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【レポート】「レオ・レオーニの絵本づくり展」ラウンジトーク
2025.08.01 UP
2025年7月13日(日)、板橋区立美術館館長の松岡希代子氏と絵本評論家の広松由希子氏をお迎えして、『レオ・レオーニの絵本づくり展』ラウンジトークが開催されました。Bunkamuraザ・ミュージアムの企画では初めてのドリンク付きのトーク・イベントということで、お2人とも白ワインを飲みながら、おもにレオ・レオーニの初期の絵本にまつわる意気のあった絵本談義が繰り広げられました。和気藹々としたお話の中には、一般的にはあまり知られていない衝撃の事実も! 1時間半に及んだお話の中から、レオーニが絵本を通して何を伝えたかったのかということも含めて、印象的だったことをご報告します。
1958年のブリュッセル万国博覧会と『あおくんときいろちゃん』
まずお2人が取り上げたのは、レオーニ49歳のデビュー作『あおくんときいろちゃん』。あおくんときいろちゃんが出会った嬉しさに溶けあって緑色になることで物語が大きく展開する本作は、子どもの絵本に抽象的な表現を持ち込んだ傑作です。レオーニが電車の中でぐずり始めた孫たちのために、手持ちの紙をちぎってつくったお話がもとになっていることも、絵本好きの間ではよく知られたエピソード。ところが今回松岡さんは、近年レオーニの娘アニーさんがつきとめた、本作の誕生にまつわる真実を紹介されました。
それは冷戦時代の1958年。当時アートディレクターだったレオーニは、ブリュッセルで行われた万国博覧会で、特設パビリオンのディレクションを担当しました。その中で彼が展示したのが、『大地』の著者パール・バックが主催していた、アメリカ兵とアジア人女性との間に生まれた子どもを支援する施設の写真でした。
松岡:「よく見ると、この中にはいろんな人種の子がいるんです。アジアの子もいるし、アフリカ系や、ヨーロッパ系の子供もいて、彼らが手をとって楽しそうに遊んでいる。レオーニは、この人種を越えた融和こそが、ロシアとは違う、我々アメリカ社会の理想なんですよ、ということを写真で提示しようとしたんです」
ところが当時のアメリカはまだ公民権法が制定される前。同じバス内でも白人用と黒人用の座席があり、人種差別や人種隔離が当たり前のようにあった時代です。そのためレオーニの展示には、南部の保守系の議員から「これはアメリカの総意ではない」とクレームがつき、結局パビリオン自体が閉鎖されてしまうというショッキングな事件が起こったのでした。
松岡:「つまり、レオーニは万国博覧会という舞台で、多文化融合という未来の理想を伝えることはできなかったのです。ところが、その翌年に出版された『あおくんときいろちゃん』では、絵本というかたちで、未来を担う子どもたちに、彼が理想とする人々のあり方を直接伝えることができた。このことはレオーニの中で大きな達成感となり、「絵本」というジャンルに、仕事としての可能性を見出すきっかけとなったのだと思います。」
『スイミー』で、アーティストとして決意表明
また有名な『スイミー』にも、深い意味がありました。本作は、兄弟たちを食べられてしまった黒い魚のスイミーが、知恵を絞って、仲間の赤い魚たちと大きな魚を追い出すお話です。
みんなで団結して大きな敵に対抗する話ととらえられがちな作品ですが、広松さんによると、『スイミー』の魅力は、兄弟を食べられて孤独に打ちのめされながらも、海の中の美しいもの、素晴らしいものを見て、元気を回復していく主人公の姿にあると言います。
さらにスイミーだけが真っ黒で、他の魚とは形も泳ぐスピードも違うという事実を、ことさら強調することなく、ひとつの個性として淡々と描写しているのも印象的。
広松:「そして、魚たちがおのおの“持ち場を守って”1匹の大きな魚のように泳げるようになった時、スイミーが言うのです。“僕が目になろう”と。これ、キーワードですよね。赤い魚の中で1匹だけ黒いから目になるというだけではなくて、自分は本当に美しいもの、面白いものに励まされて、“うんと考えて”アイデアをみつけた上で、“僕が目になろう” と高らかに言った。それはレオーニ自身の今後の生き方を示唆した言葉ともいえるでしょう。」
松岡さんによると、レオーニは、社会が目まぐるしく変わっていく中で、今起きていることを警告したり、人々に伝えることがアーティストの役割だと語っていたのだそう。レオーニがスイミーに言わせた「僕が目になろう」という言葉は、これからは自分がアーティストとして世の中や社会を見て人々に情報を共有し導いていく、という決意表明ということができるようです。
子どもたちの考える力を信じていた、レオ・レオーニ
この他、ラウンジトークでは、レオ・レオーニの個々の絵本やそこで使われている技法、レオーニと『はらぺこあおむし』の作者エリック・カールとのエピソード、また絵本の翻訳をされた谷川俊太郎さんの思い出話など、多岐にわたりましたが、最後に語られた「レオ・レオーニは子供たちを絶対的に信頼していた」というお話も印象的でした。
松岡さんによると、「現代の絵本は、パッときいてわかるような表現が多くなってしまっています。でもレオーニは、子どもたちが考えて自ら答えを出すことを信じて、絵本の中にあえて、わかりにくい部分や完全には明らかにならないような表現を残しているんです」とのこと。
広松さんも「レオーニの絵本は、ストーリーラインこそ明解ですけれど、皆まで言わない。だから子どもたちは、スイミーみたいに“うんと考えて”自分なりの答えを出していくのでしょう。今の時代、それはとても大事なことだなと思います」とおっしゃっていました。
お2人によると、書店や図書館などを通じて、日本ほどレオ・レオーニの絵本を気軽に手に取れる国はないのだそう。この機会にぜひレオーニの作品を読んで、新たな発見をしてください。
(取材・文/木谷節子)