ニューヨークが生んだ伝説 写真家 ソール・ライター展

POINT
見どころ

ソール・ライターの世界、忘却の中の楽園

 ソール・ライターが伝説として語られるようになったきっかけは、2006年、ドイツのシュタイデル社から出版された初期のカラー写真集『Early Color 』だった。この写真集によって、1950年代にファッション写真を中心に活躍しながら、1980年代には隠遁生活に入っていたライターは、忘却の中から日の当たる場所へと引き出されることになる。1950年代に撮影されスタジオの中で眠り続けていた一連のカラー写真の発見は、世界の写真界を驚かせるに十分なものだった。以後、ソール・ライターの名は「カラー写真のパイオニア」として語られるようになる。
 「私はモノクロ写真のみが、取り上げる価値のあるものだと信じている人たちが不思議でならない。美術の歴史は色彩の歴史だ。洞窟の壁画にだって色が施されているのだから」(ソール・ライター)。
 ライターの創造の根幹には常に絵画があった。少年時代から図書館であらゆる美術書に耽溺し、画家を志してニューヨークへ向かった彼は、生涯、写真と並行して絵筆を持つことを止めなかった。ボナール、ヴュイヤール、マティスといった西洋絵画の巨匠たちとともに、日本の禅画や浮世絵もこよなく愛したライターが高く評価していたもう一人の画家が、半世紀以上人生を分かち合った女性ソームズ・バントリーだった。二人はモデルの卵と写真家として出会うが(ソール・ライターは『ハーパーズ・バザー』誌やデビアス社の広告で彼女を撮影している)、絵画に関心を抱いたバントリーがライターの住居のあった建物に越して来たことから、絵画を取り巻く濃密な時間を彼女と共有する生活がはじまった。前衛的とは言えないが繊細な動きを独特の筆致でとらえるバントリーの作品を、美しい光の射し込むアパートで彼女と絵を描く時間を、ともにライターは愛した。バントリーは、『Early Color』の出版を待つことなく2002年にこの世を去る。
 今回の展覧会には、バントリーを描いた絵画や写真も展示される。自らの作家としての評価に無関心だったライターは、「取るに足りない存在でいることには、はかりしれない利点がある。」生活を好んだ。純粋に創造に生きることが許されたライターとバントリーとの日々は、ニューヨークという大都会で二人が見出した彩りに満ちた楽園だったのかもしれない。

ソール・ライター《ソームズ・バントリー、『Harper's Bazaar』》
1963年頃 発色現像方式印画(富士クリスタル・アーカイブ・プリント) ソール・ライター財団蔵
©Saul Leiter Foundation