雨粒に包まれた窓の方が、私にとっては有名人の写真より面白い。
ソール・ライター
1952年、ニューヨークのイースト・ヴィレッジ。当時は移民が多い貧しい地区だったのが、数年後にはカウンターカルチャーの中心地へと変貌するとも知らず、その西10番街にあるアパートにソール・ライターは移り住みました。本好きの彼は家から歩いて数分のところにある大書店ストランドまで行くのが日課で、画家としての初めての個展を開催したのも途中にある画廊でした。画家として成功することはありませんでしたが、画家であることをやめたこともなく、一方でカメラが彼の絵筆となっていきました。まだ写真の主流が白黒であった時代、画家としての感性を活かし、彼は未知の分野であるカラー写真に多感に挑んでいったのです。
そのようにして撮り溜めた作品は、当時を偲ばせる彼のアパートのアーカイブに数万点が手つかずで残されています。しかし大半は変色してしまい、コンピュータによる処理で元の色彩を蘇えらせるという、膨大な作業が残されています。本展のポスターに選んだこの作品も、そのような丁寧な処理を施されたものですが、実は2017年の展覧会ポスターに構図の似た作品を使いました。雨に濡れたガラス越しに人物を捉えたものですが、これもこうして発見された作品です。人物の左の黄色はタクシーで、前回の黄色はトラックで右上でした。ガラス越しにじっとシャッターチャンスを狙うカメラマンが仕留めた絶妙な瞬間。殆ど白黒のトーンの中に黄色を活かした抽象画と具象画の中間のような、しかし写真であるこの作品は、ライターならではの世界として、観る者をうならせるのです。