オーケストラの数ある楽器の中で、最も華やかな楽器といえばトランペットだろう。和声の柱を的確かつ絶妙に嵌め込んでゆく役目や色彩の移ろいを司りつつ、ここぞという時は会場を突き抜ける華麗なファンファーレも聴かせる、まさに花形である。
今回はこのパートから、N響の明日を担う若き首席、菊本和昭さんにお話を伺った。

菊本さんは、N響ではかなり新しいメンバーになりますね。

「はい。2010年11月にオーディションの1次を受け、翌11年3月に契約団員、12年3月から正式団員となりました」

最初にトランペットとの出会いを聞かせてください。最初は西宮の中学でトランペットを始められたということですが、クラリネットを吹いていたお姉さんの影響だったそうですね。

「姉とは6歳離れているので、彼女が中学生の時に僕は小学生で、色々コンクールなどに連れて行かれていました。ちょうど少子化世代で部員がとても少なかったので、姉にクラブ見学だけでもと言われて……。それで現在に至ります」

その時から、ずっとトランペット一筋ですね。一途に続けられたこの楽器の魅力というのはどのようなものなのでしょう。

「終わりが見えないという感じでしょうか。技術的にも表現的にも、これが完璧だと見えてこないから続けられているのだと思います」

洛南高校を経て、京都市立芸大に進まれました。最初の師といえるのは、早坂宏明先生とのことですが、いつからいつまで師事されたのですか?

「線引きは難しいのですが、音大に行くと決めた高校2年生の時から習い始め、大学に入るまでの2年間ですね。京都市立芸大は当時は早坂先生ではなかったので、大学では有馬純昭先生に習いました」

早坂先生と有馬先生ではどのように違いましたか?

「語弊があると思いますが、早坂先生はとてもシステマティックで黙々とやりなさいというタイプ。逆に有馬先生は、何にも教えてくれなかったです。やりたいこと・やるべきことは自分で見つけろと。今考えると、まったく違うタイプのお2人に、この順番で師事できてよかったなと思います」

大学院の時にフライブルクに交換留学されています。どうしてフライブルクを選んだのですか?

「いや、そもそも選べなかったのです。それまで交換留学先はずっとブレーメン音大だったのですが、そこにはトランペットの教授がいませんでした。僕が大学院1回生の時にフライブルク音大という選択肢ができ、先生が僕の知っている人ということもあったので、それではということで行きました」

アンソニー・プログ先生ですね。

「ええ。ただ滞在期間がほんの4か月程度ととても短かったので、どのようなレッスンを受けたかというよりも、ビザの取得や海外で生活することの大変さばかりが記憶に残っています」

その後、カールスルーエ音大にも行かれていますね。

「その交換留学から帰国し、大学院2回生だった2004年に京都市交響楽団に入団したのですが、いつかもう1度海外で勉強したいなと思っていたので、在籍5年目の2008年に1年間お休みをいただいて行きました」

カールスルーエというと、先生はラインホルト・フリードリッヒでしょうか。

「そうです。とても人間的なレッスンでした。システマティックにこれをこういう風にやりなさいというわけではなくて、僕と君は違うのだから、僕が言っていることを君自身がちゃんと、自分の中で咀嚼してやらなければいけないと。また、音楽はコンクリートじゃないんだ、もっと自然なものなのだとか。トランペットの技術もですが、音楽はどういう風にあるべきかということを教わりました。機嫌が悪い時はまあひどいのですが、でもそういう人間的な面もとても勉強になりました。その他に同大で、フリードリヒの師匠である、元ミュンヘン・バッハ管のE. H. タールさんにも習いました」

京響に7年在籍されて、どうしてN響に移ろうと思われたのですか?

「京響では、二番奏者だったこともあり、いつか一番のポジションを得たいと思っていました。 N響は日本でトップのオーケストラですから、そこにチャレンジしない手はないと思いました。」

それで、津堅直弘さんの後任として正式に迎えられたということですね。入ってみて、N響はどういうオケでしたか?

「スケールの大きなオーケストラですね。プロ野球でいえばジャイアンツ、さらにいえばジャイアンツというよりも日本代表。それぞれ皆さん卓越した方なので、そのピースのひとつになれているのを嬉しく思います」

 

さて、今回の第77回オーチャード定期のプログラム―――ベートーヴェン:序曲《レオノーレ》第3番、ラヴェル:ピアノ協奏曲、ショスタコーヴィチ:交響曲第5番―――ですが、トランペット奏者からみると、どのような魅力がありますか?

「3作とも、オーディション用のオーケストラ・スタディに出てくるような難曲ですから、そのプレッシャーたるや、もう……。吹く側としては体力的にもかなり大変ですが、その分トランペット好きの方にはたまらないでしょう」

ラヴェルのピアノ協奏曲でのトランペットの見せ場は?

「基本的に吹くところすべてだと思います。開始すぐの軽妙ながら奏者にとっては緊張感たっぷりのソロをはじめ、ジャズ風な曲想も面白いですし、ミュートの付け外しによる音色の変化も楽しいですね。重厚な音楽ではないので、明るく軽やかに、いわゆるフランスのトランペットというイメージがちゃんと出せるとよいかなと」

フランスのトランペットとは、どのような感じなのでしょう。

「やはりモーリス・アンドレ風ということでしょうか。どちらかというと、細かいことが軽やかにできるとか、音色がきらびやかである、そういうイメージがあります。余談ですが、トランペットは国によって、雰囲気が異なるので本当に面白いですよ。たとえばフランスでしたら基本的にはトランペットはC管で、B♭管はコルネットなんです。なので、フランスのオーケストラの曲では、基本的に"in C"が多いのです。もちろん時代にもよるのですけれども。
一方、イギリスのトランぺッターは基本的にB♭管しか吹かないのですね。B管でちょっと音が高くて厳しいなというと、E♭管を使う。やはり、彼らは初期教育で金管バンドから始まっているためか、コルネットの甘い音色をトランペットに延長させてやっているので、音色がとても太いというイメージがあります。フランスは、もっと細めできらびやかなニュアンスがありますし、ドイツはまた全然違う感じがします。アメリカも昨今はC管が主流になっているという話を聞くので、やはり明るい音色が好まれる傾向にあるように思います」

ショスタコーヴィチの第5交響曲は、N響ではこれまでどんな指揮者でやってらっしゃいますか?

「僕が入ってからですと、2011年6月にアシュケナージとやりましたね。あとは13年1月にアクセルロッドです」
註)オーチャード定期では、これまでに、2度採り上げている。
1992年10月18日、高関健指揮(この時は「定期」ではなく、まだ「N響オーチャード・スペシャル」という名称。「オーチャード定期」となったのは98年9月から)。 続いては、2010年1月30日の第57回。指揮はエドワード・ガードナー。

ショスタコーヴィチについてはトランペット奏者として如何でしょう。

「聴きどころは、最終楽章に詰まっているような気がします。最後の最後でC(ハ=ド)の音[343小節目]がバチッと当たると格好いいんです」

既に第1楽章で、ほぼ最低音の下のF(ヘ=ファ)音[136小節]から最高音のC(3点ハ=ド)音[185小節]まで使われてもいますね。全体にユニゾンや3度なども多いように思います。

「そうなんです。音域をフルに使っていて、そのぶん奏者は大変でもあるのですが、この人はやはりオーケストレーションがうまいと感心させられます。第15番なども、ずいぶんと休みがあるのに音が薄くならないというのもスゴいです」

フィナーレの練習番号[108]のソロは特に活躍どころです。

「木管と弦楽器が動いている上で、長い音符を吹いています。でもこの部分は、スコア上はフォルテひとつなのですよね。ただ、これだけの音が鳴っている中で聴かせるとなると、相当吹かないと埋もれてしまうので、いつもここで酸欠で失神しかけています。とはいえ、ショスタコーヴィチはそんなにいやな音域ではなく、ちゃんと鳴りやすい音域で書いているのです。たとえばこれが2度上がっただけで我々にとっては大変なことになってしまいます。もう少し休みが多いと次が楽なのですけど、それでも僅かながらちゃんと休みを入れてくれています。こういうところなど、ショスタコーヴィチ自身の楽器に対する理解がスゴかったのか、彼の周りのトランぺッターがアドヴァイスしたのかはわかりませんが、実によくできていますね。それにしても、ここまでトランペットのことをわかっていて、ピアノ協奏曲第1番などをはじめ、この楽器を格好よく扱ってくれているのですから、せめてソロの曲をひとつくらい書いておいてくれてもよかったのにと、いつも思うのです」

今回は高関さんとの共演も楽しみです。

「高関さんには、第72回日本音楽コンクールの受賞者演奏会で、トマジのコンチェルトを指揮していただきました。その後、京響時代にマーラーの交響曲第7番をご一緒させていただいたのも覚えています。博士みたいに知的な方で、実に理路整然とされた方ですが、それと同時に―――棒を見ていてそう感じるのですが―――内面はとても熱い人なのだろうなと思います」

菊本さんが初めて出演したオーチャード定期はいつでしたか?

「第1次オーディション後の、トライアルの頃に、ブラームスの2番をやりましたね。初めてこのホールのステージに立った時は、客席が随分大きく見えて驚きました。でも、僕は囲むようなスタイルよりも、オーチャードホールのようなシューボックス型のホールが好きなんです」
註)2010年9月20日。第61回|指揮:ネヴィル・マリナー、クラリネット:マルティン・フロスト

「話は先のことになりますが、7月の第80回オーチャード定期で演奏する《展覧会の絵》は、僕が初めてN響にエキストラで来た時に演奏した思い出の曲です。今度は正団員としてなので、こちらも併せてご期待いただきたいと思います」

インタビュアー:松本學