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クラシック音楽を映画に用いた2人の偉大な映画監督響き合う映画とクラシック③

オーチャードホールと横浜みなとみらいホールの2拠点からの“東横シリーズ”として、2025年11月にスタートした『N響オーチャード定期2025/2026』。新シリーズは<魅惑の映画音楽>をテーマに、名画を彩るクラシック音楽の数々をおおくりします。「Bunka Essay」ではこの新シリーズをより楽しむためのポイントを、全3回に分けて掘り下げているのですが、この最終回では映画の音楽に既存のクラシック音楽を用いた代表的な映画監督について考えてみましょう。

ルキノ・ヴィスコンティ(1906~1976)

ルキノ・ヴィスコンティ(1972年)

第1回でも触れたように、ヴィスコンティとクラシック音楽の関わりといえば映画『ベニスに死す』(1971)で何度も繰り返されるマーラーの交響曲第5番 第4楽章「アダージェット」があまりにも有名です。でも、それは一例に過ぎず、ヴィスコンティにとって初の監督作品である『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(1943)から既にクラシック音楽が使われていました。そもそもヴィスコンティはイタリアの名門貴族の生まれで、一家はミラノ・スカラ座に専用のボックス席も持っていたといいます。彼自身もチェロを習っており、日常生活のなかにクラシック音楽が存在していました。裕福ではない庶民たちを描く『郵便配達は二度ベルを鳴らす』にさえ、ピアノ伴奏による素人のど自慢大会でオペラアリアが歌われているのです。
3作目の映画『ベリッシマ』(1951)では冒頭からドニゼッティのオペラ『愛の妙薬』が演奏されるコンサートの情景からはじまり、その後も『愛の妙薬』をもとにした音楽が劇中で流れます。ヴィスコンティ初のカラー映画となった『夏の嵐』(1954)でもヴェルディのオペラ『イル・トロヴァトーレ』が上演されるフェニーチェ歌劇場ではじまり、その後はなんとブルックナーの交響曲第7番が印象的に使われています。ある意味では前述した「アダージェット」の先例にあたるといえるかもしれません。なお、1954年以降は頻繁にオペラの演出も手掛けるようになりました。

1957年、ミラノ・スカラ座『アンナ・ボレーナ』の舞台裏にて。オペラ演出に携わっていた時期のルキノ・ヴィスコンティ。

ドストエフスキーの短編小説に基づく『白夜』(1957)では、舞台こそ映りませんがロッシーニのオペラ『セビリアの理髪師』の上演を聴きに訪れる場面があります。ヴィスコンティ作品における最高傑作のひとつ『山猫』(1963)では、終盤の舞踏会で強く印象に残るワルツが流れるのですが、実はあまり知られていないヴェルディのピアノ作品が原曲。この映画の音楽を担当したニーノ・ロータが管弦楽に編曲することで、名場面が生まれました。
そして60〜70年代にかけて撮られたのが『ベニスに死す』を含む「ドイツ三部作」です。三部作の冒頭を飾る『地獄に堕ちた勇者ども』(1969)ではフランスを代表する映画音楽の作曲家モーリス・ジャールが音楽を担当しました。これはプロデューサーの勝手な判断で契約がなされてしまったためで、ヴィスコンティ自身としてはマーラーとワーグナーを流したかったといいます。この時の怒りが、主人公アッシェンバッハをマーラーのように描いた『ベニスに死す』、次いでワーグナーのパトロンであったバイエルン王を主人公とする『ルートヴィヒ』(1972)へと繋がったのかもしれません。
ちなみに晩年作の『家族の肖像』(1974)ではモーツァルトが流れ、『イノセント』(1976)ではモーツァルトに加え、ショパン、リストがピアノで演奏されたり、グルックのオペラアリアが歌われたりする場面があります。

©NHKSO

2026年4月の『N響オーチャード定期2025/2026 第136回』公演では、マーラーの交響曲 第5番 嬰ハ短調を演奏。マーラーが結婚直後に完成させた曲だが、映画『ベニスに死す』でイタリアの水の都ヴェネツィア(ベニス)に流れると、退廃的な美しさの象徴に聴こえてくる…というのも映画と音楽の関係の面白いところ。2025年5月にベルリン・フィルらと並んでマーラー・フェスティバルに招聘されたファビオ・ルイージ(N響首席指揮者)×N響コンビによる、世界最高水準のマーラーに期待が高まる。

スタンリー・キューブリック(1928~1999)

『バリー・リンドン』撮影期間中のスタンリー・キューブリック(1973~74年頃)

ユダヤ人の両親のもと、アメリカに生まれたキューブリックが10代の頃に興味を持った音楽はジャズでした。当時はビッグバンドによるスウィング全盛期の時代だったことを考えれば当然でしょう。彼が初めての映画『Days of the Fight』(1951/約13分半)でボクサーのドキュメンタリーを撮った際、高校時代の同級生で一緒に野球部に所属していたジェラルド・フリードに音楽を依頼しました。彼は卒業後にジュリアード音楽院に進んでいたのです。

1949年、ロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場にて。フォトグラファーとして活動していた時期のスタンリー・キューブリック。

若き日の5つの映画で同級生と協働したあと、主演俳優と衝突して監督が降板した大作映画『スパルタカス』に急遽、キューブリックが抜擢されます。ここで出会ったのが彼よりも18歳年上の作曲家、アレックス・ノースです。もともとはコープランドの弟子だったノースは、ベニー・グッドマンに楽曲提供したこともあり、クラシックとジャズのどちらも手掛けられる作曲家として名映画監督エリア・カザンに才能を見出されていました。
『スパルタカス』は評価されたものの、プロデューサーや映画会社の意向に従わざるをえないハリウッドを嫌ったキューブリックは1961年にイギリスへ移住。『ロリータ』(1962)、『博士の異常な愛情』(1964)といった傑作に続いて撮られたのが『2001年宇宙の旅』(1968年4月公開)です。クラシック音楽を大胆に使用したことで有名ですが、現在知られている形になるまでは紆余曲折を経ています。
キューブリックはオフィスにレコード――その多くが現代音楽――を大量に集めて聴き込んでいたようです。試作段階ではメンデルスゾーンの『夏の夜の夢』、ヴォーン・ウィリアムズの交響曲第7番『南極』、ショパンのワルツ(番号不明)などが使われたのですが、キューブリックと原作・脚本のクラークが本当に気に入っていたのはオルフのカンタータ『カルミナ・ブラーナ』でした。まだ存命中だったオルフに作曲を依頼してみたようですが、高齢を理由に断られてしまいます。
こうしたすったもんだの末、公開の4ヶ月前にあたる1967年12月にアレックス・ノースに新曲を書き下ろしてもらうことが決まります。翌年1月15〜16日にオーケストレーションを手伝ったヘンリー・ブラントの指揮により録音され、実際に映像にもその音楽があてられました。ところが公開まで数週間という段階になって、キューブリックはノースに通達することなく彼の音楽を破棄。当初のアイデアに戻って、すべて既存のクラシック音楽(現代音楽を含む)に置き換えることにしたのでした。そして次作『時計じかけのオレンジ』(1971)以降も(『フルメタル・ジャケット』(1987)を除いて)クラシック音楽が重要な役割を担うようになったのです。

©Marco Borggreve

2026年1月の『N響オーチャード定期2025/2026 第135回』公演では、『2001年宇宙の旅』で宇宙の無重力を象徴するように用いられたJ. シュトラウスⅡのワルツ「美しく青きドナウ」や、『時計じかけのオレンジ』の少年たちによる無邪気な暴力と結びついたロッシーニ:歌劇『どろぼうかささぎ』を演奏。世界中の一流オーケストラから引く手あまたの天才指揮者、トゥガン・ソヒエフの指揮で堪能したい。

こうして比べてみると、自分の内にある好きな音楽を用いたヴィスコンティに対し、自分の外にある大量の候補のなかから探したのがキューブリックだったといえるのではないでしょうか。クラシック音楽を映画で大胆に使用したという共通点はあれど、クラシック音楽との関係性はまるで違うのです。そういった背景にも思いを馳せながら演奏を聴いたり、映画を観ると、また違う味わいが楽しめるかもしれません。

文:小室敬幸


〈公演情報〉

N響オーチャード定期2025/2026
東横シリーズ 渋谷⇔横浜
<魅惑の映画音楽>

第134回 2025/11/2(日)15:30開演 会場:Bunkamuraオーチャードホール
第135回 2026/1/11(日)15:30開演 会場:横浜みなとみらいホール・大ホール
第136回 2026/4/19(日)15:30開演 会場:横浜みなとみらいホール・大ホール
第137回 2026/6/28(日)15:30開演 会場:Bunkamuraオーチャードホール

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