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2024.01.17 UP

[interview]
オープンヴィレッジ・オペラ・インタビュー

vol.1 オペラ・キュレーター 井内美香さんインタビュー
②「舞台裏から見たイタリアの歌劇場はこんなところ」

オープンヴィレッジのスタッフが、オペラ歌手、制作者、ライターなど、オペラを愛する人にインタビュー。 初回は、オペラ・キュレーターとして幅広く活躍している井内美香さんへのインタビューを全3回シリーズでお届けします。今回は、イタリアでオペラの仕事に携わるようになった井内さんのカルチャーショック体験や、華やかな劇場の舞台裏について語っていただきました。

◆井内美香さんインタビュー全3回シリーズ
①「オペラが私の人生を導いてくれた」はこちら>
・・・
③「オペラの楽しみ方、教えます!」は
こちら>

イタリアでカルチャーショックを乗り越えるには強くなるしかなかった

オープンヴィレッジ

前回は井内さんがイタリアでのお仕事で体験した貴重なエピソードについてお話いただいたのですが、大変だったことはありますか?

井内

20代半ばでいきなりイタリア人社会の中に入り、しかも劇場という色々な立場の人が働いている環境で右も左も分からず、数々の洗礼を受けました。

 

どんなことがあったんですか?

 

イタリアの歌劇場は伝統的に、劇場自身が工房を持っていて、全てでは無く部分的には外注もしますが、舞台装置の大道具・小道具・衣裳などを自分たちで作っています。ボローニャ歌劇場も街の中心から少し離れたところに自身の工房を持っていました。舞台美術はそこにかかる予算も大きく、ある意味歌劇場の活動の中枢部分であり、美術部が統括しています。私は仕事で劇場に通うようになってから、美術部の中に自分の机をもらい、そこに日本からの連絡を受けるための直通電話回線を引いてもらったのです。ところが、イタリアの大道具さんは全員男性で、当時の私から見るとやっぱり荒っぽいんですね。

 

力仕事も必要な大道具の世界だと、どうしても男性中心になるんでしょうか。

 

その美術部で親分的な存在だったのが、代々、劇場の大道具を作って所有していた家系出身のパオロ・バッシさんというおじいさんでした。それこそ、バッシさんの鶴の一声で現場の人たちがサッと動くような、カリスマ性のある人でした。バッシさんは昔ながらの職人気質の男性で、若い女性に自分から話しかけてはくれませんし、私に対しては「お前は何の用があってここにいるんだ?」みたいな態度なんです。少なくとも私にはそう感じられたんですね。私から他の人たちに声を掛けようとしても、美術部は忙しさで戦場のようになっている時が多く、私には怒鳴り声に聞こえる大声が頭の上を飛び交っているような状態でした。

 

それは怖い!

 

イタリア人って本人たちは普通に話しているつもりでも、日本人からは叫んでいるように見えるんです。イタリア1年生の私にとってはカルチャーショックで、当時はおびえていました。

 

その苦境を乗り越えることはできたんですか?

 

何年か経った後、当時のボローニャ歌劇場の総裁だったセルジョ・エスコバルさんに「あの頃のミカはベソをかいてた事があったよね」なんてからかわれれたんです。知ってたんだったら助けてよ!と思いましたけど(笑)。その頃には何でも言い返せるようになっていたので「今は私がみんなを泣かせてるけどね」と言いましたよ。

 

そんな冗談も言えるほど強くなれたんですね!

 

そういうことを言えるほど成長せざるを得なかったんです。イタリア人は基本的には親切ですが、仕事の進め方が日本の感覚と違いすぎて、最初のうちは大変でしたね。それも良い体験でした。それに、やっぱり私はオペラが大好きで、リハーサルを見ながらオペラについていろいろ教えていただけるというのは、とてもありがたい環境でしたね。

 

オペラが好きだからこそ辛いことも乗り越えられたということですね。他にもイタリアでのお仕事を通じて気づいたことはありますか?

 

イタリア人はとにかく人の話を聞かなくて、誰かが話している途中でもどんどん割り込んで勝手に話し始めるんです。そんな時、話している側は決して黙って譲ったりせず、言うべきことを最後まで言わなきゃいけないんですよ。

 

それだと同時に2人でしゃべっている状態になるんじゃないですか?

 

そう。だから最終的には声の大きい方が勝つんです(笑)。

 

日本人同士のコミュニケーションではなかなかないことですね。

 

私が日本からのお客様の通訳を務めている時にもそういうことがあって、相手のイタリア人が話の途中で割り込んでくると日本の方は黙ってしまうんです。そんな時は「黙らなくていいですよ」と言って、最後まで言い終えてもらうようにしています。

 

イタリア人の性格を熟知しているからこその通訳スキル!

 

イタリア人に悪気があるわけではありません。単なる習慣の違いなんです。

劇場の舞台裏に集うのは個性的な人ばかり!

 

そんなに個性的な人だらけのイタリアだと、劇場のバックステージはもっとキャラクターが濃そうですね。

 

私がいた頃のバックステージはかなりゆるい感じで、劇場のピアニストがお子さんを連れてきて、子守をしながら舞台裏の仕事をこなしていたり、歌手が小型犬を連れてくることもありました。日本のセキュリティではありえないことですよね。犬なんて、歌っている間は誰が面倒見ていたんでしょう?(笑)

 

なんだか古き良き時代という感じがします。

 

劇場が自分たちにとって人生の一部だからじゃないでしょうか。日本だと仕事の現場に自分の人生を持ち込まないのが建前だと思いますけれど、気にせず持ち込みまくるところがイタリアらしいと思います。いい意味で人間的ですね。

 

オペラという人間ドラマを見せる場所は、日常からドラマチックなんですね。

 

劇場全体の進行を管理する制作部にとても個性の強い女性スタッフがいて、彼女のオフィスに行くと、好きなアーティストと肩を組んで撮影した写真が部屋中に貼ってあるんですよ。え、ここ仕事場でしょ? しかも由緒ある歌劇場なのに、こんなに好きに使っていいの?ってビックリしました。

 

アーティストだけでなくスタッフも自由ですね!

 

部屋といえば、劇場の総裁は普通4年ごとに交代するんですが、総裁の部屋も新しい人が来るたびにインテリアがガラッと変わるんです。グランドピアノを入れたり、素敵な絵が飾られたり、まったく違う部屋になっていくのが面白かったですね。

イタリア大都市の劇場は上流階級の社交場でもある

 

井内さんはイタリアでお仕事でもプライベートでもオペラをたくさんご覧になったと思いますが、イタリアの劇場でのオペラの客層に特徴はありますか?

 

劇場によって少し異なります。私が一番数多く通っていたミラノ・スカラ座は、年間席を予約しているお客さんと観光客が多かったですね。年間席はAbbonamento(アボナメント)と呼ばれていて、同じ金額を払っている年間予約のお客さんが観る日は一番いいキャストが出演します。ちなみにアボナメント以外の公演というのもあり、その日はカバーキャストが主役で歌ったりメインキャストより若い人が出演したりしています。

 

年間予約でシートを購入してくれるお客さんを大切にしているんですね。

 

アボナメントのお客さんの中には、家族でずっとボックス席を持っている人もいます。みんな見るからにお金持ちで、男性はダークスーツにネクタイで、女性は黒いドレス姿。ミラノではほとんどの女性が髪の毛を金髪に染めているので、黒い服が似合うんですよ。ただし、お金持ちっぽいお客さんは「オペラにはそれほど興味がないけれど社交の一部として来ている」という雰囲気の方も多い気がします。

 

確かに豪華絢爛なミラノ・スカラ座は上流階級の社交場にピッタリな印象がします。

 

ローマ、ミラノに次ぐイタリア第三の都市といわれるナポリもナイトライフが華やかで、ナポリのサン・カルロ歌劇場の初日にはオシャレに着飾った人たちがたくさん集まります。ミラノやナポリには貴族クラブのようなものがいまだに存在していて、ミラノ・スカラ座のシーズン開幕公演の初日はパーティーが開かれるので、男性はタキシード、女性はロングドレスに身を包む人も多いんです。

 

ゴージャスですね! 他の都市の劇場はどうですか?

 

比較的裕福な地方都市、例えばパルマの歌劇場だと、やっぱり男性も女性もオシャレをしているお客さんが多いです。私にとってなじみ深いボローニャ歌劇場は、初日はオシャレをしてくるお客さんも多いですが、きらびやかな人たちばかりではありませんし、客層もお金持ちよりオペラ好きな人たちが来ているという印象ですね。また、劇場自体も古くからある小さな建物なので、華やかというよりこじんまりとしたカジュアルな雰囲気です。
(*ボローニャ歌劇場は現在、大規模修復中で市内の別の劇場でオペラを上演しています)

 

同じイタリアでも劇場によってけっこう客層や雰囲気が違うんですね。
イタリアの情景が目に浮かぶようなお話をありがとうございました!
次回は日本に帰国されてからのお話をお伺いします。



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