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vol.25 2009年

「Bunkamura History」では、1989年にBunkamuraが誕生してから現在までの歴史を通じて、Bunkamuraが文化芸術の発展にどんな役割を果たしたか、また様々な公演によってどのような文化を発信したのか振り返ります。今回は、リヨン歌劇場やクラウド・ゲイト・ダンスシアターの来日公演、さらに渋谷・コクーン歌舞伎と現代劇での『桜姫』連続公演など、Bunkamuraの開館20周年を記念した豪華公演や展覧会を紹介します。

■オーチャードホール①:首席指揮者・大野和士とリヨン歌劇場管弦楽団の黄金コンビが来日!歌劇『ウェルテル』を凱旋公演

世界中の名門歌劇場で活躍し、2008年9月にフランス国立リヨン歌劇場首席指揮者に就任した大野和士。同劇場での鮮烈なオペラデビューを経て、リヨン歌劇場管弦楽団を率いての日本凱旋公演が実現。Bunkamura20周年記念特別企画として2009年11月にオーチャードホールにて、マスネの歌劇『ウェルテル』を演奏会形式で上演しました。
『ウェルテル』は大野が2008年12月にベルギー王立歌劇場で上演し成功を収めたばかりで、凱旋公演の演目として自信を持って選んだ作品。ウェルテル役には“アメリカからやってきたドリーム・テノール”と絶賛されたジェイムズ・ヴァレンティ、シャルロット役には現代最高のカルメン歌いと称されるケイト・オールドリッチという注目の新鋭を迎え、彼らを取り巻くキャストも大野が信頼を寄せる実力派が勢揃い。「フランス各地から腕利きの奏者が集まった、とてもハイレベルでエレガントなオーケストラ」と大野が認めるリヨン歌劇場管弦楽団の美しい調べに乗せ、オーチャードホールを名門歌劇場の空気に染めました。


大野和士はリヨン歌劇場管弦楽団を引き連れ、歌劇『ウェルテル』を演奏会形式で披露。主役のジェイムズ・ヴァレンティは2008年にミラノ・スカラ座で、ケイト・オールドリッチは2007年にザルツブルク音楽祭でそれぞれ鮮烈なデビューを飾ったばかり。世界が注目する新星たちは大野の抜擢に応えました。

■オーチャードホール②:リン・フアイミン率いるコンテンポラリー・ダンス・カンパニーが来日!『クラウド・ゲイト・ダンスシアター「WHITE ホワイト」』を上演

“アジアの比類なき巨匠”と称賛される気鋭の振付家リン・フアイミンが、中国語圏初のコンテンポラリー・ダンス・カンパニーとして1973年に創立した「クラウド・ゲイト・ダンスシアター(雲門舞集)」。リンからの高度な要求に驚異的な身体表現で応えるカンパニーの来日公演『クラウド・ゲイト・ダンスシアター「WHITE ホワイト」』が、Bunkamura20周年記念特別企画として2009年3月にオーチャードホールにて実現しました。
『WHITE ホワイト』は“白”という色彩を3つの異なったテイストで表現する3部作構成で、クラウド・ゲイトにとっての代表作です。白い布の巻物をさまざまな場所から異なる長さでつり下げた舞台空間の中で、ダンサーたちが抒情的かつシャープに空間を切っていく第1部。そこから一転、白い背景と黒い照明との色彩のコントラストが際立つ第2部。日本人作曲家・権代敦彦の「終わりの始まり/終わりの後に」に乗せて、硬質な白のイメージを体現する第3部。鍛え上げられた身体が織りなす強靭かつしなやかなダンスは“純粋美”と呼ぶべきもので、その深い精神世界に観客は陶酔しました。


アジアの信仰、神話、民話、美学などを探求し続けたリン・フアイミンが創造する独自の世界観を、モダンダンス、バレエ、瞑想、武術などを習得したダンサーたちが体現。伝統的な美しい動きをスリリングで現代的な動きへと変貌させ、理想的に鍛え上げられた身体が織りなす“美”の純粋な抽象的ダンスを魅せました。


■オーチャードホール③:ヨーロッパの第一線で活躍するワーグナー歌手が来日!『ワーグナー・ガラ・コンサート』を開催

1989年9月3日、オーチャードホールはワーグナーの作品だけを上演するバイロイト音楽祭史上初の引っ越し公演で幕を開けました。それから20年後の2009年9月、ワーグナーの名曲を集めたガラ・コンサートを、Bunkamura20周年記念特別企画としてオーチャードホールで開催しました。
公演の幕開けを飾ったのは、20年前にも上演した歌劇『タンホイザー』の序曲。続いて『トリスタンとイゾルテ』前奏曲と愛の死、さらに上演に4晩を要する超大作『ニーベルングの指環』の中でも特に人気が高い『ワルキューレ』の第3幕を演奏会形式で上演しました。ワーグナー指揮者として高い評価を誇る飯守泰次郎が東京フィルハーモニー管弦楽団と共に円熟した音楽を紡ぎ出せば、急病のため来日が叶わなかったアラン・タイトスに代わってその年のバイロイト音楽祭出演後直接日本にかけつけたラルフ・ルーカス、そしてブリュンヒルデ役を得意とするキャサリン・フォスターが圧巻の美声を披露。欧州オペラの真髄が響く、まさにオーチャードホールのアニバーサリーを祝うにふさわしい一夜となりました。

『ワルキューレ』第3幕では、バイロイト音楽祭に出演経験のあるバリトン歌手ラルフ・ルーカスがヴォータンを、ワイマール国立歌劇場でのワーグナー作品で高い評価を得たソプラノ歌手キャサリン・フォスターがブリュンヒルデを熱唱。バイロイト音楽祭と密接な関係を築いていた飯守泰次郎の指揮の元、観客にワーグナーの魅力を存分に堪能させました。

●シアターコクーン①:渋谷・コクーン歌舞伎と現代劇──2つの『桜姫』を2ヵ月連続で一挙上演

1994年からスタートした渋谷・コクーン歌舞伎の10回目の公演として、2005年に好評を博した四世鶴屋南北作『桜姫』を新たな配役・演出で上演することに。折しも2009年はコクーン歌舞伎15周年とBunkamura20周年が重なる大きな節目。この記念すべき年にふさわしい企画として、劇作家・長塚圭史が『桜姫』を現代劇に翻案して6月に、続いて新演出の歌舞伎を7月に、それぞれシアターコクーンで上演するという連続公演が実現しました。
現代劇には桜姫役の大竹しのぶを筆頭に、秋山菜津子、白井晃、古田新太という実力派が集結。一方の歌舞伎も中村勘三郎の息子・中村七之助が桜姫を演じるほか、中村扇雀、三代目中村橋之助(現・八代目中村芝翫)、坂東彌十郎らコクーン歌舞伎でおなじみの豪華布陣が集結。また、連続公演ならではの意欲的な試みとして、コクーン歌舞伎に欠かせない俳優・笹野高史が両公演で同じ役を演じ、さらにヒロイン桜姫と三角関係を織りなす強盗・権助と僧・清玄を中村勘三郎が現代劇と歌舞伎で演じ分ける(現代劇は権助、歌舞伎は清玄)というキャスティングが実現。物語の整合性を超越した『桜姫』ならではの不思議な魅力を、現代劇と歌舞伎2本連続で見ることによってより深く実感できる、演劇ファンにとって贅沢な鑑賞体験となりました。
また7月5日には、中村勘三郎をはじめコクーン歌舞伎『桜姫』の出演者らによる特別イベント「お練り」を実施。当日は文化村通りを歩行者天国とし、出演者を中心に約70人の担ぎ手によるみこし、木遣り22人、赤坂の芸妓8人など総勢約100人が渋谷の街を賑々しく練り歩きました。沿道には俳優たちの姿を一目見ようと駆けつけた約10万人のファンが集まり、俳優たちも熱い声援に手を振って応えていました。


コクーン歌舞伎『桜姫』の公演前には出演者たちによる“お練り”を実施。渋谷の文化村通りを歩行者天国とし、人力車に乗った俳優が通るたびに熱い声援が送られました。


2ヵ月連続上演の先陣を切ったのは、長塚圭史が現代劇に翻案した『桜姫』。演出の串田和美と主演の大竹しのぶは意外にもこれが初顔合わせで、歌舞伎が持つ荒唐無稽さをエネルギーとして取り込み、演劇の力を感じさせる舞台を作り上げました。また、中村勘三郎と笹野高史がコクーン歌舞伎と現代劇の両方に出演するという、連続上演ならではのキャスティングも話題を集めました。

●シアターコクーン②:蜷川幸雄が9時間にも及ぶ群像劇に挑戦!『コースト・オブ・ユートピア -ユートピアの岸へ』を上演

映画『恋に落ちたシェイクスピア』を手がけたイギリスの劇作家トム・ストッパードによる脚本で、2007年のトニー賞主要7部門を制覇した『コースト・オブ・ユートピア -ユートピアの岸へ』。実在した19世紀ロシアの知識人たちを主人公とする群像劇を蜷川幸雄が新たに演出し、Bunkamura20周年記念特別企画として2009年9月にシアターコクーンで上演しました。
本作はロシアで革命の礎を築くべく奮闘と挫折を繰り返した人間たちの30年間を描いたもので、3部構成の全編通しで上演時間が9時間にも及ぶ超大作。阿部寛、勝村政信、石丸幹二、別所哲也、池内博之ら精鋭揃いの俳優たちは、公演前こそ「台本を見て気絶しそうになりました」と戦々恐々だったものの、母国の未来を憂う若者たちが交わす会話を情熱的かつ繊細に熱演。両側が客席に囲まれるセンターステージという臨場感満点な空間も相まって、熱気あふれる舞台に観客を引き込みました。


9時間に及ぶ上演時間が公演前から話題になった『コースト・オブ・ユートピア -ユートピアの岸へ』では、観客が作品の世界に入りこめるよう、両側から客席で舞台を挟むセンターステージを設置。思想家、詩人、革命家など、20世紀のロシア革命の礎を築いた知識人たちの熱く不器用な生きざまをリアルに蘇えらせました。

▼ザ・ミュージアム:古今東西の力作が集結!『奇想の王国 だまし絵展』を開催

奇抜な発想で鑑賞者を幻惑させる「だまし絵」は、実はヨーロッパにおいて古い伝統をもつ美術の系譜の1つ。平面である絵画をいかに本物と見違うほどに描き切るかという、古くからの芸術家たちの取り組みが多様な発展を遂げた結晶なのです。そんなだまし絵の古今東西の力作を集めた展覧会『奇想の王国 だまし絵展』を、Bunkamura20周年記念特別企画として2009年6月からザ・ミュージアムで開催しました。
本展では、16~17世紀の古典的作品から近現代の作品と共に、日本の作例も紹介。最大の目玉は、果物や野菜などの食べ物で人物を表現する特異な作品を描き続けたアルチンボルドの代表作で、スウェーデンのスコークロステル城から初来日となった《ウェルトゥムヌスとしてのルドルフ2世》。他にも、“だまし絵の帝王”と呼ばれたオランダの画家ヘイスブレヒツらのトロンプルイユ“目だまし”、目の錯覚を誘う日本の描表装(かきびょうそう)や寄せ絵、さらに“視覚の魔術師”エッシャーやシュルレアリスムの画家マグリットら20世紀の作品まで幅広く展示し、訪れた人々を幻惑させました。


窓や棚があたかもそこに実在するように見せかけたり、果物や野菜を寄せ集めて人型に模したり、3次元の現実ではありえない建築物を描いたり、古今東西のだまし絵の代表作が集結。「だますか、だまされるか」よりも、目だましの仕掛けや工夫に画家たちが込めた熱い思いを味わうことができる展覧会となりました。

◆ル・シネマ:世界を代表するバレエ団の素顔に迫る『パリ・オペラ座のすべて』『ベジャール、そしてバレエはつづく』を上映

2009年のBunkamuraでは、『ニューヨーク・シティ・バレエ2009』など注目のバレエ公演を立て続けに上演。そんなバレエイヤーと呼ぶべき年にふさわしい映画として、ル・シネマではバレエをテーマにしたドキュメンタリー『パリ・オペラ座のすべて』『ベジャール、そしてバレエはつづく』を上映しました。
10月公開の『パリ・オペラ座のすべて』はタイトル通り、パリ・オペラ座の全面協力の下、世界最古のバレエ団の知られざる素顔に迫るドキュメンタリー。ダンサーたちの練習風景から、華やかな舞台を裏で支えるスタッフの献身的な活動まで、84日間に及ぶ密着取材によってまさに“すべて”撮影し、300年以上受け継がれてきた歴史と伝統を観客に追体験させてくれました。さらに、ナレーションやありきたりな物語を一切排することによって、パリ・オペラ座の日常の中に自分もいるような気分になれる構成は、ドキュメンタリーの巨匠フレデリック・ワイズマン監督ならでは。
12月公開の『ベジャール、そしてバレエはつづく』でカメラが追ったのは、“20世紀最高の振付家”と称されるモーリス・ベジャールが立ち上げたモーリス・ベジャールバレエ団。2007年にベジャール亡き後、バレエ団のダンサーたちが生き残りを模索していく過程を記録した作品です。ベジャールと交わした約束を守るため、自ら振り付けた新作の上演に挑む後継者ジル・ロマン。そしてベジャールの教えを思い出しながら踊り続けるダンサーたち。それぞれが今の自分にできることに懸命に取り組み、主の不在を乗り越え未来へ進もうとする姿が観客の感動を誘いました。

パリの中心部に位置し、世界中からバレエファンが押し寄せるガルニエ宮。ここに拠点を置くパリ・オペラ座が舞台裏で日々行っていることを、ダンスの練習、配役交渉、スタッフ会議、劇場掃除まで、文字通り“すべて”撮影。映像に写る人々は誰一人としてカメラを意識せず、観客を“バレエの殿堂”に忍び込んだ気分にさせてくれました。


創設者でもある偉大な師を失ったモーリス・ベジャールバレエ団が、いかに生き残っていくかを模索する日々を追ったドキュメンタリー。若い頃にベジャールのバレエ学校で過ごしたアランチャ・アギーレ監督は、その経験を生かしてバレエ団との信頼関係を、“主の不在”を乗り越えようとするダンサーたちの姿を熱く美しく映し出しました。

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