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vol.32 Bunkamuraザ・ミュージアムの歴史

「Bunkamura History」では、1989年にBunkamuraが誕生してから現在までの歴史を通じて、Bunkamuraが文化芸術の発展にどんな役割を果たしたか、またさまざまな公演によってどのような文化を発信したのか振り返ります。今回は、約40年にわたってアートとの出会いを紡いできたBunkamuraザ・ミュージアムの歴史を、これまで開催してきた展覧会に注目しながら紐解きます。

独自のテーマ性・先見性・話題性を持った多様な展覧会

1989年に開館した複合文化施設Bunkamuraの地下1階に、「いつでも気軽にアートを楽しめる自由形美術館」としてBunkamuraザ・ミュージアムが誕生。主に19世紀以降の近代美術の流れに焦点をあてながら、独自のテーマ性・先見性・話題性を持った多様な展覧会を年間4~6回のペースで開催してきました。
なかでも大きな反響を集めたのは、海外の著名な美術館の大規模コレクション展です。開館イヤーの1989年には全米五大美術館の一つに数えられるデトロイト美術館の西欧美術コレクションから約100点を厳選した『デトロイト美術館展』を開催し、ザ・ミュージアムのひとつの方向性として強く印象づけました。ほかにも、フランス印象派の作品を多数所蔵するオランジュリー美術館をクローズアップした『パリ・オランジュリー美術館展 ジャン・ヴァルテル&ポール・ギョームコレクション』(1998年)は、印象派を好む日本人にとりわけ人気の高いルノワールとセザンヌの作品をそれぞれ17点と14点も展示するという充実の構成。その華麗なる名作の競演を一目見ようと、ザ・ミュージアム歴代最多となる約45万人ものお客様が来場しました。

ザ・ミュージアムでは国内外の著名な美術館の名品展をこれまでに幾度も開催。普段は現地でしか見ることのできない作品の数々が一堂に会し、渋谷で気軽に鑑賞できるという貴重な機会を求めて多くのお客様が来館しました。

一方で、海外では著名でありながらそれまで日本に紹介されることが少なかったアーティストの個展も積極的に開催してきました。ウィーン世紀末と呼ばれる芸術運動を代表した画家エゴン・シーレの大規模展『エゴン・シーレ展』(1991年)、アメリカの原風景と言える田舎の風景を描き続けたアンドリュー・ワイエスの創造プロセスを紹介する『アンドリュー・ワイエス-創造への道程(みち)』(2008年)、天性の色彩感覚によって「カラー写真のパイオニア」と称されたソール・ライターの日本初となる回顧展『ニューヨークが生んだ伝説 写真家 ソール・ライター展』(2017年)など、ザ・ミュージアムの先見的な企画展をきっかけに日本で魅力を広く知られるようになったアーティストは枚挙に暇がありません。
また、同じ趣向の企画が続かないよう、近代美術の系譜とは異なるジャンルの展覧会も意欲的に開催。『ポンペイの輝き 古代ローマ都市 最後の日』(2006年)や『ライデン国立古代博物館所蔵 古代エジプト展 美しき棺のメッセージ』(2021年)などの古代美術、『白隠展 HAKUIN 禅画に込めたメッセージ』(2012年)や『ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞』(2016年)などの日本美術、さらには『スイスの絵本画家 クライドルフの世界』(2012年)のような絵本原画など、私立美術館ならではの自由かつ大胆なキュレーションで展示しました。

世紀末ヨーロッパ象徴派やロシア絵画など、他の国内美術館ではあまり取り上げられることのないテーマの企画展も意欲的に開催。さらに、古代美術や日本美術など多様なジャンルの作品を独自のキュレーションで展示して話題を集めました。

文化の発信地・渋谷を訪れる女性の感性に響く展覧会

多様なカルチャーの発信地である渋谷において東急百貨店本店の隣に立地する美術館として、渋谷を訪れる女性を意識した企画をたびたび取り上げたこともザ・ミュージアムの独自性として挙げられます。
その中でも特徴的なキーワードが「ファッション」。デザイナーとしてファッション界を一新させたココ・シャネルの日本初となる回顧展『マドモアゼル シャネル』(1990年)、ミニスカートを世に広めて1960年代ストリートカルチャーをけん引したマリー・クワントの回顧展『マリー・クワント展』(2022年)、20世紀前半パリで美術とファッションの境界を交差した画家マリー・ローランサンとココ・シャネルの活躍を振り返る『マリー・ローランサンとモード』(2023年)など、華やかなモードの展覧会は多くの女性を魅了しました。

ファッション界に革新を起こした一流デザイナーが手がけた衣服や、歴史と伝統のある王室で受け継がれてきたゴージャスな宝飾品をミュージアム空間に展示するなど、渋谷を訪れる感度の高い女性をターゲットにした企画展も多数開催しました。


女性のお客様の心に響いたラインナップとして、歴史に埋もれた天才女性彫刻家の偉業に迫る『カミーユ・クローデル展』(1996年)や、激動の20世紀メキシコで活躍した女性画家・写真家たちの作品を集めた『フリーダ・カーロとその時代 メキシコの女性シュルレアリストたち』(2003年)など、女性アーティストをクローズアップした展覧会も挙げられます。ザ・ミュージアムでは作品だけでなく時代背景や作家の人となりまで浮き彫りにするキュレーションを信条としており、展覧会を通じて女性アーティストの生き方に惹かれた方たちからも広く共感を集めました。

カミーユ・クローデル、フリーダ・カーロ、タマラ・ド・レンピッカなど、それまで美術史の中で埋もれがちだった女性アーティストを紹介する企画展を幾度も開催。彼女たちの作品の魅力のみならず生きざままで感じることができる展示は、現代を生きる女性のお客様から大きな支持を集めました。


また、複合文化施設Bunkamuraの美術館ならではの取り組みとして、コンサートホール(オーチャードホール)や映画館(ル・シネマ)など他施設と連携した横断ラインナップも忘れられません。英国祭UK90の一環として全館がイギリス一色に染まった1990年の『ロセッティ展』や、1998年のピカソをテーマにした全館横断企画における『ピカソと写真展 -わたしは写真を発見した!-』『ピカソ展 -偉大なる天才の秘密-』など、他施設と連携し複合的な紹介によって作家や作品をより深く理解できるよう目指したのです。

自由な空間演出で展覧会の世界観に没頭させる

ザ・ミュージアムは展覧会の企画の切り口だけでなく、作品の良さが最も引き立つ見せ方を大前提としつつ展示方法にも趣向を凝らしてきました。総床面積837㎡・天井高4mの展示室には柱がなく、壁面パネルは可動式。こうした開放的かつ自由度の高い設計を生かし、渋谷の街の喧騒をつかの間だけ忘れて展覧会の世界観に没頭できるような展示空間を展覧会ごとに創り出してきたのです。
たとえば、ヴェネツィア絵画の黄金期をテーマにした『ヴェネツィア絵画のきらめき 栄光のルネサンスから華麗なる18世紀へ』(2007年)では、ピンクの壁紙やヴェネツィアン・グラスのシャンデリアなどを用い、作品が飾られていたであろうヴェネツィアの大邸宅をイメージ。ニースなど南仏の地でさまざまな題材を見出した画家デュフィの個展『デュフィ展 絵筆が奏でる 色彩のメロディー』(2014年)では、ニースを象徴する青と白のストライプを入口から会場全体にデザイン。「花のラファエロ」と称えられた植物画家ルドゥーテのバラ図譜を額装展示した『薔薇空間―宮廷画家ルドゥーテとバラに魅せられた人々』(2008年)では、会場内にパーゴラとガーデン用の椅子とテーブルを置いたりパフューマリー・ケミストの蓬田勝之によるバラの香りの演出なども加え、五感を刺激するバラ庭園のような空間を出現させました。


また、展示空間の統一感を損なわないアクセントとして、館内の休憩用ソファのカバーも展覧会ごとに模様替えしていたのをご存じでしょうか? たとえば、黒と白の色使いを特徴とするだまし絵の巨匠エッシャーの大規模展『スーパーエッシャー展』(2006年)ではシマウマ模様を、山岳絵画をテーマにした『スイス・スピリッツ 山に魅せられた画家たち』(2006年)ではスイスの高原をイメージして牛の柄(一般的な乳牛の白と黒ではなく、スイスの乳牛に特徴的な白と茶色のまだら模様を再現)を使用。カバーの布はザ・ミュージアムのスタッフが生地店からイメージに合ったものを探し出していましたが、『ベルギー王立図書館所蔵 ブリューゲル版画の世界』(2010年)ではこだわりのあまりオリジナル柄の布まで作りました。

現展示室での最後の展覧会で「ファッションとは何か」を問う

現在休館中のザ・ミュージアムは、2029年度竣工予定の東急百貨店本店跡地に建つ新施設へ拡大移転することが決定していて、現展示室での展覧会は2026年3月開催の『高木由利子 写真展 Threads of Beauty 1995-2025 ― 時をまとい、風をまとう。』が最後となります。本展では高木が伝統的な衣服をまとい生きる人々の日常を30年にわたり世界各地で撮影してきた〈Threads of Beauty〉シリーズを通じて、「ファッションとは何か」という問いをあらためて見つめ直します。また、過去にザ・ミュージアムが開催した展覧会のポスターをモニターでご紹介するなど、ザ・ミュージアムの歴史を振り返ることができる仕掛けも用意しますのでどうぞお見逃しなく!

本展終了後もザ・ミュージアムは、約30名の女性写真家が一堂に会する写真展『まなざしの奇跡 日本女性写真家の冒険』をヒカリエホールで2026年7月から実施するなど、拡大移転まで引き続き代替施設で活動を続けます。これまで独自のコンセプトによる展覧会を積み重ねてきた歴史、展覧会の世界に浸ることができるこだわりの空間作りによって得られるワクワク感、そしてお客様と築いてきた信頼関係を大切に守りながら、新施設に移転するミュージアムでも展示面積の拡大や最新の展示設備の導入などによって、渋谷の私立美術館ならではの個性的な芸術体験をよりアップグレードした形でお届けしてまいります。これからのザ・ミュージアムの活動にもぜひご期待ください。

 

〈展覧会情報〉

SHIBUYA FASHION WEEK 2026 Spring x Bunkamura
高木由利子 写真展
Threads of Beauty 1995‐2025 ― 時をまとい、風をまとう。

2026/3/10(火)~ 3/29(日)
※会期中無休/入場無料
会場:Bunkamuraザ・ミュージアム

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野口里佳 《不思議な力 #9》 2014年 © Noguchi Rika Courtesy of Taka Ishii Gallery

〈展覧会情報〉

まなざしの奇跡
日本女性写真家の冒険

2026/7/4(土)~8/26(水) ※会期中無休
会場:ヒカリエホール(渋谷ヒカリエ9F)

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