制作ノート
2025.09.05 UP
『踊る。遠野物語』全貌がここに!―公開リハーサルレポート
8月末の公開リハーサル。稽古場に立ち上がったのは、一人の青年の魂の行方だった。特攻隊兵として戦地へと飛び立った青年は海に激突。が、強く凝った許嫁への未練がその魂を「遠野」へと引き寄せた。
青年自身は、自分がまだ生きているのか、すでに死んでいるのかを判じきれない。ただひとつ確かなのは、許嫁との再会を願い続けていることだった。
導くのは、あどけなさと不穏さを併せ持つ少年K。その背に導かれ、青年は遠野の深い山や川を巡り、幻影と異形に次々と出会っていく。山人、狂女、雪女、オシラサマ──現実と幻想の狭間に立ち現れる存在たちは、彼の記憶と未練のかたちでもある。
そして津波が舞台を覆い尽くすとき、物語はもっとも痛切な瞬間を迎える。音と身体が折り重なり、一つの流れとなって、青年の旅の終着を指し示していた。
幕開け──尺八の多重録音と墜落
沈黙を破るのは中村明一の尺八。低音が床を震わせ、高音が空を切り裂き、複数の音が重なって空間を揺らす。尺八の音像が波となって押し寄せる。
青年(石橋奨也)は戦闘機に乗り込み、死地へ向かう。だが刹那、Kバレエの群舞が象る水の奔流に押し流され、身体は異界へと沈んでいく。群舞の精緻なラインが「抗えない力」を可視化し、観客は彼とともに遠野の世界へと引き込まれる。

濁流にのまれる青年

音楽監督・作曲・演奏を担当する中村明一。息吹こそ重要な音。
少年K──境界の案内人
暗い水底から目を覚ました青年の前に現れるのは少年K(尾上眞秀)。あどけなさと影が同居する立ち姿。彼の間合いは舞台の時間を半歩先取るようで、未来を知る存在にも見える。無邪気さと不気味さが交互にのぞき、青年を幻影と異形の世界へと導いていく。


にらみ合う70歳差の眞秀と麿
山人の咆哮と狂女の影
最初に立ち現れるのは大駱駝艦の山人たち。低い重心から床を叩き、荒々しく跳躍し、咆哮をあげる。そこに響くのは民謡歌手・菊池マセの歌声だ。遠野の方言そのままの節回しは、呪文のようでもあり、子守歌のようでもあり、不思議な余韻を残す。

天狗の面は森山自作!

キャリア60年の民謡歌手、菊池マセ(遠野市出身)

「稽古初日は怖すぎて半泣きになりました。今は仲良しです。」by眞秀
その渦の只中に、田中陸奥子が狂女として登場する。痙攣する腕、虚ろな眼差し。さらわれ、正気を失った老女の姿が、舞踏特有の「土の重さ」と民謡の声に絡み合い、青年をさらに深い闇へと引き込んでいった。

田中陸奥子は大駱駝艦立ち上げメンバーの一人。「駱駝のライオン」との異名も

雪女──掴めぬ幻影
荒事の熱を冷ますように、白布を纏った雪女(大久保沙耶)が現れる。青年の目には許嫁・響子の影が重なる。掴もうとした腕は空を切り、彼女の身体は吹雪のように消える。
背景を走る箏(磯貝真紀)鋭い音が冷気を増幅し、白布が雪片のように舞い散る。山人の熱気との対比によって、雪女の静けさは際立ち、青年の未練が強く可視化された。

誇張されたパ・ド・ブレ・クリュの表現が雪の冷たさを表します
馬とオシラサマ
次に舞台を支配するのは麿赤兒。馬とねんごろになった娘の父親として登場し、馬の首を刎ねる。罪の意識に苛まれ、悶え、のたうち、その身体はやがて異形へと変貌する。人から神、神から妖へ。境界を横断するその怪演は、強度を放ち稽古場の空気を支配した。

馬はダンサーの身体で表現。大久保は優雅に乗りこなしている。



父の罪の意識は凝り、ついに人ならぬ姿へと転じる

この混沌を鎮めるように声明が流れる。Kバレエのダンサーたちが円を描き、数珠を模すように群舞を重ねる。足音は祈りとなり、祈りは秩序を呼び戻す。荒さと精緻さがせめぎ合い、舞台は宗教儀式の場そのものへと変わっていった。
呪術の渦
群舞の円陣は渦をなし、麿の舞いが中央を支配する。バレエの整然とした動きに舞踏の歪みが交わる瞬間、舞台は「劇」から「儀式」へと切り替わる。音と身体が渾然一体となり、観客は物語を追う者から、儀式に巻き込まれる者へと立場を変えていく。

今でも東北地方に残る「百万遍念仏」に着想をえた舞踊

ダンサーは恐れずに麿の体へと数珠をめりこませる!
赤い津波と最も悲しい再会
赤布が波となって舞台を覆い尽くす。青年は押し流され、海岸に打ち上げられる。そこに現れるのは許嫁・響子(大久保)。しかし、彼女の目には青年の姿が映らない。
青年は前傾し続ける身体で必死に手を伸ばす。その届かぬ想いが、虚しさを際立たせる。響子は未来を見つめ、静かに歩み出す。ふたりは短いデュエットを踊るが、交わることはない。その静謐な悲しみが観客の胸を深く締めつけた。

「ウォーーーーーーーー」地響きのような麿の咆哮に注目!

波にのまれる少年K。眞秀は人生初リフト!


気配は感じる。だが見えない!大久保は目線で表現

鎮魂の旅の全貌
今回、青年の旅路は一本の線として浮かび上がった。死から異界へ導かれ、山人に翻弄され、雪女やオシラサマに許嫁の幻影を追い、悲恋の再会に至る。舞踏は異形を、バレエは幻影を、歌声は土地の記憶を。それぞれが役割を担い、一人の青年の鎮魂の旅を形作っている。稽古場に現れた光景は、すでに観客を異界へ誘う力を十分に備えていた。

12月も頑張ります!
文責:Bunkamura高野
写真:渡邉 肇
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