レオ・レオーニの絵本づくり展

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「レオ・レオーニの絵本づくり展」トリビア 【展覧会エンジニア】編

2025.08.23 UP


第3章《レオレオリウム!》/「レオ・レオーニの絵本づくり展」会場

 

Bunkamura : 本日お話しいただくのは展覧会エンジニアの金築浩史さんです。まず最初に、展覧会エンジニアとはどのようなお仕事なのかを教えていただけますか?

金築 : 展覧会を作る作業にはいろいろな役割があります。会場の構成を考える人、映像を作る人、映像をどう見せるかを考える人、絵や作品を展示するための壁を造る人、電気を配線する人、映像を映すためのプロジェクターやスクリーンを設置する人など、多くの人が関わる訳ですが、展覧会エンジニアはその人たちの間を取り持って、映像の見せ方などを考えながら準備を進めるのが仕事です。自分で映像を調整することもあるし、他の技術者にお願いをすることもあるし…いろいろな事をやっています。

Bunkamura : 展覧会づくりにおいてとても頼りになる存在です!金築さんは展覧会エンジニアの第一人者で先日も文化庁芸術選奨の大臣賞、その前年には文化庁長官表彰を受けられるなど、実はすごい方なのです。
それでは展覧会エンジニアのお仕事を、本展会場の作品を例にして具体的に教えていただけますか?まずは《スイミー・スクロール!》からお願いします。

 


第3章《レオレオリウム!》の《スイミー・スクロール!》/「レオ・レオーニの絵本づくり展」会場

 

金築 :《スイミー・スクロール!》は、絵本の世界を長い1枚のスクリーンにプリントして、その一部に魚の群れや水泡の動画を投影している作品です。当初は布に直接画像をプリントして、それを明るく照らすという構想だったのですが、途中でライティングをどう設置するかという課題が出てきて…物としては布だから照明を当てないときれいに見えない。でも第3章の会場が全体的に暗くて天井が高いので、上手く光を当てないとまわりが全部明るくなってしまうのでどうしようかと考えて。たまたま少し前に別の展覧会で作品の内側(裏側)から光を当てる作品があって、その方たちを紹介したりして…

Bunkamura : そうでしたね。波打った帯状のスクリーンに、動きのある泡やスイミーファミリーをプロジェクションで投影するという案をプラプラックスさん(注1)が提案してくださって、それを実際にどういったプロジェクターでどこからどのように投影すればよいかの段階で金築さんに登場していただいて細かくアイデアをもらいました。この作品を見てもスクリーンの裏から光を当てているということに気付いていない方もいらっしゃると思いますが、実はこのスクリーンの裏側に骨組があって蛍光灯が20本くらい縦に組まれているんです。

金築 : さらにそれに幕をかけてホワッとした光にしています。

 


第3章《レオレオリウム!》の《スイミー・スクロール!》/「レオ・レオーニの絵本づくり展」会場
スクリーンの内側から動きのある泡などを投影しています

 

Bunkamura : そういったアイデアを金築さんからいただいて、さらにそのアイデアを実現できる照明担当の方をご紹介してもらうといったコンサルティング的な役割も担ってくださいました。これまでの経験を元にいろいろとご提案いただいて、このようなスイミーのスクリーンができました。では次に《空想の庭》の円形スクリーンについてのお話をお願いします。

 


第3章《レオレオリウム!》の《空想の庭》/「レオ・レオーニの絵本づくり展」会場
スクリーンの内側の枠に付いている2つの四角いものがプロジェクターです

 

金築 : プラプラックスからは円形のスペースで映像を使うというプランがあがってきたのですが、実際にどういう形でプロジェクションするかなどの具体的な計画まではありませんでした。この《空想の庭》にはプロジェクターが5つ使用されています。プロジェクターは平面にはきれいに投影できるのですが、丸く湾曲している面だと絵がゆがんだりするので、どのくらいゆがむか、つなぎ目を目立たなくするにはどうするかなどをあらかじめ一緒に実験して調整しました。実はここの映像では1つの絵を2つのプロジェクターで二方向から当てていて、それによって中に立っている同じ人の影が濃淡二重に見えるんです。同じ絵をだんだん暗くしてうまく重ね合わせると1つの絵になるというテクニックを使っています。

 


《空想の庭》の中では角度によって自分の影も2つ出現!よく見ると濃さが違います

 

Bunkamura : この実験は時間がかかる地道な作業でしたよね。

金築 : ヒカリエホールでの設営時間も限られているので、事前に何度も実験しました。

Bunkamura : この第3章は全てオリジナルで作っているのですが、スクリーンが円形なのでそれに伴ってプロジェクターも円形の枠の上に設置しています。実は2つの円形の枠を天井から吊っています。プロジェクターを設置するための枠は金属で、スクリーン用の枠は木で作っています。出入口の部分だけに壁があって床から支えていますが、それ以外の部分は上から吊っているだけの状態です。はじめはこの壁も設置する想定は無かったのですが、強度と安全性を考えてこのような形になりました。

金築 : スクリーンの布を床にしっかりと止めることができないのでこのような構造になりましたが、結果的にはいろんなものがうまく合わさって良くなったと思います。

Bunkamura : 吊り方なども検討してくださって、こんなに素敵な《空想の庭》という空間ができあがりました。では次に《レオと石》の説明をお願いします。

 


第3章《レオレオリウム!》の《レオと石》/「レオ・レオーニの絵本づくり展」会場

 

金築 : 壁に取り付けてある顔の石が丸く膨らんでいる作品は、どの程度に膨らますかが一番肝心ということで、最初は不織紙を使って実験的なものを作りながらどれくらいのカーブにすべきかを試しました。
床に投影している作品はプロジェクターを置くための架台を設計したり、設営時にプラプラックスが作った映像作品のデータに合わせてカメラの高さやプロジェクターの位置などを調節したりしました。

Bunkamura : この床の作品は天井から2台のプロジェクターで投影していて、そのプロジェクターを吊っている木枠が金築さんに考えていただいたオリジナルの架台です。2台あるので、投影画像の境目がうまく重なるような工夫をされてますよね?

金築 : プロジェクターとプラプラックスが作ったデータの両方とで調整しています。

Bunkamura : 床にある石の上に立つと石が動くのですが、どうやって反応しているのか…不思議ですよね。

金築 : 実はこれ、上から深度センサー(注2)というものを使っていて、小さいお子さんの背の高さくらいで反応するようにプログラミングされているんです。プロジェクターの絵がきれいに見えるギリギリの高さや、センサーの反応エリアを計算しつつ調整してもらいました。


第3章《レオレオリウム!》の《レオと石》/「レオ・レオーニの絵本づくり展」会場
人感センサーによって壁にある石が突然動き出したので、ちょっと怖かったようです

 

Bunkamura : プロジェクターとセンサーカメラが同じ架台にあるので、これも高さの調整が大変でしたよね。この作品は床の石を踏むと動く…と思っていらっしゃる方が多いのですが、実は上からのセンサーによって感知しているんです!同じく、顔の石も触ると動くと思われている方がいますが、あちらも壁の上の人感センサーで動いていますので、触る必要は全くないのです。
では最後に、今回の展示で金築さんが一番力を入れられたポイントはどの部分ですか?

金築 :《空想の庭》の円形スクリーンです。きれいに出来上がってよかったです。もし失敗していたら、僕は今ここにはいませんから!(笑)


(注1)plaplax(プラプラックス):インタラクティブ作品の制作をベースに、空間・映像・プロダクトなどをプロデュースする近森基さん、小原藍さんによるアーティストユニット

(注2)深度センサー:対象物までの距離を測定し、その奥行き情報を取得するセンサー

 


【プロフィール】
金築 浩史(かねちくひろし)氏
90年代から展覧会エンジニアとして、作品の設営、技術サポート、メンテナンスなどを通じて多くのアーティストやキュレーターと協働し、展覧会の成功に貢献してきた。アーティストのビジョンを実現するため、最適な機材の選定や設置方法を提案することで、作品の魅力を最大限に引き出す役割を果たし、金築浩史氏が手掛けた展示は「カネチック・アート」と呼ばれるほど、この分野で高い信頼を得ている。近年は、若手アーティストや技術者の育成にも力を注いでいる。

昭和37年島根県生まれ。平成3年より株式会社 ザ・レーザーに入社し、以降プログラミングや展覧会の設営、準備の仕事に従事。同5年よりフリーランスとなり、展覧会のテクニカルな部分の準備、監修、設営等を行い、現在に至る。
令和5年文化庁長官表彰を展覧会エンジニアとして受ける。令和6年芸術選奨授賞。