N響オーチャード定期

2023/2024 SERIES

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森野美咲

2023年8月、リサイタルのために帰国していた、今回の公演で独唱を務める、ウィーン在住の森野美咲さんにインタビューしました。

©Taro Morikawa

声楽を始めたきっかけは何ですか?
もともとピアノを弾いていて、歌やダンスは保育園のときから大好きでした。父が音楽クラスのある岡山城東高校で教鞭を執り、生徒に声楽を教えたり、合唱部の顧問もしたりしていまして、私は父のもとで中学生のときに声楽を始めました。そして、岡山城東高校に入りました。高校1年生のとき、岡山県内の高校生のコンクールで第1位をいただいて、大分県竹田市での滝廉太郎記念全日本高校声楽コンクールに行くことができ、そこに全国から高校生が集まっていて、こんなに声楽を勉強している同年代の人たちがいることに感銘を受けて、自分も歌手を目指そうかなと思いました。東京藝術大学では、ウィーン国立歌劇場でも活躍されていた佐々木典子先生に師事しました。佐々木典子先生からは、ただ良い声を出すだけでなく言葉をどう表現するか、音楽とは何なのかを教わりました。
そしてウィーンに留学されたわけですね。
ウィーン国立音楽大学のリート・オラトリオ科に入学しました。1年後にオペラ科にも入りました。もともと、シューベルト、シューマン、R.シュトラウスなどのリートが好きでした。今もウィーンに住んでいます。2011年からですから、もう12年になります。
2020年のヨハネス・ブラームス国際コンクールの歌曲部門で優勝されましたが、いかがでしたか?
1次、2次、3次、各ラウンドで必ずブラームスのリートを入れなければならなかったのですが、そのほかは比較的自由に選ぶことができて、私は、ファイナルで、オフィーリアの生涯をテーマにして、リームの「オフィーリアの3つの歌」とブラームスのリート作品を組み合わせてを歌いました。私は、このようなコンクールでも、リサイタルでも、自分のなかでの物語(テーマ)を大切にしています。
今回のN響オーチャード定期では、トマ作曲、歌劇「ミニョン」からポロネーズ「私はティタニア」というアリアを歌われますね。
演奏会の最初がデュカスの「魔法使いの弟子」なので、フランスもので合う作品を選びました。私は歌曲をたくさん歌うので、私の中の(歌劇「ミニョン」の原作であるゲーテの)「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」では、自分はミニョンだと思います。なのでフィリーネ役を歌いながらも、どこかちょっとミニョン目線というところがあります。フィリーネは女優で、ミニョンにとっては、羨ましい太陽のような、彼女の願望が詰まったキャラクターだと私は思っています。フィリーネは、劇中劇の「真夏の夜の夢」でティタニアの役を演じますが、彼女は彼女なりの苦悩はあっても女優だから見せません。ティタニアの場面で、自分の一番美しい世界をキラキラっと見せるわけです。そういうところは、強い女性だと思いますし、共感します。夢のような時間を華やかにお見せできればいいなと思っています。そしてそれは新年にもふさわしいと思います。
「私はティタニア」は技巧的なアリアでもありますね。
コロラトゥーラって、技巧ですけど、全部、言葉だと思うのです。2017年頃にグルベローヴァさんのマスタークラスで、彼女が「コロラトゥーラを歌う時は、音階を練習するよりも、なぜこの場面でコロラトゥーラが入るのかを考えなさい」と言っていました。それを自分のものにすると、コロラトゥーラという感覚がなくなる瞬間があって、だたの魔法のような時間が訪れる。そのような声で歌えたらいいなと思っています。
もう1曲、ヨハン・シュトラウス2世の「春の声」を歌われますね。
ウィーンに住んでいると、新年になるとどこにいても「春の声」が聞こえてきて、まさに新春という感じになります。 「春の声」は、もとがオーケストラ曲ということもあって、声楽パートも器楽的に書かれています。なので、休むところがなくて、技巧的にすごく難しいのです。歌詞は後付けですが、ヨハン・シュトラウスが歌を付けたという意味を考えると、彼は歌が入ることによる声の力や温かみがほしかったのかなと想像します。歌で演奏する意味を表現できればいいなと思っています。
N響やオーチャードホールについてはどのような印象を持っていますか?
日本のウィーン・フィルというイメージですね。憧れのオーケストラなので、共演は夢のようです。オーチャードホールで歌うのは初めてです。
2024年2月のORCHARD PRODUCEオペラ「魔笛」では、パパゲーナ役を演じられますね。
「魔笛」は、童子I、侍女Iから、パパゲーナ、パミーナまで、夜の女王を除く、すべてのソプラノ・パートを勉強しました。私は、モーツァルトが好きで、私の声に合っていると思います。エクストリームな現代ものを歌うことが多いのですが、モーツァルトを歌うと、自分の声がもとに戻る、整うという感じがします。パパゲーナはかわいくておいしい役ですね(笑)。舞台と客席の間にある「壁」を破って出てくる役なので、お客さんとつながって、一緒に笑えるのを楽しみにしています。
ヨーロッパでのオペラ歌手としての活動を教えていただけますか?
ヨーロッパでは、オペラは現代もののチャンスが多いですね。古典派のほか、ロマン派ではドニゼッティ、R.シュトラウスが自分のレパートリーです。私の夢の役は、「ばらの騎士」のゾフィーです。今すぐ歌いたい(笑)。 2022年、バーデン市立劇場で「椿姫」のヴィオレッタを歌いましたが、ちょうどロシアのウクライナ侵攻が始まった日が公演の日で、劇場にはロシア人の同僚もウクライナ人の同僚もいて、彼らに声をかけられないし、彼らも話をしないし、普通じゃない状態になりました。ウクライナはオーストリアの隣の隣の国です。ロシア人に対する人々の目が1日で変わってしまいました。お客さんもどこかソワソワして、こんなときに私がヴィオレッタを演じることの意味って何なのと思いました。いろんなことが起きて、考え方が変わる人間って何なのだろう?とすごく考えさせられました。
最後にメッセージをお願いいたします。
2023年はいろいろなことがありましたが、2024年への希望の思いを込めて、良い年になりますようにと思って、その時だけでもみなさんがハッピーな気持ちになっていただけるようにキラキラに声を磨いて準備したいと思っています。

インタビュー:山田治生(音楽評論家)