アルチンボルドにスプランガー、ファン・ラーフェステイン・・・。
マニエリスム(ルネサンス後期とバロック期のはざまに、優美さを求めて極端な強調や歪曲に走った美術の傾向)を愛好したルドルフ2世のもとに集った画家たちは、時に妖艶な雰囲気すらたたえた優雅な芸術をプラハで生みだした。
ジュゼッペ・アルチンボルド
ルドルフ2世に最も寵愛された画家の一人、ジュゼッペ・アルチンボルド(1527~1593年)。本作は年老いた画家が晩年にイタリアに帰郷してから制作し、皇帝に贈ったルドルフ2世の作品で、果実と季節の移ろいを司るローマ神、ウェルトゥムヌスとして皇帝を描いた異色の肖像画である。アルチンボルドは、植物や動物、魚などの生き物、更には本や日用品などを組み合わせて人物像を作り上げた、タブル・イメージの名手。その作品の中でも、怪しく謎めいた皇帝の人物像を、四季を掌握する力を持つ神として描き出した傑作。
ジュゼッペ・アルチンボルド 《ウェルトゥムヌスとしての皇帝ルドルフ2世像》 1591年、油彩・板、スコークロステル城、スウェーデン Skokloster Castle, Sweden
バルトロメウス・スプランガー
イタリアに学び、ハンス・フォン・アーヘン同様にエロティックな神話画を得意としたバルトロメウス・スプランガー(1546~1611年)は、1580年にルドルフ2世の宮廷画家に指名され、ウィーンからプラハに移住した。1590年代半ば頃に制作されたとされる本作は、女装するヘラクレスを描き、当時プラハの宮廷で好まれた半身像の人物を組み合わせた大胆な構図が目を引く。皇帝ルドルフ2世の旧蔵であった可能性が高い。
バルトロメウス・スプランガー《ヘラクレスとオムパレ》1595年頃、油彩・板、プラハ城美術コレクション、チェコ共和国 ⒸArt Collections of Prague Castle
ディルク・ド・クワード・ファン・ラーフェステイン
ディルク・ド・クワード・ファン・ラーフェステイン(1576年頃~1612年)は、フランドルの画家、フランス・フローリスに学んだあと、ルドルフの宮廷画家に任命され、20年間プラハで皇帝に仕えた。ファン・ラーフェステインは、ルドルフ2世のために宗教画や寓意的な主題の作品を制作した。なかでもルドルフの治世をたたえた本作はルドルフ2世から直接発注されて描いた作品だとされている。
ディルク・ド・クワード・ファン・ラーフェステイン《ルドルフ2世の治世の寓意》1603年、油彩・キャンヴァス、プレモントレ修道会ストラホフ修道院、プラハ、チェコ共和国 Strahov Monastery-Picture Gallery,Prague
ルドルフ2世が築き上げた驚異の部屋を想像し、皇帝の好奇心を追体験
ヨーロッパ各地で発達を遂げた数々の驚異の部屋のなかでも、彼の驚異の部屋はもっとも豊かで有名なものの一つとなった。
驚異の部屋の流行は17世紀にも続くが、その後18世紀には少しずつ科学収集室に引き継がれていく。
これらの工芸品は、驚異の部屋を記録した作品の一つ。
《蓋付き杯》 1600年代、瑪瑙、銀、月長石、アメジスト、スコークロステル城、スウェーデン Skokloster Castle, Sweden
《貝の杯》 1577年、貝殻、銀、スコークロステル城、スウェーデン Skokloster Castle, Sweden
《時計》 1584年、真鍮に鍍金、鋼、スコークロステル城、スウェーデン Skokloster Castle, Sweden
皇帝としてなすべき職務や義務よりもコレクションに関わることの方を好んだルドルフ2世は、ヨーロッパ随一の素晴らしいプライベートミュージアムを作り上げた。美しきもの、奇妙なもの、怪物染みたものや異国趣味の大の愛好者であった皇帝は、同時代のあらゆる収集家を凌駕し、そこに帝国の国力が強化された姿を見ようとした。