ界に対して感じたことや、オペラの楽しみ方について語っていただきました。

◆井内美香さんインタビュー全3回シリーズ
①「オペラが私の人生を導いてくれた」は
こちら>
②「舞台裏から見たイタリアの歌劇場はこんなところ」はこちら>

東京は他の国に類を見ないオペラ都市

オープンヴィレッジ

井内さんは約20年間イタリアに滞在した後、2012年に日本へ戻ってこられましたが、その時に日本のオペラ界の状況はどのように映りましたか?

井内

帰国後に大阪国際フェスティバルでのオペラ公演のお手伝いを通じて関西の公演状況を知る機会があり、またイタリアからの引越公演の通訳で、いくつかの地方の素晴らしい劇場にも伺いました。そうした中で気づいて衝撃的だったのが、全国でも東京でのオペラの公演回数が飛び抜けて多いことです。

 

東京と他の地域ではそんなに違いますか?

 

そう思います。まず東京には新国立劇場と東京文化会館があります。新国立劇場は年間を通してオペラを上演しています。東京文化会館では東京二期会や日本オペラ振興会などの歴史と実績があるオペラ団体が定期的に公演を行っています。東京芸術劇場、Bunkamuraなどが主催するオペラもありますし、在京オーケストラによるコンサート形式のオペラも人気です。それに加えて、海外の歌劇場を招聘する引越公演も、やはり東京での開催がメインになりますから。

 

東京は世界有数のカルチャースポットですからね。

 

そうですよね。しかも驚いたのが、東京二期会や日本オペラ振興会のような大きな団体以外にも、中小規模のオペラ団体、市民オペラから、歌手の自主企画によるピアノ伴奏も含むオペラ公演、レストラン形式の会場でのオペラ・コンサートなども含めると、「体がいくつあっても絶対に足りない!」というすごい数のオペラが東京で上演されているんです。

 

そんなにたくさんですか! どうすれば公演の情報を入手できるんでしょう?

 

まずは自分にとって行きやすい場所と価格帯のオペラに一度行ってみるといいと思います。SNSで検索できますし、地元の市民センターなどにもきっと公演のチラシが置いてあるはず。東京では、大変興味深いオペラ公演が、同時多発的に行われているんです(笑)!これはイタリアはもちろんヨーロッパのどの国でも絶対あり得ないことではないかと思います。

 

そうなんですか?

 

ヨーロッパではそれぞれの町に歌劇場があり、国から援助を受けながら公演を行っているので「自分の街の劇場だけで十分」と思うわけです。一部の熱心なオペラ・ファンは、別の都市まで観に行きますが。日本のように文化的なイベントが東京に集中していて、しかも舞台芸術を愛する人たちがたくさんいて、数えきれないほどのオペラに人々が足を運んでいる都市は他にないんじゃないかなと思います。そういう意味で、東京って実はとてもユニークなオペラ都市だと気がついたんです。

 

そんなにたくさん公演が行われているということは、オペラ鑑賞に一歩踏み出せない方でも、大きな劇場に行かずとも気軽に鑑賞できるチャンスがたくさんあるということですね。

 

はい、そう思います。

オペラの楽しみ方は無限大!

 

東京で数えきれないほどオペラが上演されていると教えていただきましたが、では鑑賞する公演をどうやって選べばよいのでしょう?

 

まずは自分の好みと、オペラに割ける時間とお金を知ることです。例えば、世界トップクラスの歌手たちの歌声、西洋絵画のような豪華な舞台装置、それに負けないくらいの濃厚なオーケストラの音色、そうしたオペラの伝統的な魅力を存分に堪能してみたい方は、海外のトップ歌劇場の来日公演が向いているかもしれません。でもチケット代はかなり高いです。美術装置をコンテナーで輸送し、合唱やオーケストラまで来日しているので仕方がない面があります。新国立劇場のオペラ公演には国際的な歌手が出演し、舞台装置も立派なものが多いですが、来日公演と比較すればチケット代はかなり抑えられています。日本のオーケストラや合唱の質も高いです。そして日本人歌手だけの公演でも観応え聴き応えがあるものはたくさんあります!初めて行った公演がそれほど響かなくても、いくつか行ってみることをお勧めします。あくまでも自分の可能なペースで。

 

日本人でも海外に引けを取らないオペラ歌手はいますか?

 

もちろんいます。でもまず、前提としてどこの国の出身でも、プロのオペラ歌手になる方々は、皆さん並外れた才能の持ち主だと思うんです。なにしろイタリア語、ドイツ語、フランス語、もしくはロシア語やチェコ語など、外国語の歌詞をすべて覚えないといけないんですから。

 

しかも歌詞の意味をちゃんと理解しているわけですよね。そう考えるとオペラ歌手ってすごい!

 

言葉を覚えて、楽譜を暗譜して、そして役者として演技をする。そんな大変なオペラの世界で活躍している日本人や東洋人もたくさんいます。実際の舞台に接すると、そんなすごい人たちの生の歌声を聴くことができるんです。しかも、オペラ歌手に直接会える機会も結構あるんですよ。トークイベントやサイン会、公演によっては上演後にロビーに出てきて挨拶してくださることもあります。だから「会いに行けるアイドル」が好きな方にもオペラはピッタリです!

 

そんなに近い距離で一流のオペラ歌手と会えるなんて感激ですね! そういう場合、直接お話してもいいものですか?

 

もちろん「素晴らしかったです」「次はどういう公演で歌われるんですか?」など、ぜひお話してみてください。そうやって好きな歌手ができたら、その人が出演する公演を追いかけて、オペラの楽しさを十分に味わうといいでしょう。ただし、SNSでのメッセージのやり取りなどの時に、アーティストのプライバシーを侵害するような、過度に追いかけるようなマナー違反にはご注意ください。

 

オペラを楽しむには最低限の知識が必要かなと思うのですが、オペラ・キュレーターとして井内さんはそうした知識を求める人向けの活動に携わったことがありますか?

 

はい。新国立劇場のオペラ公演を楽しむための予習会を開催していたことがあります。

 

そういえば、井内さんが指揮の沼尻竜典さんと演出の粟國淳さんと一緒に出演された『修道女アンジェリカ/子どもと魔法』のオペラトークを、最近YouTubeで拝見しました! これは新国立劇場主催のイベントですか?

 

はい。その動画は新国立劇場が主催したイベントに私も司会で出演したものです。それとは別に、少し前になりますが、自分で公演を鑑賞予定の方たちを集めて、事前に予習をする会を開いていました。いわば、オペラ沼にハマっていきたい方向けの講座ですね。20人程度の規模で毎月開いていたので、来て下さった方同士が飲みに行ったり、SNSでつながったりと仲良くなって、今でもオペラ公演のロビーなどで会うたびに楽しそうです。そうした光景を見ると本当に嬉しくて、講師冥利に尽きますね。

 

オペラの魅力を通じて友達の輪が広がるなんて、素敵です。

 

実際、「オペラ仲間を作りたくてイベントに参加した」という方もいらっしゃいますよ。

オペラの人間ドラマで人生を学ぶ

 

井内さんのお話を伺っていると、大きな劇場で鑑賞するだけでなく、オペラにはいろんな楽しみ方があるんだなと気づかされます。

 

そうですね。生の舞台でオペラを観るのは年に一度だっていいんです。贅沢して1万円とか2万円のチケットで鑑賞してもいいし、小規模な公演だともっと安い価格のチケットで鑑賞できます。毎日のオペ活は、それこそテレビの放送やYouTubeでオペラを気軽に観ることもできますから。

 

探せばいくらでもオペラを楽しむ方法がありますね。

 

たくさんありすぎて「どこから入ればいいの?」と迷うこともあると思いますが、まずは何でもいいからオペラに触れてみて、「こういう作品が好きかも」「この歌手いいな」といった自分の好みを見つけて、そこから追いかけていくといいですよ。

 

共感できる物語やキャラクターを見つけるのも楽しそうですね。

 

共感ですか…。実はオペラのキャラクターって、ひどい男がけっこう多いんですよ。プッチーニの『蝶々夫人』に出てくる、日本人女性を現地妻にしてすぐに捨ててしまったアメリカ海軍士官ピンカートンとか、あとロシア文学を原作にした『エフゲニー・オネーギン』のオネーギンもけっこうひどい。夢見がちな文学少女タチアーナに恋をさせて手紙を受け取ると、「俺のような男に恋しちゃいけないぜ」とか言ってつっかえして、その後、金持ちの貴族に嫁いで洗練された美女になった彼女を見たら「あなたを愛しています」なんて言うんですから(笑)。

 

それは確かに共感できないかも…。

 

他にもゲーテの『若きウェルテルの悩み』を原作にした『ウェルテル』も、主人公ウェルテルは他人の家庭を壊した挙げ句に自殺するなんて、ダメンズの典型ですよね。これは「世の中にはこういうダメンズしかいないから、気を付けて生きるように!」という作り手からのメッセージでもあるのかなと。だから特に、女性の皆さんには「世間に出る前にオペラを観て!」と伝えたいですね(笑)。

 

いろんな人間ドラマが描かれているオペラだからこそ、人間について勉強できるということですね。

 

そうです。とはいえ、ダメな男や悪い男に魅力を感じることもありますが(笑)。物語を通じて疑似体験を行い、いろんな人生に触れることができるのもオペラの大きな魅力だと思います。

 

なるほど! オペラの楽しみ方をたくさん教えていただき、ありがとうございました。これからも井内さんのオペラ情報の発信を楽しみにしています。



井内美香さんインタビュー
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