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Vol.24 2008年

「Bunkamura History」では、1989年にBunkamuraが誕生してから現在までの歴史を通じて、Bunkamuraが文化芸術の発展にどんな役割を果たしたか、また様々な公演によってどのような文化を発信したのか振り返ります。今回は、ヨーロッパの人気音楽祭の初来日公演『ロッシーニ・オペラ・フェスティバル』、蜷川幸雄が傑作香港映画を世界で初めて舞台化した『さらば、わが愛 覇王別姫』、松尾スズキのシアターコクーン新作第3弾『女教師は二度抱かれた』など、2008年に各施設で行った公演や展覧会を紹介します。

■オーチャードホール:ロッシーニの魅力を発信する注目の音楽祭が来日!『ロッシーニ・オペラ・フェスティバル 日本公演』を開催

イタリアを代表するオペラ作曲家ロッシーニの生地である中部イタリアのペーザロで、彼の作品のみを上演するため毎夏開催されている『ロッシーニ・オペラ・フェスティバル』。これまで『セヴィリアの理髪師』など一部の作品を除いて上演される機会が少なかった名作にも光を当て、ロッシーニの魅力を広く発信していることでも高く評価されています。そんな注目すべき音楽祭の初来日公演が、2008年11月にオーチャードホールで実現しました。
今回の公演で上演したのは、オペラ・セリアの『オテッロ』『マホメット2世』。また、有名序曲集と祝祭的作品『テーティとペレオの結婚』を演奏会形式(日本初演)で披露する特別コンサートも開催しました。『オテッロ』はシェイクスピアの戯曲「オセロ」をオペラ化したもので、前年夏のフェスティバルで上演され話題になった作品。『マホメット2世』は巨匠ミヒャエル・ハンペによる新演出版であり、なおかつ日本初演。“ロッシーニの神様”と敬愛されるアルベルト・ゼッダ芸術監督が新たな命を吹き込んだ、若き日のロッシーニの傑作に日本の観客は大いに魅了されました。


ロッシーニ・オペラ・フェスティバルは、ロッシーニ研究の世界的権威であるロッシーニ財団が編纂した批判校訂版に基づいた質の高い上演が特徴的。また、オペラの未来を見すえた新人歌手の育成にも力を入れていて、『オテッロ』は1992年のフェスティバルでデビューを飾ったイアノ・タマールがヒロインを熱演しました。

●シアターコクーン①:香港映画の傑作を蜷川幸雄が世界初の舞台化!『さらば、わが愛 覇王別姫』を上演

チェン・カイコーが監督、レスリー・チャンが主演を務め、50年間に及ぶ京劇俳優2人の愛憎を20世紀の中国の歴史的激動と重ねて描いた映画『さらば、わが愛 覇王別姫』。1993年のカンヌ国際映画祭でパルム・ドールにも輝いた傑作歴史ロマンを蜷川幸雄が世界で初めて舞台化し、2008年3月にシアターコクーンで上演しました。
本作は、蜷川の盟友・岸田理生が脚本を完成したものの発表前に逝去し、また原作者に舞台化の許可を取ろうとしたものの所在が分からないなど、数々の危機を乗り越えて完成した作品。企画段階から5年もの時間を要しましたが、その間に東山紀之、遠藤憲一、木村佳乃という豪華布陣が集結。人が命を懸けて人を愛することの美しさと厳しさを、岸田が遺した磨き抜かれた美しい台詞とともに東山たちが体現。「今まで誰も見たことのない東山紀之を引っ張り出すチャンス」という蜷川の思惑通り、歌舞伎を見て研究したという東山の初の女形も美しく、舞台で織りなされる一大歴史ロマンに観客は陶酔しました。


本公演で大きな話題を集めたのは、東山紀之が京劇俳優に扮して初の女形に挑戦したこと。歌舞伎を通じて女形の仕草や言葉づかいを細かく研究し、剣を使った舞や共演の遠藤憲一に後ろから抱きすくめられる場面などで妖艶な魅力を発揮。その成りきりぶりは木村佳乃が「女性に見える瞬間がある」と絶賛するほどでした。

●シアターコクーン②:松尾スズキの新作舞台に市川染五郎ら個性派俳優が集結!『女教師は二度抱かれた』を上演

2000年にシアターコクーンに初登場した松尾スズキ(現・シアターコクーン芸術監督)は、初挑戦のミュージカル『キレイ』で演劇ファンを唸らせ、2003年に歌舞伎俳優の中村勘三郎と組んだ時代劇『ニンゲン御破産』では歌舞伎ファンと現代劇のファンの度肝を抜きました。そして2008年8月にはシアターコクーン新作第3弾として、演劇界の裏側を舞台にした『女教師は二度抱かれた』を上演しました。
本作でとりわけ話題を集めたのが、七代目市川染五郎(現・十代目松本幸四郎)、大竹しのぶ、阿部サダヲという異色のキャスティング。演劇界の風雲児と呼ばれる劇団の演出家を染五郎、彼とタッグを組む歌舞伎界の異端児である女形を阿部、演出家の未来を脅かす高校時代の演劇部顧問を大竹が演じ、リアルなバックステージものに収まらない笑いと毒と切なさをたっぷり魅せました。また松尾は、これまでコクーンの空間を音楽や装置でにぎやかに彩ることにこだわりましたが、本作では王道のストレートプレイに徹し、過激な松尾ワールドをじっくり観客に堪能させました。


シアターコクーンで3度目となる新作を発表した松尾スズキは、演出のみならずステージでフランス人演出家やダンサーなど何役も演じるなど八面六臂の大活躍。また、夢や回想のシーンで俳優たちが歌う楽曲の歌詞も手がけ、星野源が書き下ろしたポップな音楽に乗せて独特のユーモアを醸し出しました。

▼ザ・ミュージアム①:ラファエル前派を代表する画家の大規模な回顧展『英国ヴィクトリア朝絵画の巨匠 ジョン・エヴァレット・ミレイ展』を開催

19世紀イギリスにおいて仲間たちと共に「ラファエル前派兄弟団」を創設し、ルネサンス以前の画家たちの純真な創作態度に立ち戻ろうとした画家ジョン・エヴァレット・ミレイ。こうした芸術運動の姿勢だけでなく、歴史画、風俗画、人物画、風景画のジャンルにおいてこの時代のイギリスで最も重要な画家のひとりでした。そんな彼の画業の全容を紹介する回顧展『英国ヴィクトリア朝絵画の巨匠 ジョン・エヴァレット・ミレイ展』を、ロンドンのテート・ブリテンとアムステルダムのゴッホ美術館での開催を経て、2008年6月からザ・ミュージアムで開催しました。
本展は、シェイクスピアの『ハムレット』から着想を得た初期の代表作《オフィーリア》から晩年の風景画に至るまでの油彩や素描を、テート・ブリテンを中心に英国内外の主要美術館から約80点精選し展示。《オフィーリア》に代表されるラファエル前派の画家としての部分だけでなく、新たな美を探究し続ける中で移り変わっていった主題や表現の変遷を展観でき、ミレイの全貌に迫る貴重な展覧会となりました。


新たな技法を探求しながら幅広いジャンルの作品を手がけたミレイの画業を振り返るため、厳選された代表作約80点を「ラファエル前派」から「スコットランド風景」までの全7章に分けて展示。シェイクスピアの「ハムレット」のヒロインを題材にした《オフィーリア》も待望の来日を果たし、訪れた人々を釘づけにしました。

▼ザ・ミュージアム②:展示空間がまるでバラの花園のように…『ルドゥーテ生誕250年記念 薔薇空間 宮廷画家ルドゥーテとバラに魅せられた人々』を開催

特別な美貌の持ち主であるバラを、数ある花の中から初めて絵画に単独で選び出したとされるのが、18~19世紀に活躍したフランス宮廷画家ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテ。バラの魅力に取りつかれ、169枚の多色刷り銅版画からなる大著『バラ図譜』を完成させたことから“バラのラファエロ”と呼ばれています。そんな彼の生誕250年を翌年に控えた2008年5月から、ザ・ミュージアムで『ルドゥーテ生誕250年記念 薔薇空間 宮廷画家ルドゥーテとバラに魅せられた人々』を開催しました。
本展はテーマをバラだけに絞り、『バラ図譜』に掲載されたルドゥーテの作品全169点を一堂に展示。ボタニカル・アートとしての忠実な描写を出発点としながら、さまざまな花の表情をとらえた絵をすべて額装し公開しました。さらに、バラの研究家エレン・ウィルモットの著作『バラ属』に収められたアルフレッド・ウィリアム・パーソンズのリトグラフや、日本のボタニカル・アートの草分け的存在である二口善雄の水彩画なども展示し、ザ・ミュージアムがまるで図像によるバラの花園のように…。展覧会に訪れた人々からは、思わず感嘆のため息が漏れました。


通常は1ページ1点ずつしか見ることのできない『バラ図譜』掲載のルドゥーテ作品を、すべて額装して一堂に展示。さらに、パフューマリー・ケミストの蓬田勝之によるバラの香りの演出や、アトリエ染花による会場装飾も加わり、本物のバラ園とはまた別の魅力を持つバラ空間を出現させました。

◆ル・シネマ:夢に挑むダンサーたちの姿が感動を呼ぶ『ブロードウェイ♪ブロードウェイ コーラスラインにかける夢』を上映

1975年にブロードウェイで初演されて以来、15年間に及ぶロングランヒットを記録し、トニー賞9部門にも輝いた『コーラスライン』。この伝説のミュージカルを2006年の秋、16年ぶりに再演するにあたって行われたオーディションを追ったドキュメンタリー『ブロードウェイ♪ブロードウェイ コーラスラインにかける夢』を、2008年10月からル・シネマで上映しました。
本作の主人公は、3000人もの参加者のうち選ばれるのはわずか19名という狭き門でありながら、ブロードウェイに立つことを夢見て8ヵ月にもわたるオーディションに挑戦したダンサーたち。無名の新人からキャリアを積んだベテランまで、役に近づけたと知って興奮する瞬間、あるいは失望する瞬間をとらえています。ブロードウェイ史上初めてオーディションプロセスを撮影した貴重なドキュメンタリーであり、挑戦する勇気を与えてくれる珠玉の人間ドラマでもある本作は、本物のステージに引けを取らない感動を誘いました。



ブロードウェイで確実にキャリアを積んできた女性。親友と同じ役を競い合う日本人。代役と知りながらもオーディションに参加し続ける女性。審査員を泣かせてしまうほどの感動的な演技を魅せる男性。夢を追ってオーディションに参加した一人ひとりのドラマにも迫り、華やかな表舞台に引けを取らないほど胸を揺さぶる人間模様を映し出しました。

 

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