みんなのミュシャ ミュシャからマンガへ ― 線の魔術

Interviewアーティストインタビュー

ロックのアート・ワークに与えた影響

1963年、ヴィクトリア&アルバート博物館で開催された回顧展を契機に再評価されたミュシャ。それはスウィンギン・ロンドン時代の若者たちだけでなく、ベトナム戦争への反戦運動から生まれたフラワー/ヒッピー・ムーヴメント〜ラヴ&ピースに湧くアメリカの若者たちの間でも、魅力的なデコラティヴ・アートとして同時に再発見されることになる。その一因として、ミュシャが活躍した1900年前後のベル・エポック(良き時代)と呼ばれた時代の空気と、古い価値観に対するカウンター・カルチャーとして若者文化が初めて花開いた60年代という時代の空気が、どこか似通っていたからかもしれない。
なかでもそれが顕著に表れたのが、新しい音楽として若者に支持されたロックのアルバムのアート・ワークやコンサート・ポスターで、イギリスではイエスやホークウィンド、ザ・ローリング・ストーンズのアルバム等、多くの画家やイラストレーターが競ってミュシャ風の作品を提供。アメリカではフィルモア・イースト(ニューヨーク)とウエスト(サンフランシスコ)という伝説のライヴハウスを中心に、ジミ・ヘンドリックスやドアーズ、ピンク・フロイド等、数々の傑作ポスターが生まれた。

  • ジャケット・デザイン:ボブ・マス「ザ・コレクターズ」
    (ワーナー・ブラザース=セヴン・アーツ・レコード)

    1968年 LP レコード・ジャケット Rhino Entertainment Company, a Warner Music Group Company

  • ジャケット・デザイン:クレイグ・ブラウン「ジプシー」
    (ジプシー/メトロメディア・レコード)

    1970年 LP レコード・ジャケット James Walsh and Jan Rangel / Gypsy Family Productions

  • ジャケット・デザイン:トム・ウィルクス「フラワーズ」
    (ザ・ローリング・ストーンズ/ロンドン・レコード)

    1967年 LP レコード・ジャケット “Flowers” by The Rolling Stones. Original Photography by Guy Webster. Original Graphics by Tom Wilkes. Courtesy of ABKCO Music & Records, Inc. used by Permission. All rights reserved.

  • ジャケット・デザイン:リック・グリフィン「アオクソモクソア」
    (グレイトフル・デッド/ワーナー・ブラザース=セヴン・アーツ・レコード)

    1969年 LP レコード・ジャケット Grateful Dead: Live (1971), Aoxomoxoa (1969) and Blues For Allah (1975) Album Covers Courtesy of Warner Bros. Records 

  • デヴィッド・エドワード・バード《トリトン・ギャラリーでの個展 ―ダンディーとしてのセルフポートレート》

    1971年 オフセット・リトグラフ David Edward Byrd at Triton Gallery, Courtesy of David Edward Byrd

    デヴィッド・エドワード・バード(グラフィック・アーティスト)

    「私はミュシャの作品に呆然とした。『なんて、美しいんだ』と口にするだけだった。その時の僕はとにかく圧倒されたのだ」

  • マライケ・コウガー《ラヴ・ライフ》

    1966年 オフセット・リトグラフ Love Life by Marijke Koger

    マライケ・コウガー(グラフィック・アーティスト)

    「その頃私は7歳くらいだったが、ミュシャの流れるようなラインと美しい色遣いにくぎ付けになった。唯一無二の存在だ」

  • ボブ・マス《フィッシャーウーマン》

    1967年 オフセット・リトグラフ Fisherwoman, courtesy of Bob Masse Studios

    ボブ・マス(グラフィック・アーティスト)

    「ミュシャと同時代の人々が描く線は、粗く、雑なものが多い。しかし、ミュシャは別格である。ただただすごい。とてもリアリティがあって……彼は線を描くことについて素晴らしい仕事をしたんだ」

  • スタンレー・マウス&オールトン・ケリー《ジム・クウェスキン・ジャグ・バンド コンサート(1966年10月7-8日、 アヴァロン・ボールルーム)》

    1966年頃 オフセット・リトグラフ Artwork by Stanley Mouse and Alton Kelly. © 1966, 1984, 1994. Rhino Entertainment Company. Used with permission. All rights reserved. www.familydog.com

    スタンレー・マウス(グラフィック・アーティスト)

    「ミュシャ作品の精密な表現は、今なお私を驚愕させる。ミュシャがすべてのディテールを描き込むには、何時間も何時間も何時間もかかったに違いないね」

アメリカン・コミックに与えた影響

ミュシャのポスター・デザインは、1985年以降に出現するアメリカの「モダン・エイジ」世代のコミック作家に大きな影響を与えた。人気コミック・シリーズ『ストレインジャーズ・イン・パラダイス』でウィル・アイズナー漫画業界賞を受賞したテリー・ムーアや、マーベル・コミックの元主筆(現チーフ・クリエイティブ・オフィサー) ジョー・ケサダは、アート・スクールの学生だった頃に画集を通してミュシャに出会い、ミュシャの画力―三次元の世界を二次元の平面上に活写する線的表現の力と様々な構図上のテクニック―に薫陶を受けたという。やがてこうしたインパクトは、ダイナミックな曲線表現やミュシャ的な装飾モティーフと円を活用した構図となって、彼らのコミック・スタイルの中に取り入れられていく。

  • ジョー・ケサダ『ニンジャック』(Vol. 1, No.3)

    1994年 コミック・ブック Artwork by Joe Quesada. NINJAK is ™ and © 2018 Valiant Entertainment LLC. All rights reserved. www.valiantentertainment.com

    ジョー・ケサダ(コミック作家)

    「ミュシャは私が直接影響を受けたと言えるたった一人のアーティスト。そして、その影響は私の作品の中に簡単に見てとることができるだろう」

  • テリー・ムーア『ストレインジャーズ・イン・パラダイス』(Vol. 3, No. 52)

    1996年 コミック・ブック Cover art for Strangers in Paradise Volume 3 #52 by Terry Moore

    テリー・ムーア(コミック作家)

    「ミュシャが生きた時代から100年経っても、私たちが作品を楽しみ、学んでいるということは、彼が今なお、もっとも影響力のあるアーティストだと考えられているということだ」

マンガの新たな流れと美の研究

  • 天野喜孝《ファイナルファンタジーXIV 嵐神と冒険者》

    2010年 アクリル・紙 FINAL FANTASY XIV / ©SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved. / IMAGE ILLUSTRATION: ©YOSHITAKA AMANO

    天野喜孝(画家・アーティスト)

    「ミュシャの描いたファンタジーの世界に触発されて、現実の世界ではなく、想像の世界、神話性のある世界というものを描きたいと思いました。例えば美しい女性、それを取り巻く様々な魔物とか、モンスターとか、あるいは妖精も」

  • 出渕裕《聖戦》「ロードス島戦記」(月刊『ニュータイプ』1990年11月号付録ポスター用イラスト)

    1990年 鉛筆、水彩、リキテックス・イラストボード ©水野良・グループSNE・出渕裕 / ©KADOKAWA CORPORATION 2018

    出渕 裕(アニメーション監督/メカニックデザイナー/イラストレーター)

    「仕事でお金がある程度入るようになってからは、ミュシャの画集が出れば必ず買おうとしていました」

  • 花郁悠紀子「不死の花」(『プリンセス』1979年8月号)

    1979年 丸ペン、墨汁・上質紙 ©Yukiko Kai

    花郁悠紀子(マンガ家)

    「姉(故・花郁悠紀子)がデビュー前に住んでいた小さな部屋には 《黄道十二宮》のポスターが貼ってあり、とても印象的でした。それがミュシャとの出会いです」(波津彬子談)

  • 波津彬子「海神別荘」(「鏡花幻想 波津彬子原画展」ポスター用イラスト/泉鏡花記念館)

    2007年 カラーインク、透明水彩、染料・キャンソンボード ©Akiko Hatsu

    波津彬子(マンガ家)

    「髪の流し方とか、衣服のひだの流れ方とか、そうした要素がとても少女マンガ家の美感にマッチするわけです」

  • 松苗あけみ《星座の少女》(『月刊ぶ〜け』1989年9月号表紙用イラスト)

    1989年 カラーインク・紙 ©Akemi Matsunae

    松苗あけみ(マンガ家)

    「コマーシャリズムの要素もありながら、絵画的でもあり、装飾美にもあふれて、それを一幅の絵に収めているのはミュシャだけだった」

  • 水野英子「オンディーヌ」(レコード 音楽劇LPレコード『星のオンディーヌ』折込ポスター用イラスト)

    1981年 開明墨汁、水彩、ポスターカラー・ミューズコットン紙 ©水野英子

    水野英子(マンガ家)

    「ミュシャの絵を初めて見た時、あまりにも自分の中と共鳴するものがあって一瞬立ちすくんだ」

  • 山岸凉子《真夏の夜の夢》「アラベスク」(『花とゆめ』1975年4月9号付録ポスター用イラスト)

    1975年 カラーインク・紙 ©山岸凉子

    山岸凉子(マンガ家)

    「マンガは手塚治虫先生が作ったものですが、その中で少女マンガには、日本のデザイン黎明期にミュシャが与えた影響が色濃く出ていると思う」