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2025.11.14 UP

[report]
事前講座付き学校芸術鑑賞 特別レポート

「初めて劇場で舞台を観た日のことを、覚えていますか?」
芸術鑑賞が身近な家庭もあれば、そうでない場合もあります。子どもたちが自ら舞台芸術に触れる機会を得るのは、決して簡単なことではありません。
どの子にも分け隔てなく、プロフェッショナルによる芸術体験を享受できるようにするためには、学校や周囲の大人による環境づくりが不可欠です。

Bunkamuraではこれまで幾度となく学校と連携して、子どもたちがプロフェッショナルの舞台に触れる機会を提供してきました。今回は、東京の高校生たちがTHEATER MILANO-Za(新宿)で上演されたBunkamura Production 2025 DISCOVER WORLD THEATRE vol.15『リア王』NINAGAWA MEMORIALの鑑賞をどのように迎えたのかご紹介します。

 

シェイクスピアの翻訳家が学校にやってくる!

『リア王』鑑賞の前、300名を超える生徒たちに向けて行われたのは、シェイクスピア全戯曲を翻訳した松岡和子さんによる事前講座。

芸術鑑賞を担当する先生が『ロミオとジュリエット』の書籍を掲げながら、「学校で見つけたシェイクスピアの本に“松岡和子訳”と書かれていた。」と語り、初めて翻訳家の方と会える喜びを生徒たちと分かち合います。

 

「『リア王』を観るために、今日から1週間準備しよう。」
そんな先生の呼びかけに応えるように、会場は大きな拍手に包まれ、松岡さんが登場します。

「シェイクスピアを読んだことはある?」
「名前は聞いたことあるかな?」
「先生が話していた『ロミオとジュリエット』はどうだろう?」

松岡さんは、生徒たちに優しく語りかけながら、舞台鑑賞への橋渡しをしていきます。

 

「なぜ、今この時代に400年前の作品を観るのか?」
「演劇を観ることに、どんな意味があるのか?」
「文化芸術に触れると“豊かになる”って、どういうこと?」

そんな問いに、すぐ答えられる人は多くないでしょう。だからこそ松岡さんは、日本史や政治など多様な視点を交えながら、言語化されていない“芸術鑑賞の価値”を、生徒たちと一緒に考える時間を作っていきます。

講座の中で松岡さんは、グローバルな視点からシェイクスピアの言葉が今も生きていることを、生徒たちに伝えてくれます。たとえば、2023年の広島G7サミットで英国のスナク首相が残した「Give sorrow words.(悲しみに言葉を与えなさい)」という言葉。これは『マクベス』の一節からの引用であり、世界のリーダーたちの間でもシェイクスピアの言葉が深く息づいていることを示す印象的なエピソードです。

さらに松岡さんは、シェイクスピア全37作品を翻訳してきた経験から、破滅的な結末を迎える登場人物たちに共通する“ある傾向”について語ります。『アテネのタイモン』のタイモンや『オセロー』のオセローなど、愚かにも自らを追い込んでしまう人物たちに対して、「もっとこうしていれば…」「なんて馬鹿なんだ…」と思うことがあると前置きしながら、彼らに共通する3つの特徴を挙げました。

それは──

 1. 信じるべき人を信じない。
 2. 聞くべき言葉に耳を貸さない。
 3. 自分に対する愛や誠意を試す。

この話に、生徒たちは静かにうなずきながら耳を傾けていました。松岡さんは、こうした「試す」行為がでてくる作品を“試す系”と呼び、今回鑑賞する『リア王』にもその要素があると語ります。リア王が娘たちに「どれほど自分を愛しているか」を問い、愛を試す場面はまさにその代表的なシーンです。

50分間のレクチャーはあっという間に過ぎ、予定時間を延長して設けられた質疑応答では、間髪入れずに生徒の手が挙がり、関心の高さをうかがわせます。

 

松岡さんの言葉によって、『リア王』は遠い時代の古典ではなく、現代にも通じる“生きた作品”として、生徒たちの心に刻まれていきました。心から愛するものについて語る大人の姿は、生徒たちの目にもまぶしく映ったことでしょう。

 

いよいよ『リア王』の鑑賞日!

生徒たちは、それぞれチケットを持ち劇場へと足を運びます。日常とは異なる“ハレの場”に、少し緊張しながらも期待を滲ませ、ぞくぞくと客席に入っていきます。

 

開演前はざわついていた劇場内も、舞台が始まると一転して静まりかえり、俳優たちの一挙手一投足に集中して鑑賞する姿が印象的でした。


撮影:細野晋司
 


撮影:細野晋司


休憩時間になるとロビーや客席のあちこちで、前半の舞台について感じたことや気づいたことを語り合う様子が見られました。中には、プログラムを手に集まり、登場人物や物語の背景について話し合う姿もあり、鑑賞を楽しんでいることが伝わってきます。


 

事前講座の中では、『リア王』に登場する“道化”の存在についても触れられていました。生徒から「途中で道化がいなくなるのはどういうことなのか?」という質問が寄せられると、松岡さんは演出によってさまざまな解釈があることを示しながら、道化という存在が作品の中で果たす役割の深さについて教えてくれました。今回の上演でも、リア王に寄り添い、時に鋭く真実を突くその姿は、観る者の心に残る存在だったのではないでしょうか。

そして、第2幕が始まります。


撮影:細野晋司

 


撮影:細野晋司


シェイクスピアの四大悲劇のひとつである『リア王』は、約3時間半という長い作品ですが、迫真の演技と詩的な台詞が観客の心を掴み、最後までしっかりと舞台に向き合っていました。

 

鑑賞後には生徒たちから次のような感想が寄せられました。

 * * *

「書かれたのは四百年前であるのにどうして今日まで多くの公演が行われているのか身をもって体感しました。こういうふうに人間のことを描けるところがシェイクスピアのすごいところなんだなと思いました。」

 * * *

「自ら進んでバッドエンド作品を見ることは無に等しいので、今回、シェイクスピアの四大悲劇のひとつである『リア王』を観て、どんどん沈んでいく物語の展開がとても新鮮に映った。事前学習で“道化”についての知識を得ていたため、ただの道化ではなく意味を持った役割としての“道化”として観ることができたのもよかった。」

 * * *

「松岡さんの講演を聞いていたことで、劇の内容が理解しやすく、また注目すべきセリフなども聞き逃すことなく見ることができた。雨や鉄砲の演出が印象的で、また役者さんの声量にも圧倒された。本来は現代服ではないと聞いていたので、洋服も意識してみたらとても面白かった。」

 * * *

「冷静さは残りつつも、老いて狂ってしまう王を見るのは辛かった。悲劇は暗くてあまりいいイメージがなかったが、人が死ぬからこそストーリーに深みが出るのかもしれないと思った。生の演劇だからこそ演技に魂を感じたし、うまく言葉にはできないが話に飲み込まれるようで、とにかく迫力があった。演出によって解釈も変わりそうなので、別の舞台でもう一度見てみたいと思った。」

 * * *

学校でおこなわれる芸術鑑賞は体育館や講堂での上演もありますが、一般の観客とともに劇場で観ることは同じ“鑑賞”でもまったく異なる意味を持ちます。
多感な青春時代に、プロフェッショナルによる舞台芸術に触れることは、その後の人生を豊かにする土壌となり、心に深く刻まれる“忘れられない経験”となるはずです。

 

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Bunkamuraでは、このような若年層の鑑賞機会創出に力を入れています。芸術鑑賞を準備される先生方の中には、専門分野ではないことを任されて不安に感じる方もいるかもしれません。そんな時こそ、私たち劇場スタッフと連携することで、かけがえのない体験を生徒の皆さんに提供することができます。
今回のような鑑賞前の事前講座はもちろんのこと、鑑賞後のワークショップや、舞台を“自分ごと”として捉えるための一歩踏み込んだプログラムも展開しています。

ご興味ある方はこちらの記事もご覧ください。

――<特別プログラム付き鑑賞体験会《ドン・ジョヴァンニ》>――

――<特別プログラム付き鑑賞体験会《N響オーチャード定期 第133回》>――

――<『レオ・レオーニの絵本づくり展』におけるアート体験プログラム>――
 

 

今後もBunkamuraでは教育機関と連携しながら、特別な鑑賞機会の提供に努めてまいります。これからの活動もどうぞご期待ください。

――<Bunkamura学生芸術鑑賞のご案内:教員の方向け>――