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映画に愛されたオーケストラ響き合う映画とクラシック①

オーチャードホールと横浜みなとみらいホールの2拠点からの“東横シリーズ”として、2025年11月にスタートする『N響オーチャード定期2025/2026』。新シリーズは<魅惑の映画音楽>をテーマに、名画を彩るクラシック音楽の数々をおおくりします。「Bunka Essay」ではこの新シリーズをより楽しむためのポイントを、全3回に分けて掘り下げていきます。第1回では、なぜ映画音楽にオーケストラが使われることが多かったのか? そしてクラシック音楽が様々な映画に使われることが多いのはなぜか? その理由を探ります。

オーケストラは非日常?

いきなりですが、頭のなかに思い浮かべてもらえないでしょうか……。映画のスクリーンに映っているのは、他愛のない会話が交わされる家族団らんの情景。不穏さもない、特別な日でもない、ただの日常の情景です。もしそこに突然、何の前触れもなく金管楽器が高らかに鳴り響く大音量のオーケストラ・サウンドが合わさったとしたら? 明らかにミスマッチでしょう。おそらく映像に映っていなくても劇中のテレビやスマホから流れてきたのではないかと観客は受け取るはずです。この状態では通常の意味での映画音楽(=劇の伴奏音楽、略して劇伴)として成立していません。

語弊を恐れずにいえば、オーケストラは日常に相応しくない音楽です。音楽で表現せんとする情景が非日常であったり、非現実的であったりするほどにオーケストラの魅力が際立ちます。つまり昔から映画音楽においてオーケストラが重用されてきたのは、映画が虚構の世界を積極的に描いてきたからなのです。とりわけアニメーションは通常の劇映画よりも虚構性が高いので、ディズニーやジブリなどの例を挙げるまでもなく歴史的にオーケストラが大きな役割を果たしてきました。特撮も同様です。『ゴジラ』の音楽を手掛けた伊福部昭も「フルート1本、ギター1丁」では、とてもではないが大きな怪獣を表現できないと語っています。重厚なオーケストラの低音域を伴うことで、スクリーン上のゴジラが活き活きと輝くのです。

一方、『2001年宇宙の旅』(1968)のように作曲家の書き下ろしではなく、クラシック音楽を映画に用いる場合もあります。実は『スター・ウォーズ』(1977)でジョージ・ルーカス監督は当初、既存の映画音楽やクラシックと、書き下ろした新曲を組み合わせようと考えていました。しかし作曲のジョン・ウィリアムズが反対したため、すべてが書き下ろされることに。その結果、映画の全編にわたってキャラクターや物事を表現するライトモティーフを緻密に張り巡らせることが出来たのです。これは書き下ろしならではの利点といえるでしょう。

『スター・ウォーズ/新たなる希望(エピソード4)』© 2025 Lucasfilm Ltd.

ですが新曲の場合は、深い意味はなかなか持ち込めません。例を挙げましょう。コッポラ監督の『地獄の黙示録』(1979)で敵の基地を空襲する際に作戦の一環として、ヘリコプターからワーグナーの「ワルキューレの騎行」が大音量で流されます。ベトナム戦争の狂気を表現した名シーンとして有名ですが、原曲を理解していると深読みすることが出来ます。

そもそもワルキューレとは、戦場に散った戦士たちに神々の住まう城の警備をさせるため、亡骸を天馬に乗せて空を駆る9人の姉妹のこと。彼女たちは神々の長であるヴォータンを父に持つ、戦場を飛び交う女死神なのです。コッポラ監督は容赦なく死者を増やしていくベトナム戦争のヘリコプターに「ワルキューレの騎行」を組み合わせることで、ヘリコプターをワルキューレの乗る天馬に見立て、20世紀の戦場における死神として描いているのです。『地獄の黙示録』の原題は“Apocalypse Now(現在の黙示録)”であることもあわせて考えると、ベトナム戦争を神話のように描こうというのがコッポラ監督の意図だったのではないでしょうか? こうした奥行きのある意味付けは、新曲だと難しいのです。

『地獄の黙示録』©2019 ZOETROPE CORP. ALL RIGHTS RESERVED

ヴィスコンティ監督『ベニスに死す』(1971)の主人公アッシェンバッハは、原作小説だと作家ですが、映画版では作曲家に設定変更されています。それは主人公のモデルが作曲家グスタフ・マーラーだったからなのですが、映画ではマーラーの音楽が延々と流れることで原作では隠されていたニュアンスが強調されています。ただし映画で使われた交響曲第5番はマーラーが結婚した年に完成させた作品で、第4楽章「アダージェット」は一種の愛の音楽なのです。にもかかわらず『ベニスに死す』で使われたせいで退廃的なイメージが付いてしまいました。でも、それもまた悪くないのです。私たちリスナーにとっては音楽の楽しみ方が広がったのですから。

このように使われているクラシック音楽を通して、映画をより深く味わうためには、映画音楽としてクラシック音楽を聴いているだけでは難しいでしょう。視覚情報にとらわれることなく、先もってコンサートなどで配布プログラムに掲載された解説を読みながら音楽だけでしっかり堪能しておくことで、映画音楽になった場合もそのニュアンスをしっかりと感じ取れるようになるはず。映画で使われたクラシック音楽と、『ゴジラ』や『スター・ウォーズ』まで、全4回でたっぷりと楽しめる「N響オーチャード定期2025/2026」はクラシック音楽の入門にうってつけ。もちろん既にクラシック音楽がお好きな方も、ジョン・ウィリアムズをクラシック音楽として捉え直す良いきっかけになったりと発見の多い公演になるに違いありません。

文:小室敬幸

N響オーチャード定期2025/2026 東横シリーズ 渋谷⇔横浜 <魅惑の映画音楽>演奏曲

【第134回】ラヴェル:ボレロ ――『愛と哀しみのボレロ』(1981年)ほか
『愛と哀しみのボレロ デジタル・リマスター版』
2025/7/2(水) Blu-ray発売
発売:JAIHO 販売:ツイン
© 1980 / LES FILMS 13 - TF1 FILMS Production

【第135回】ワーグナー:楽劇『ワルキューレ』より「ワルキューレの騎行」 ――『地獄の黙示録』(1979年)ほか
『地獄の黙示録 ファイナル・カット 4K Ultra HD Blu-ray』
価格 ¥7,480(税込) 発売元・販売元 KADOKAWA

【第136回】モーツァルト:クラリネット協奏曲 イ長調 K.622 ――『愛と哀しみの果て』(1985年)ほか
『愛と哀しみの果て』
Blu-ray:¥2,075/DVD:¥1,572(税込) 発売元: NBCユニバーサル・エンターテイメント

【第137回】『スター・ウォーズ』:メイン・タイトル、レイア姫のテーマ、ルークとレイア、帝国のマーチ、ヨーダのテーマ、酒場のバンド、王座の間とエンド・タイトル ほか
『スター・ウォーズ/新たなる希望(エピソード4)』
ディズニープラスにて見放題独占配信中 © 2025 Lucasfilm Ltd.


〈公演情報〉

N響オーチャード定期2025/2026
東横シリーズ 渋谷⇔横浜
<魅惑の映画音楽>

第134回 2025/11/2(日)15:30開演 会場:Bunkamuraオーチャードホール
第135回 2026/1/11(日)15:30開演 会場:横浜みなとみらいホール・大ホール
第136回 2026/4/19(日)15:30開演 会場:横浜みなとみらいホール・大ホール
第137回 2026/6/28(日)15:30開演 会場:Bunkamuraオーチャードホール

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